第7話 疑念
「口ほどにもない男ね……。本当に剣聖なの? あれで」
学院は、跡形もなく消え去っていた。
丘陵の終点には、白く染め上げられた広大な空間が広がっている。
その中央に朱い女が、小さな円卓の丸椅子に腰を下ろし、優雅に茶を嗜んでいた。
「良いんだ。校長先生はあれで。しっかり足止めしてくれたからな」
兄は、慎重に近寄ろうとしている。
こめかみから、うっすら汗が滲んでいた。
「ちゃんとお姫様を連れて来たね。ユハル。ご機嫌いかが?」
「ルシア。もう、止めにしないか? あの時の答えは、変わらない」
ポットを静かに置くと、彼女は忍び笑いを漏らした。
背を丸め、腹を抱えている。
「見損なったものだわ! 未だに、過去の恋愛を引きずっているとでも? 私の要求はもっと公なものよ」
私は思わず口を挟んだ。
不穏な空気に我慢がならなかったのだ。
「あんたねぇ! ルシア! あの純情を足蹴にするのね? 一体何が欲しいの!」
「国を平らにすること。さしずめ、身分差の解消かしら」
私は頭を抱えた。
彼女が何を言っているのか分からない。
果てしなく広がる白が余りに、眼に痛かった。
「王家は敵ってことだな、ルシア!! 神は返して貰おうか!!」
ユハルが絶叫した。
稲妻の如き突進で、彼女に飛びかかる。
獲物は樫の仕込み杖だった。
ルシアは、いとも容易く、ユハルの打ち下ろしを躱した。
続く横薙ぎも苦にしない。
――ライラの香炉――
彼女は、その呪言を口にした。
見る見るうちに、立ち昇る巨大な龍が上空を蒼く染め上げる。
鈍く光る鱗の一つ一つは、磨き上げられたように艷やか。傷など一つもない。
あの鋭い眼は、この白い世界を支配する一対の紅玉だった。
「「ア リ シ ャ、伏 せ ろ !」」
ユハルが絶叫した。
空気が共振している。
魔道具に違いなかった。
その時だった。
周囲が眩い閃光に包まれたのだ。
こんな時に「覚知」を――神経を研ぎ澄ましてしまったらと思うとゾッとする。
少しづつ視力を取り戻すうちに、ふと疑問におもった。
――ルシアは、あれほど身軽だったかと。
彼女が、学院で専ら励んでいたのは勉学だ。
武道はおろか、一般的な運動の成績も下から数えた方が早かった。
なのに、先程の動きは一体なんなのか。
それは、恐らく。
「おい、大丈夫か? アリシャ?」
兄が、軽く私の頬を撫でる。
背後に見えるのは、人間の背丈の十倍はありそうな鉄針だった。
あれで雷を逸らしたのだろう。
それよりも。
「――兄さん、アレは、本当にルシアなんですか?」
余りにも、自然に口をついて出た言葉。
彼は黙して語らず、俯いたまま、白亜の風に立ち尽くしていた。




