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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第98話 模倣対最強

 十メートルほどの距離を置いて、炎袰と瀬城はしばし睨み合っていた。

 先手を取ったのは、瀬城である。まずは十体の分身を作りだすと、炎袰を取り囲んで、一斉に三日月刃を疾らせた。


 炎袰は、それを全身に目が付いているかのように巧妙に、それでいて風に舞う花弁のように軽妙に、ひらりはらりと躱してみせた。


 瀬城とその分身が一斉に手を止め、今度は一斉に腐敗瘴気を吐き出した。

 深紫色こきむらさきいろの濃煙の瘴気が、炎袰を呑み込まんと迫り寄る。


 炎袰の顔色は変わらない。背中から白骨の巨腕を現して、扇ぐようにして振り払えば、たちまち瘴気は突風に吹かれて消え失せる。


 分身のなかでただ一人、本物の瀬城が忌々しげに舌打ちを鳴らした。


 穴が空くほどに地を蹴って、炎袰が反撃を開始した。電光の速さで躍りかかると、一人、二人と、瀬城の分身を白骨の巨腕で斬り伏せる。

 

 色を失ったのは、本物の瀬城だ。白骨の巨腕に三人目の分身が握り潰されると、慌てて左手を夜空に翳し、武器を持ったぬいぐるみや人形の大群を雲の上から呼び寄せた。

 その数、およそ二十体。


 それでも炎袰は、眉一つ動かさなかった。人形を仰ぐ姿は、まるで星見でもしているかのように涼しげだ。

 

 人形たちが一斉に急降下し、獲物を振り翳して襲いかかる。

 炎袰は、飛燕のこどく身をひるがえしては、危うげなくその猛攻を躱してまわった。後方の人形の口から吐き出される光線砲にも、やはりいっさい顔色を変えず、まるで幻に見る蝶のように、間隙を縫って巧みに優雅に掻い潜る。かと思いきや、刹那の隙を鋭く突いは、次々と人形たちを撃墜した。

 

 ものの数十秒で、人形もぬいぐるみもただのガラクタになって地に転がると、瀬城と残った分身が、一斉に左手を夜空に翳した。

 今度は、長槍の雨だった。夜空を隙間なく埋め尽くす数かぎりない長槍が、炎袰の頭上に降り注ぐ。

 

 炎袰は本当に雨を(しの)ぐかのように、白骨の(てのひら)を頭上に翳した。

 瀬城と分身が、同時に左手を振り下ろす。

 長槍の雨は沛然はいぜんと降るも、頑強な白骨の掌は貫けない。


「ば、化け物なのか!?」

 瀬城が愕然としているあいだにも、炎袰は地面に突き立つ長槍を抜き取り、分身に向かって投げ放つ。

 胸の中心を貫かれ、分身はその数を五体に減らした。

 残る分身たちが、ふたたび三日月刃で反撃を図る。


 それでも炎袰は、危なげない身ごなしで躱してまわり、さらには、白骨の巨腕で斬って、叩いて、捻りあげ、残る分身を二体にした。


 瀬城が、頬を引き攣らせてたじろいだ。が、すぐに不敵に笑って、

「これで、勝ったと思うなよ」とギラリと瞳を光らせた。

 直後、瀬城とその分身が、にわかに波打つようにもがきはじめた。腹の中で、何かが蠢き、這い回っている。上へ上へとせり上がり、喉元にまで到達すると、一人と二体は、ほぼ同時に拳ふたつ分ほどの肉の塊を吐き出した。それは瞬く間に人の形に形成されると、髪が生え、二本足で立ち上がり、炎袰そっくりの物体となった。

 〈完璧なる複製〉の肉の傀儡だ。

「さすがのおまえでも、こいつにだけは勝てないはすだ! なんせこれは、お前の生き写しなんだからな!」

 息を弾ませながら、瀬城が奇声とも言うべき高笑いをあげた。


 それでも炎袰は、怯んだりしない。それどころか、自分そっくりの傀儡を前にして、呆れかえっているようにさえ見える。

「たしかにそいつは、あたしの生き写しに違いないけど、それは八秒前の話だろ」

「なんだと?」

 炎袰の言葉の意味が理解できず、瀬城が怪訝に眉根を寄せた。

 「ほら、もう十五秒経っちまったよ。あんた、お父っつあんからあたしの力を聞いてなかったね?」

 平然とした態度をいっさい崩そうとしない炎袰に、瀬城が、悪鬼のような形相で喚きたてた。

「どんな神通術だろうが、関係ないだろ! おまえがおまえに勝てるわけがない!」

 行け! と炎袰をビシリと指差し、さらに吼えた。

「あの死神をぶち殺せ!」

 

 瀬城に命じられて、炎袰そっくりの三体の傀儡が、炎袰本人に殺到した。


「二十五秒経っちまった。もはや、雑魚ですらないよ」

 ぽつりと零して、炎袰がカランと地を蹴った。

 直後、いったい何が起こったのか、瀬城には何も見えなかった。向かい合っていたはずの炎袰と傀儡三体が、気がついたときには背中を向け合い、立ち位置がそっくり入れ替わっていた。ゆえに、瀬城のすぐ目の前に炎袰がいる。彼女の突風のような神気を真向から浴びて、瀬城は「ヒッ」と尻餅をついた。


 炎袰は白骨の巨腕を手前に交差させ、何かを切り裂いた直後のようだった。

 冷たい予感を覚えながら、瀬城は炎袰の向こうがわにある景色に首を伸ばした。

 炎袰の傀儡三体は、いずれも腰を境にして輪切りにされ、無残にも地面に散らばっていた。


「なッ! なッ!?」瀬城は、零れんばかりに目を剥いた。

 傀儡は、みるみる人の形を失って、六つの肉塊へと戻ってゆく。


「なぜ……なぜだ!? この目で見た生き物を、一寸の狂いもなく、完璧に複製する力なんだぞ? その生き写しが三体もいて、なぜ勝てない!?」


 炎袰は、うんざりとばかりに、ため息をついた。

「確かにその力は、雛型を完璧に複製した傀儡を作る。けど、()()()()()()()()ってことは、(おとろ)えることもないけど、成長もしない。だから、たった一秒でも時間が経っちまえば、今のあたしにゃあ絶対に勝てないのサ。たとえ、何体いようがね」


「と、どういうことなんだ!?」顔色を真っ青にさせて、瀬城が問う。

「おまえの神通術は、いったいなんなんだ!」


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