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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第95話 悪濁の化身

「れ、んと……」

 祝は、視界に飛び込んで来た男の背中に声をかけた。

 日暈の口から放たれた無数の棘が迫り寄せ、もうだめだと思った次の刹那ーー煉兎がまさに飛ぶようにして割って入り、自らを盾にしてすべてを受け止めてくれたのだった。

 直後、煉兎の総身から火が噴くかのような血飛沫(ちしぶき)奔騰ほんとうし、痛苦の呻きとともに吐血を散らした。

 それでもはやぶさのような速さで日暈へと攻め寄ると、しなる右足で回し蹴りを唸らせる。


 会心の蹴撃(しゅうげき)に、日暈は「ぐえッ」と濁った声だけを残して、屋根の外へと吹き飛んだ。

 煉兎は、なおも血の紫吹しぶきらしながも、回転の勢いを活かして、右手から三日月を投げ撃った。

 死力の結晶ともいうべき煌々とした光を放ち、曲線を描いて一条の三日月刃が夜空を翔ける。

 そうして祝を捕らえていた穢れた腕は、すっぱりと両断されるというよりも、その澄みきった光を浴びて、ぜるようしてちりと消た。

 そのはずみで、月暈も屋根の外へと吹き飛んでゆく。


「煉兎ぉおおお!」

 掴み上げられていた腕から解放されて、祝は煉兎へと駆け寄った。


「逃げろ、祝」

 ひゅうひゅうと、喘鳴ぜんめいを漏らしながら煉兎は言った。金糸雀色カナリアいろの美しかった瞳から、点る光が消えつつあった。


「俺のせいだ……何もかも、全部、俺のせいだ……」

 ごめん……ごめんなさい……と祝は悔やみながら、その場にぺたりとへたり込んだ。

 

 すると、煉兎がぷっと吹き出して、「馬鹿野郎」と可笑しそうに肩を揺らした。

「俺を殺す、なんて言ってたときの威勢は、どこ行っちまったんだよ。そんなしょぼくれた顔すんな」

 優しい声に、かえって祝の胸は締めつけられた。

 いいか? と、煉兎は吐血を噛みながらさらに言う。

「おっ母さんにも、そんな顔見せたら承知しねえぞ? あいつは、心配性なんだ。ちゃんと景気のいい顔で、そばにいてやれよ? さあ、わかったら、もう行け。魂喰夜叉は二匹だけじゃねえ。じきに仲間をんで、逃げ切れなくなる。そうなる前に早く行け」

 

 祝は、首を横に振った。とはいえ、でも、でもーーと駄々をこねるばかりで、何かをしてやれるわけでもない。


 そこへ、「とっとと行け!」と煉兎が声を鋭くさせた。「カグツチを完全復活させないためにも、おまえは絶対に死んじゃあならねえんだ。さっさと立って、何としてもで生き延びろ!」

 瀕死ひんしの者とは思えない、ねじ伏せられるような覇気はきだった。

 祝は完全にまれて、ガクガクとあごを震わせ頷いた。膝を叱咤しったして身を起こすと、ためらいつつも煉兎に背を向ける。かける言葉が見つからない。


 すると煉兎の方から、 

「おい、祝」と声がかかった。

「え?」と、祝は振り向いた。

 何を言われるのかと思いきや、そのあとは何も続かなかった。ただ、朦朧としていた煉兎の瞳に、きらきらと輝く光が戻って、何が珍しいのか、感嘆にも似た吐息すら聞こえた。

「ーー祝」と、煉兎がまた呼んだ。

「なんだよ」と祝が、少し苛立った声を返した。

 包帯に隠れていようが、煉兎の満面から喜色が溢れ、全身で嬉しさを発散しているのがいやでもわかった。なんだよいったい……

(名前を呼ばれたから、返事しただけじゃねえか。なのに、なんでそれだけでそんな馬鹿みたいに喜べんだよ……)

 俺なんかに、そんな価値なんて一つもねえだろ……


 けれど、煉兎は、

「ありがとな、もう充分だ」

 と、心の芯から嬉しそうに言った。ようやく夢がかなったーーと。


 目頭が熱くなった祝は、恥ずかしくなって思わず煉兎から顔を背けた。離れがたいーーけれど、「じゃあな」と告げてくる煉兎の優しい声に背を押され、こくりとうなずき屋根の上から飛び降りた。

 

