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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第91話 次なる死神殺しへ

 そして次の日、夏冊は宣言通りに〈分身〉の死神• 五百蔵(いおろい)焔甚(えんじん)を、その次の日には〈腐敗の瘴気〉の死神• 荒南風(あらばえ)炙羅子(しゃらこ)を討ち取った。


 しかしその闘いは、夏冊が想定していたよりも、命からがらの死闘であった。奇襲でなければ、返り討ちに遭っていたであろうことは、認めざるを得ない。


 そこで、ある一つの提案を狛犬姉弟が持ちかけた。死神の隠し子は、おまえ以外にも存在している。そいつらを仲間に引き入れよう、と。

 もちろん、夏冊は反対した。天瑞鏡が叶えられる願いは一つだけだ。それに心を満たすあの素晴らしい光を一度浴びてしまえば、誰だって独り占めしたいと思うはず。となれば、共闘を組んだところで仲間割れは必定。無闇に敵を増やすだけではないか。

 

 けれど、そんな反論はまんまと想定通りであったらしく、したり顔の日暈が、「まあ、最後まで聞くですの」とさらに続けた。

「仲間にするって言っても、ただ利用するだけですの。まずその隠し子には、〈分身〉の死神と〈腐敗の瘴気〉の死神から奪った破片を手渡すことで、死神殺しの意欲を促す。だけど、日照雨煌悟から奪った破片だけは、おぬしが隠し持っているですの。

「ですぞ」

「そして、日照雨煌悟もまだ死んでいないことにした方がいい。隠し子に残りの死神どもを殺させて、九つの破片が揃ったらそいつ殺し、おぬしが天瑞鏡を完成させればいいですの」

「ですぞ」

「それにその隠し子には、自身が死神のおかげで生まれてきたという事実も黙っておいた方がいいですの。死神を殺すことにためらわれたら、足手まとい以外の何者でもない。そのためにも、日照雨煌侍郎の存在は、最後まで隠しておいた方がよいですの」

「ですぞ」


 我知らずに聞き入っていた夏冊の口から、ふーん、という声が湧いた。

「じゃあそいつは、自分が死神の隠し子だってことを知らないわけだ」


 狛犬姉弟が、揃ってうなずいた。

「その通りですの。死神の隠し子であるその少年には、今にも死にそうでなかなか死なない母親がいて、実はその女ーーえらく死神に気に入られていて、今も命を引き延ばされているんですの」

「ですぞ」

「だけど、隠し子の少年はそのことを何ひとつ知らない。母親の命を延ばしてやっている死神が、少年の前にはいっさい姿を見せようとしないからですの」

「ですぞ」

「それと少年には、母親の見舞いのたんびにひっついてくる幼馴染がいるんですの。それがなかなか可愛い令嬢で、なんとそのむすめまでもが死神の隠し子というおまけつきですのなんですの」

「ですぞ」


 ふいに、とある記憶が向かうからすれ違って来た。それは、夏冊の勤め先である帝徳大学付属病院の入院棟の廊下で、たびたび見かける少年だった。

 彼のことはよく知らないが、母親の方は有名人だ。なにせ、余命宣告から二十年近くは経っているうえに、何度も重篤状態じゅうとくじょうたいおちいっては小康状態しょうこうじょうたいを取り戻す異様な生命力を保持する患者で、同僚の担当医は若干気味悪がっているくらいだった。

 それに、一緒に見舞いに連れてくる少女にいたっては、帝徳大学付属病院の社員であれば、知らない人間はまあいない。なにせ、自分たちのトップである、海童院長のたった一人の愛娘なのだから。


 そんな少年と少女の姿が思い起こされて、思わずまさかーーとつぶやいた。

「その、まさかですの」

「ですぞ」

 狛犬姉弟がにんまりと笑った。

「おぬしの病院に、しょっちゅう見舞いにやって来る少年と少女ですの。わっちゃらもおぬしに付きまとっていなければ、知ることはなかったーー瀬城、これは絶好の機会ですの。間抜けそうな少年に、世間知らずのお嬢様。おぬしなら思い通りに騙くらかすのも容易いであろうし、戦力として使えなかったときには、人質として利用してやればよいですの」

「ですぞ」


 夏冊は何度も日暈と月暈を見比べて、その奸計かんけいぶりに絶句した。魂を喰らうことしか能のない、浅ましく魯鈍ろどんな化け物だとばかり思っていた魂喰夜叉が、こんなにも邪知深じゃちぶかい生き物だったとはと目を瞠った。

