第1話 瞬光・閃
――黒い牙が、兄の胸を貫いた。
刹那、撃鉄が脳裏に閃く。
圧縮する。
己の時間を、限界まで。
例え命が尽きようとも。
私は、賊の懐に潜り込み、切っ先を喉元へと突き立てた。
血飛沫!血飛沫!唸り声!
けれども、敵の膂力はなお強靭で、奴の太い右腕は、私の頬を掠めた。
眼前の敵は、青黒い巨体の鬼だった。身体中から白い蒸気を噴き出している。
――異形など、思慮の外!
下段から切り上げ、宙を舞う。そして脳天を、深く貫いた。
だが、眼には未だに強い光が宿っていた。
素早く愛刀を引き抜き、頭を蹴って背面に回り込んだ。
大きく胸を膨らませ、呼吸を止めた。時間が止まる。
――『瞬光・閃』――
◇
奥義が、炸裂する瞬間のことだった。
誰かに手首を掴まれた。
「アリシャ! 俺は、生きてる。刀を納めるんだ」
「え……? 兄様? 心臓を貫かれたではありませんか!」
兄の胸に縋り付いて泣きじゃくった。みっともないことこの上ない。
「それは、俺の身代わりの人形だよ。少しばかり精巧に出来すぎた」
「兄様? あとでキツく、お仕置きですわ……」
ユハルの顔から血の気が引いていた。いい気味だ。もう少しいじめてやりたい。
「あれ以上はやらせない。敵は恐ろしい魔道具の使い手だ」
妙だ。宰相補佐の口振りではない。
ここは隣国ガランの王宮、その「歓待の間」だというのに。
そうだ。おかしい。
気づけば、人の気配がしない。
不審に思い、大広間を見渡す。
襲撃を受ける前、私達は国賓として遇されていた。
煌びやかなシャンデリアは、見るも無惨に打ち砕かれ、敷き詰められた真紅の絨毯を、ガラスの破片が覆い尽くさんばかりだった。
踏みつけないように、ゆっくり部屋の中を歩いて回る。
テーブルクロスは、ひっくり返っていた。
食べかけの料理がそこら中に散らばっている。
霜降り肉、ムニエル、白パンなど。
そして豪華なドレスや紳士服が脱ぎ捨てられていた。
「あそこね……」
私はそっと、突き破られた遥か高い天窓を指さした。
白い月から淡い光の粒子が降り注ぐ。
今この場所と、不釣り合いなぐらいに綺麗だ。
「残念ながら。ファリス女王陛下の結界を持ってしても、あの場所を破られたようだ」
「……最初から知っていたわね? 敵の襲撃を」
棘のある言葉で尋ねる。
返答次第では、容赦しない。
兄の顔を見据えた。
「おや? 何を根拠に……」
「この服はなんです? 着ていた人は?」
敵意をむき出しにした。
服だけが残っているというのはおかしいではないか。
兄の表情から笑みが消えた。
碧い瞳が冷たく輝く。
彼が、私の背後に視線を移す。
その時――
遠くの扉から、乾いたノックの音が聞こえた気がした。