 ふもとへと繋がる階段へとひたすら走る。一陣の清々しい風に追い越され、その中にちらちらと消し炭色の灰が舞っていた。

 祝は、歯を食いしばって涙をこらえ、さらに足を急がせた。

 しかし、階段のすぐ前で立ちはだかったのは、やはり狛犬姉弟だった。

「祝、てめえは、ここで死ぬんだよ。カグツチの完全復活のためになぁ!」

「そウだ。おマえガしネば、カぐツちがフじサんヲふンかシてクれル」

 クソッと吐き捨て、祝は二匹を睨み据えた。


 日暈が大きく口を開く。中から覗くのは、やはり無数の棘だった。


 祝は腰を沈めて、交戦の態勢に切り替えた。

 日暈が、背を大きく仰け反らせる。ところが、夜空を仰いだままでひたと静止すると、ごくりと棘を呑み込んでしまった。とみるや、隣りにいる月暈を抱き寄せ地面に伏し、二匹は一緒に三メートルほどごろごろと横様に転がって行った。


 直後、狛犬姉弟が立っていた場所に、幾十いくそとも知れない長槍が降り注ぎ、隙間なく地面に突き立った。


 祝は、面食らって目を剥いた。まさかーー


「こぉの、腐れ外道のクソカスがぁああ!!」

 狂気を帯びた絶叫が、さっきまでいた屋根の上から聞こえてきた。

 振り返れば、灰となった煉兎のすぐそばで、烈火の如く憤激ふんげきしている瀬城がいた。

「そのガキは、まだ殺すなって言ったはずだろうがッ! そのうえ、死神の魂を二つも持ってるなんて聞いてないぞ。それをいいことに、まさか僕のいぬ間にカグツチを完全復活させようとしてたとはなあ!」

 

 狛犬姉弟が立ち上がりながら、

「ばれちまったか」と悪びれるふうもなく、へへへっと笑った。

「ああ、そうだよ。俺たちにとっちゃあ、天瑞鏡なんてどうでもいい。カグツチさえ復活すりゃあ、それでいのさ。なんなら、カグツチが復活すれば、嗛間炎袰の行方を知るすべがなくなって、悔しがるてめえの面を拝むこともできるしなあ! 片腕まで失ったってえのに、なんにも手に入らなかった男の顔は、さぞかし滑稽こっけいで笑えるだろうよ!」


「貴っ様ぁああ!!」

 瀬城が、顔を真っ赤にして狂憤きょうふんした。目尻を裂けんばかりに吊り上げて、瞳は濁り、狂犬のごとく唇をまくって吼える姿は、幼いころに見た魂喰夜叉の方が、まだ可愛げがあると思えるほどにおぞましかった。

 祝が知っている温和で人望にもあつ聡明そうめいな男は、もういない。呑めば呑むほどに渇くばかりの妄執もうしゅうかれた、悪濁あくじょくの化身がそこにはいた。


「このガキは、まだ殺させないぞ! 最後の死神を見つけ出すまではなあ!」

 瀬城が、祝に向かって指を差す。


 狛犬姉弟が、嫌だね、と鼻を鳴らす。

「瀬城ーーてめえは、とっくの昔に用済みなんだよ、さんざん虚仮こけにしてくれやがって……指でもくわえて、このガキの最期とカグツチの完全復活を見届けな!」


 直後、月暈の口から伸びる黒い手が、またしても祝へと襲いかかった。

すっかり瀬城に気をられていたその隙に、祝の背後へと音もなく忍び寄っていたのだった。


 今度は首だけを締め上げられて、祝は「うぐッ」と、喉から呻きをあげた。

「絞め殺せッ!!」と日暈が、月暈に声を飛ばす。


「やめろぉぉおお!!」

 月暈へ長槍を放たんと、瀬城が左手を振り上げた。

 そこへ、日暈が瀬城に向かって、口から棘を放射した。

「クソッ」

 瀬城が、屋根の上を転がるようにして逃げ惑う。

 日暈は、次から次へと矢継ぎ早に棘を吐き、こんなにも強かったのかと思うほどに、反撃の余地を与えなかった。


 そのあいだにも月暈の口から伸びる手が、祝をくびり殺さんと、きりきりと首を締め上げている。


 祝はその手に爪を立てるが、びくともしない。最初は足をばたつかせてのたうっていたものの、喉を締められる痛苦と息苦しさに力は奪われ、意識はみるみる薄れていった。


「やめろぉおお! この腐れ外道どもがぁぁあ!!」

 瀬城の絶叫が、遠くに聞こえてくる。

 そうして、黒いかすみに視界が覆われ、意識が閉じられようとした次の刹那ーー

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