 それゆえ同時に、暗然とした不安が胸をよぎった。想定以上の狡猾こうかつさをうかがわせるこの化け物たちに、素直に従ってよいものかーーと。持ちかけてきた提案だけが全てではなく、予想だにしない裏切りをも、密かにくわだてているのではないだろかーーと。

 

 しかし、今のままでは死神の殲滅が難しのも、また事実。

夏冊は悩みに悩んで、結果狛犬姉弟の提案を聞き入れた。


 まずは稲司此葉の担当医のポジションを同僚から無理矢理奪って、息子の祝に近づいた。しかし、初めて会ったころは、正直言って忌避感きひかんを覚えたものだった。周りから散々にしいたげられて、警戒心が露わになった少年の瞳に、幼いころの自身が重なったからだ。

 一方で、祝も夏冊の瞳に、孤独のかげを見つけたらしく、彼の方はむしろ親近感を覚えたようだった。

 所詮はガキだな、と夏冊は思った。けれど、本音なんておくびにも出さずに温厚で面倒見のいい大人を演じてやれば、簡単に信頼の眼差しを寄こすようになった。


 そうして次は、母親の命が今度こそ一か月も保たないであろうと吹き込んだ。ちょうどその母親が容態を悪化させた日、看護師には大袈裟な症状を伝えて、学校にいるはずの祝に電話をさせた。

 そこへ、たった一つだけなら救える方法があると囁けば、まんまと縋るような目で夏冊を見て、それって、何ですか……と興味を示した。

 ついでに折り合いが悪いと聞いていた親戚連中と鉢合わせにしてやれば、思ったとおり俄然やる気に火がついた。

 しかし、いくら祝が間抜けでも、狛犬姉弟やカグツチを直接見せたところで、にわかに信じ切らせるのは無理な話だ。

 だったら死神本人に襲われでもすれば、いやでも信じる破目になるであろうし、命欲しさに進んで死神殺しにも加担するはずーーそう考えた夏冊は、前の日の夜にわざわざ〈波動の弓矢〉の死神•青鹿毛炸靱あおかげさゆきのもとへと赴き、挑発だけしてわざと足がつくように逃走した。

 

 そうして次の日、祝と八尋を診察室へと呼び出したところへ、炸靱が思う壺とばかりに現れた。そこへ、夏冊が大袈裟に悪戦苦闘を演じてみせれば、神通術を覚えたばかりであるにも関わらず、祝は進んで死神殺しに手を染めてくれた。


 計画通りに事が進んで、夏冊は内心でほくそ笑んだ。しかし同時に、今しがた覚えたばかりであったはずの祝の神通術の急成長に、不穏な風の唸りを聞いた気がした。


 そのうえ、もう一つ思惑の外れた事態があった。それは、海童八尋の目には天瑞鏡の破片の光が見えなかったことだ。

 祝の方は、あの光の素晴らしさにすっかり魅了されていた。そしてもちろん、夏冊と狛犬姉弟の目にも、ちゃんとその光は見えていた。けれど八尋の方は、どれだけ見ても、どこが? と本当に見えてないようだった。

 

 祝と八尋が言い合ってるなか、夏冊と狛犬姉弟はそんなことあり得るのかと、こっそりと互いに目を見合わせていた。

 そうして、「なあ、先生!」と祝から水を向けられると、咄嗟に八尋に合わせて見えていないふりをした。

 狛犬姉弟も、機転を効かせて同調する。でかした、と思いつつ、いい判断だったと我ながら思った。向こう見ずで先のことなんて何も考えてなさそうな少年だ。自分も光が見えると言ってしまえば、独り占めしたさに死神を殲滅しきるよりも先に、こちらに殺意を抱きかねない。だったら見えているのは自分だけだと思い込ませて、油断させておく方が得策であると考えたのだ。

 とはいえ、八尋が本当に見えていないことには驚かされた。それゆえに彼女は、光に魅了された祝を危惧きぐし、ひいては死神殺しにもいやな予感を覚えたようだった。

 それがいつか、大いなる足手まといになるのではと一脈いちみゃくの不安を覚えたが、こちらは十七年もの時間を神通術の錬磨れんまに費やしたのだ。邪魔になれば、すぐにでも消せるーーそんな自信が胸騒ぎをかき消し、夏冊は二つの駒を手に入れたのだった。


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