第2話 女王ファリス
「ごめんなさいね……。騙すような真似をして……」
澄み渡る鈴の音の如きお声であった。ファリス女王陛下、その人に違いなかった。
すぐさま駆け寄り、熱く抱擁を交わす。
「陛下! お懐かしゅうございます。ご無事で何よりです」
「あらあら、相変わらず甘えん坊ね。元気そうで安心しました」
月明かりに照らされた銀髪は幻想的で、琥珀色の瞳は吸い込まれるような美しさだ。
だが、陛下の顔は青白く、皺が刻まれ、眼窩は落ち窪んでいた。
お休みになっておられぬのではないか。
「……ファリス様……」
「貴女の人形は、間に合わなかったの。許して……」
「申し訳ありません。私には、陛下のご真意が、量りかねます」
「それは、私から説明させて頂けませんか?」
広間の中央から、兄の呼ぶ声がする。
そうだ。彼こそ、責任者ではないか。
ドレスの裾を引きずりながら、詰め寄った。
「情報を掴んだのは昨日です。敵に弱腰の姿勢を見せることは出来ませんでした」
「なぜ? 私を除け者にするの?」
「ご無理をなさるのは明白でしたから。それと、殿下の人形は難しかったのです」
「難しいって、どういう意味よ?」
「あまりの異能ですから。似姿そのものでないと敵を欺けませんので」
「……いつもの魔道具? 服だけ残っているのは何?」
ユハルは片手で眼を覆い、ため息を吐いた。かなり腹立たしい仕草だ。
「姫様、人の手で簡単に作れる物まで、神秘の力で再現しようと?」
「え! それって! 人形は裸ってことじゃん!」
「左様ですが? 省力化しませんと。今回のような緊急事態は尚更でございます」
何ということだろう。こんなことがあっていいのか。
こともあろうに我が兄は、裸の妹を作ろうとしたのだ。――死罪である。
柄頭を握り締めた瞬間のことであった。
「そこまでよ? アリシャ。ユハルは、貴女が心配でこの場に残ったのよ? 本当にハラハラしたわ」
「……申し訳ありません。陛下」
「人形はいつまでもその姿を保つわけではありません」
「ですが……」
「ふふ。ユハルが、貴女の嫌がることをするかしら?」
抱きしめられていた。顔から火が出そうだった。
世界最強の結界魔導士として名を轟かせ、私にとっては憧れの方だ。
幼い頃から慕ってきた優しい叔母のような存在でもあった。
「三人でお夜食にしましょう。とっておきのチーズがあるの! 溶かして黒糖パンにのせると、本当に美味しいのよ。さあ、行きましょうか」
細い手が小さな燭台に明かりを灯す。人差し指を唇に当てている。
いつかの幼い日、かくれんぼをしたあの古い厨房に、忍び込むに違いなかった。




