第4話 ライラの影法師
「……あれは、もうリウスではなかった。忘れなさい」
謁見の間は、天蓋の開け放たれた碧い世界だった。
底冷えがする。
宮殿に揺蕩う碧い光が、冷たく輝くのが見えた。
女王の顔は、張り付いたような笑みを湛えている。
それでも、引き下がれなかった。
「どういうことです? 殿下は、ご逝去されたと聞きました!」
突如として押しかけたのが、功を奏したと言える。
陛下は、口を滑らせてしまわれたようだった。
私が尋ねたのは、リウス殿下の墓がない理由であった。
見る見るうちに、陛下の眉がつり上がった。
その一瞬に永劫の終わりを感じた。
けれど、リウス様は陛下と同じくらい大切な方だったのだ。
「……貴女、確か、巨大な鬼に襲われたのでしたね」
女王は、瑠璃色の玉座に、深く腰を下ろして静かに尋ねた。
「そうですが……。まさか?」
「そう、先日の歓待の宴。貴女を襲ったのは彼です」
革の短靴が、危うくドレスの裾を踏みつけそうだった。
「兄は、弱腰を見せられないと言いました。それは、つまり……」
「聡いのね。そう、ガランを裏切ったのですよ」
「なぜ……。王家のご嫡男ではありませんか」
膝を付いた。
深い紺色の絨毯を見つめた。
刺繍が、不規則な網目文様を描いている。
「息子は、人形の制作に入れ込んでいた。それこそ、政務そっちのけで」
お言葉の一つ一つを聞き漏らすまいと、陛下の口元に視線を移した。
そして耳にしたのは。
「魔道具に魅入られるのは時間の問題だったと思う。そして、ある日バザーの闇市で彼が手にしたのは」
私は、ゴクリと息を呑んだ。
身体中に鳥肌が立つような嫌な予感がした。
「――ライラの影法師」
ファリス様は、消え入るように囁かれた。
それは、やはり聞き捨てられない言葉だった。
「陛下、それはもしや……」
「この世界最凶の、人形を操る魔道具です。実体のある分身を作り出すことが出来ると言われています」
――ライラ。
またしても、ライラだった。
何者なのだろうか。
いや、ただ今はそれよりも。
「……争いの火種は、水ですね? ファリス様」
眼を大きく見開き、ゆっくりと陛下は頷かれていた。
助けられなかった。
私達もつい最近なのだ。
水の供給が安定したのは。
いや、感傷に浸っている場合ではない。
思いが迸った。
「ファリス様、人形のことはともかく、リウス様は、貴重な水を独り占めにするような方ではありませんわ」
陛下は、細い指で小さな顎をさすり、虚空を見つめておられるようであった。
私は陛下に深く拝礼し、謁見の間を後にする。
頭上の日差しは、既に陰り始めていた。
ただ、宮殿に浮かぶ碧い光が、変わらぬ輝きを湛えていた。




