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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第90話 死神殺し

 三日月刃に両断されて、煌侍郎の首から火柱のような血潮が弾けた。

 頭部がぼとりと地面に転がり、血を吸った三日月刃が、夕陽の(あか)へと溶けてゆく。


 夏冊はそれを、右手を振り下ろしたままの姿勢で、ただ呆然と眺めていた。しまいにはがくりと両膝をつくと、勝利への喜びなんて湧くわけもなく、とてつもない罪悪感に震えあがった。


 そこへ、燃えているわけでもないのに煌悟の亡骸がみるみる灰へと変わってゆくのを見つけて、覚えず視線が吸い寄せられた。そのうえ、その灰の中から突然小さな炎が飛び出して、呆気に取られて思わずぽかんと口を開けた。


「これが、日照雨煌侍郎の魂であり、カグツチの首の一部ですの」

「ですぞ」

 狛犬姉弟がいつの間にか口調を戻し、そう言った。

魂は、カグツチの方へと飛んでゆく。鬼灯の皮が捲れると、その中へと飛び込んで、煌悟の魂はカグツチの纏う炎と一つになった。


 夏冊がふいに目を戻せば、まだ何かが隠されているのか、狛犬姉弟が血眼になって灰の山を掘っていた。しばらくすると、お目当てのモノが見つかったらしく、日暈がそれを掴み取ると、二匹が満面の笑みで駆け寄ってきた。

「これこそが、天瑞鏡の破片。記念すべき一枚目ですの」

「ですぞ」

 捧げられるようにして手渡され、夏冊はそれを掴んで覗き込んでみた。

 確かに、古めかしいが鏡である。けれど、周りの風景は映し出すのに、なぜか自分だけが映らない。どれだけ角度を変えて見てみても、映るはずのない向こうがわにある景色を映し出して、夏冊の存在をきれいさっぱり消し去っている。驚いて狛犬姉弟に突きつけてみれば、やはり彼らも映らない。

「この鏡は、十枚の破片すべてを揃えて完成させたものだけが、その姿を映すことを許され、どんな願いもひとつだけ叶えてくれんですの」

「ですぞ」

 中身は魂喰夜叉であることもすっかり忘れて、夏冊は素直にへぇと感心した。あらためて()めつ(すが)めつ眺めていると、背面に彫られた呪文のような文字が、かすかに蒼白く輝きだした。

 夏冊は最初こそは驚いたものの、その光を浴びるうちに、えもいわれぬ甘美な心地に全身が浸され、罪悪感も疲労感もすべて忘れて陶酔とうすいした。

「なんだ、これ」

 うっとりとつぶやけば、狛犬姉弟がうふふと笑って、破片を手に入れた者への褒美ですの、と囁いてきた。

「今まで満たされることのなかった心の隙間に、生まれて初めて満たされるような心地を覚えたはず。天瑞鏡を完成させれば、願いを叶えられるだけでなく、その光をも永遠に独り占めすることができるですの」

「ですぞ」


「永遠に、独り占めーー」

 我知らず、夏冊は繰り返していた。確かに破れて流れていった心の隙間から、優しく注がれる何かを感じる。鬱積うっせきや惨めな思いは拭い去られ、忘我ぼうがの快感にとろけかける。

 けれど、まだ足りないーーと夏冊は思った。カラカラに乾いて完全に空っぽだったときよりも、中途半端に注がれて隙間が生まれる方が、余計に気になって心は疼く。どうせならあふれるほどに注がれたいという欲念よくねんがムクムクと湧いて、呪文のような文字から光が消えると、狂おしいほどの渇きを覚えた。

 そうして次に覚えたのは、顔すら知らない残り九人の死神たちへの怒りであった。こんなにも素晴らしい秘宝を人間にはいっさい触れさせず、身の内に隠し続けているなんてーーと、黒い憎悪が全身を染めた。


()()()()()()()()()

 口から湧いたのは、冷たく錆帯びた声だった。自分でも聞いたことのないその声に、はっと我に返って天瑞鏡の破片から、狛犬姉弟に目を転じた。


 しかし二匹は、

「その通りですの」

「ですぞ」

 と力強くうなずくばかりで、驚いている様子は微塵もなかった。


 喉許を押さえて二、三度咳払いしてみたけれど、特に異常も感じられない。気のせいかーー


 気を取り直して、改めて狛犬姉弟に目を戻すと、四つのつぶらな瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。

「憎き死神は、残り九人。いっさいをたいらげ、すべての破片をその手にするですの」

「ですぞ」

「ああ」と、今度は夏冊がうなずく番だった。


「そして天瑞鏡を完成させ、必ずや母上を生き返させてみせるですの」

「ですぞ」

「ああ」


「わっちゃらもいっそう尽力して参る所存。死神どもを見事殲滅みごとせんめつしきるまで、どうかよろしく頼むですの」

「ですぞ」

「ああ」


「たとえその日、カグツチ がどこかの火山を噴火させようと、知ったこっちゃないですの」

「ですぞ」

「……は?」


 危なかった。もう少しで、うなずくところだった。

「火山を噴火? なんだ、それは」

 問われた狛犬姉弟がほんの一瞬、音は聞こえなかったが舌打ちするような顔をした。それから、

「あれ、言ってなかったですの?」

「ですぞ?」

 と、絵に描いたような白々しい顔で首をかしげた。


「どういうことか、説明しろ!」

 鋭く言えば、いつものようにひっと短い悲鳴をあげて、二匹はすぐに口を開いた。

「カカ、カグツチは、火を司る神であると同時に、火山を司る神でもあるですの。だから十人の死神が全員死ねば、首を取り戻したカグツチは完全復活を果たすと同時に、その力を持て余し、どこかの火山を噴火させてしまうんですの」

「ですぞ」

「なんだ、と……」

 驚愕に、声が喉につっかかった。「どこかって、いったいどこの火山なんだ」

 

 問われて、狛犬姉弟の目が泳いだ。

「それは……わっちゃらにも、わからんですの」

「ですぞ」

 

「本当か!?」日暈の襟首を掴んで引き寄せて、さら険しく問い詰めた。

「ほほほ、本当! 本当ですのぉ!」と、日暈が涙声で訴える。

 息のかかる距離にまでさらに日暈の顔を引き寄せて、食い入るように瞳を覗いた。直後、その瞳が明後日の方へと逸らされて、次いで隣に目をやれば、月暈にまで、ふいっと顔を逸らされた。


(こいつら、絶対に知ってるな……)

 けれど夏冊は、それ以上は何も問い詰めなかった。カグツチがどこぞの火山を噴火させようが、今さら死神殺しを中断するなんてもうできない。天瑞鏡の破片から放たれるあの光をもう一度浴びたくて、心は弥猛やたけはやっている。たとえ死神全員を討ち果たした日が、未曾有の凶日になろうとも、必ずやり遂げると胸に誓った。


「ほかに、隠し事はないだろうな」

 声を尖らせて重ねて問うと、

「ない! ないですの!」

「ですぞ!」

と、二匹は首をぶんぶんと縦に振る。


 怪しいもんだと思いつつも、夏冊はふんと鼻をならして日暈の襟首から手を引いた。

「明日も、死神殺しを続行する。日没頃に、ここに集合だ」

 こうして、日照雨煌悟のねぐらだった正神社は、夏冊と狛犬姉弟もとい魂喰夜叉たちの根城となった。


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