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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第97話 もう一つの魂、もう一つの力

「炎袰……」

 いまだ四つん這いのままで、祝は声を震わせた。

「煉兎が……煉兎が死んだんだ。俺なんかを庇って」


「そのようだね」祝の前でしゃがみながら、炎袰が優しい声を返した。 

「この目で見ちゃあいないが、あいつにしちゃあ、立派な死に様じゃないか」


「煉兎だけじゃない。ほかの死神も、俺が殺した」

 カグツチが富士山を噴火させようとしてるのは、死神に魂を奪われて嘆いているからだって勘違いして。

 だから、死神を殺せばこの国を救うこともできるし、母さんの病気も治せるとひたすら信じて。

「でも、本当はその逆だったった。まさか、カグツチが復活することで、富士山が噴火するなんて……」


「祝のせいじゃないサ。悪いのは全部、アンタをさんざん騙した瀬城夏冊と魂喰夜叉サ」

 それに、アンタが会ってきた死神ときたら、みんな底意地悪くて傲慢な奴らばっかりだったろ? そりゃあ悪人だって勘違いしちまっても無理ないサ、と苦く笑う。


「違う!」祝は、何度もかぶりを振った。

「あんな奴らに騙された俺が悪いんだ! 全部俺のせいなんだ!」

 

 自らの血潮で総身を赤黒く染める青鹿毛炸靭(あおかげさゆき)が、


 自身の人形の放った光線砲を前にして、絶望に暮れるとする八社宮炉慈丸(はさみろじまる)が、


 全身が壊死(えし)して、(ただ)れる肉となった池鯉鮒燐太郎(ちりゅうりんたろう)が、


 腹を斬り刻まれて、痛苦に喘ぐ桃花鳥ヶ峰(ときがみね)煽璃(せんり)が、


 そして、祝が手にかけたわけではないが、無数の長槍に身体中を(くま)なく貫かれた六連星燎牙(むつらぼしりょうが)が、祝の脳裏に幾度となく蘇って、胸をひしゃげるほどに締めつけた。

 そして、最後に見た煉兎の眼差しを思い出して、目から涙が零れ落ちた。取り返しのつかない過ちに、魂までもがひしゃげるようだった。


「ほかの死神への償いは、このあとでゆっくり考えればいいサ」

 けどね、祝ー-と、炎袰がそっと項垂れる祝の頭に手を乗せた。

「煉兎に限っていえば、あいつはアンタと話せただけで心の底から嬉しかったはずサ。そのうえ、最期は我が子を庇って死ねたんだ。あいつにとっちゃあ、最高に誇らしい死に様だったに違いないよ」


 祝は、ゆっくりと顔を上げた。

「魂喰夜叉が言ってたんだ。俺の中には、本当に炎袰と煉兎の二つの魂が宿っているのか?」

「ああ、本当サ」炎袰が、静かにうなずいた。

「あたしが朔夜さんに惚れちまって、煉兎が此葉さんに惚れちまったのサ。煉兎の奴が、此花さんの尻を追っかけまわしてるところを初めて見たときは、流石のあたしも驚いたよ。死神の隠し子ってだけでもとんでもなく稀なのに、死神に惚れられた人間同士のあいだに生まれた子供なんて、奇跡なんてもんじゃすまないからね」

 瞼の裏に、そのころの記憶が蘇ったのか、ふっと炎袰の口許が(ほころ)んだ。

「此葉さんがあんたを身籠ったとき、あたしと煉兎は揉めに揉めてね。どっちもあんたの身体に魂を分け与えたいもんだからサ。それで結局どちらも譲らないもんだから、二つの魂をあんたに宿らせることになったのサ」

 悪かったねー-と、少しばかりばつの悪そうな顔をして、

「あんたが幼いころに、あたしが煉兎の話をしなかったもんだから、ずいぶんと混乱させちまったみたいだね。でも、アンタは間違いなくあたしと煉兎の魂を二つ持っていて、あたしも煉兎も、ひと時だってあんたのことを忘れたことはなかったよ」

 児童養護施設で、初めて逢ったころと同じ、優しくくるまれるような眼差しだった。


 しかし、兇々(まがまが)しい敵愾心てきがいしんが頭上から熱風のように吹きつきてきて、祝と炎袰は同時に表情を硬くした。

 見上げれば、やはり瀬城が殺意に燃える目で、本殿の屋根の上から見下ろしていた。


「そろそろ昔話は、よした方がよさそうだね」炎袰が、声色を重くした。

「祝、あんたは今、あたしから分け与えられた魂の力を巧く使いこなせていないのサ。狛犬姉弟に寄生していた魂喰夜叉は、どうやら煉兎の魂しか見つけることができなかったようだからね」

 言うや、両手が祝の胸へと伸ばされた。服を抜け、肉を抜け、さらに胸の奥へと潜ってゆく。


 祝は、びくりと身体を震わせた。が、魂喰夜叉に寄生されていた日暈に胸の中へ手を入れらたときと同様に、痛みはまったく感じなかった。


「しかしーー魂喰夜叉のクセに思い切ったことを考えたもんだね。たしかに、人の魂に触れることができるあいつらなら、火凝霊法を指南してやることもできるってわけサ。だけど奴ら、祝には煉兎の魂しか宿っていないと思い込んで、あたしの魂を見落としていたのサ」

 炎袰が祝の胸の中で、何かを優しく包み込んだ。

「ごらん、これがあんたの魂サ」


 言われて、祝は自らの胸の中を覗き込んだ。炎袰の手に包まれていたのは、たしかに自身の中で燃える魂であった。しかしその火は、以前に見たときとまったく同じで、何かが変わったようには見えなかった。

「前と一緒だ。魂喰夜叉に触れられたときと、何も変わってない」

 祝は、覗き込んだ姿勢のままで首をかしげた。


「よく見るんだ」

炎袰がそっと囁いた。「アンタのもう一つの魂である、淡く澄んだ魂を」


祝はじっと自らの魂を見澄ました。そして、はっとした。一瞥すれば、一つにしかみえなかったその魂は、よく見れば二層になって燃えていた。


赤々と燃えあがる魂の中に、静かに(とも)る青く淡い魂があったのだ。あまりにも(おぼろ)に燃えているがために、すぐには気づくことができなかったが、明らかに赤く燃える魂とは、異質の存在であることが見て取れた。

「気づいたようだね」

 炎袰が、凛然とした笑みを浮かべた。「これが、あたしから分けられたもう一つの魂サ。どの死神よりも淡い火ではあるけれど、誰よりも熱い。ゆえに、それを凝らすことで強い霊力が発散され、死神最強の神通術を駆使することができるのサ」


 祝はうなずくことも忘れて、炎袰から分け与えられた自らの魂に見入っていた。しかし炎袰の両手が胸から抜けると、祝の目が魂を映すことはなくなった。

 それでも在処(ありか)を知ったその瞬間から、魂は新たな身体の一部となって、自在に操れる確信が湧いた。自らの腕の存在を知る者が、〈腕を動かせ〉と言われて、〈どうやって?〉と尋ねたりはしないように。


「これで、あんたの火凝霊法は完成する」

 炎袰が、祝の瞳にひたと視線を注いで、静かに言った。

 祝も、その視線をしかと受けとめ、力強くうなずいた。

 そうして、まずは自らの奥底に燃える火に、空気を含ませるようにして静かに深く息を吸った。

 すると、直ちに魂は燃え盛り、熱を発した。その熱さは、今までとは比べものにならないほどに凄まじく、霊力となって全身を隈なく巡り、急きたてられるような力へと昇華した。


「これが、俺の本当の力ーー」

 まるで、細胞の一つ一つが残らず武者震いしているかのようだった。視界が豁然(かつぜん)として晴れ渡り、くじけかけていた気力も湧いて、勇気が溢れんばかりに満ち満ちた。


「さあ、祝」

 炎袰が、颯爽と立ち上がった。

「魂喰夜叉は、あんたにひつこく襲いかかってくるはずサ。なんせ、カグツチの完全復活まで、あと一歩ってところだからね。弱腰になって逃げようもんなら、調子に乗って仲間を喚び、きっとどこまでも追いかけてくる」

 だから、奴らが思い知るまで、あんたが攘魔(じょうま)するしかない、と真っ直ぐに告げて、

「そのあいだに、あたしは瀬城をとっちめてやらなきゃならないからね。あんたも自分の力で、この場を乗り切るしかすべはない」

覚悟はいいかい? と、右手を祝に差し出した。


 祝は、その手をしっかりと握って立ち上がり、決然とした顔でうなずいた。

「それじゃあ、頼んだよ」

 炎袰も、毅然とした笑みを湛えてうなずき返し、祝の元から離れていった。


 瀬城が、陰気な闇を引き連れるようにして、屋根の上から降り立った。

 炎袰が目だけで訴え、前庭の端の方へと誘い込む。

 それに応えて、瀬城も無言であとを追った。


 遅れて魂喰夜叉も、壁を這って地面へと降り立った。祝を見据えながら二つの口が舌なめずりすると、高く上へと伸びて、遠吠えのような絶叫をあげた。

 その声は、遥か先へと響き渡り、聞こえなくなったと思ったその瞬間に、地面からシミのように浮き上がった数知れない気配が、わずかな隙間もなくして祝をあっという間に取り囲んだ。


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