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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第89話 仇討ち

 しかし、いつまで経っても身体が痛みを覚えることはなかった。吹きつけてくるはずの、ぬいぐるみや人形の気配すらも感じない。

 おずおずと瞼をこじ開けてみると、ぬいぐるみや人形は、夏冊のすぐ目の前で硬直していた。


「帰れ、夏冊」煌侍郎が、言った。

「おまえじゃあ、俺には勝てない。殺されなかっただけありがたく思え」

 一切の感情を読み取らせない、平坦で静かな声だった。

 

 夏冊は拳を握り、歯噛みしながら煌侍郎を鋭く睨みつけた。

 

 そんな視線を、煌侍郎は呆れ混じりのため息であしらい、さらに言った。

「医者になったんだろ。だったら、もう俺のことは忘れて人間らしい生き方をしろ」


 端途に夏冊のなかで何かが弾けて、気がつけばぬいぐるみや人形を掻き分け走り出していた。背を返してここから立ち去ろうとする煌侍郎の肩を掴んで無理矢理向き直らせると、胸倉を掴んで叫びたてた。

「勘違いするなよ! 医者になったのは、貴様に言われたからじゃない! すべてはお母さんのためなんだ! お母さんを生き返らせて、二人でいつまでも幸せに暮らすためなんだ!」


 煌侍郎が、舌打ちするかのような口つきでため息をついた。

「馬鹿が。そんなことであいつがーー早苗が喜ぶわけがないだろ。もう、何もかも忘れろ。その方が、おまえのためでもあるし、早苗のためでもあるんだよ」


 煮えたぎる憤激に、夏冊の全身が痙攣した。

 「黙れぇぇッ!!」

 喉を破らんばかりの叫びをあげて、胸ぐらを掴む手に力が込もった。

「死神ごときが、わかったような口きくな! 僕やお母さんが味わった惨めな思いなんて、一ミリもわからない貴様なんかに、おまえのためだ、なんて偉そうな口きかれたくないんだよッ!」


 煌侍郎の瞳がかすかに曇った。   

「……そうだな。けど、一ミリくらいなら、わかってやってるつもりではいる。だからこそ、おまえの幸せのために、とっとと忘れちまえって言ってるんだ」


「はあ?」と、夏冊は顔をくしゃくしゃにした。

「なんだよ、いったい何をわかってるって言いたいんだよ。おままごと気分で僕たち親子につきまとってただけの薄気味悪い死神が! もうお父さんでも、なんでもないって言ったのは貴様なんだぞ! だったら父親ぶるのもいい加減にしろよッ!!」


 煌侍郎の瞳が揺れていた。握った拳も震えている。やがて、堪えきれなくなったとばかりに、

「夏冊……」と零すと、面差おもざし決然けつぜんと張りつめて、

「早苗は、おまえのお母さんはーー」と、さらに続けようとした。が、そのあとに聞こえてきた声は、「ぐはッ」という聞くも無惨むざんな呻きであった。

 

 予想外の出来事に、夏冊は訳がわからず眉を顰めた。


 次いで煌侍郎の背後から聞こえてきたのは、狛犬姉弟の実に愉快げな声だった。

「まさかこの手で、死神を痛ぶれる日が来るとはな。おまえらに狩られていった俺たちの仲間の恐怖を思い知れ!」

「おモいシれ!」

 見れば、姉の日暈はまさかりを握り、弟の月暈は日本刀を手にして、煌侍郎の背中から降りしきるの血の霧雨きりさめを浴びていた。いずれの獲物も、地面に転がる人形兵器の武器を勝手に拝借したらしい。


 煌侍郎が、どさりと膝から崩れ落ちる。背中の傷口を見るに、どうやら左右袈裟斬さゆうけさぎりに深く斬り込まれたようだった。


「さあ、瀬城」

 愕然としている夏冊に、狛犬姉弟が声をかけた。

「あんたの手で、とどめを刺すんだ。十七年間熱願(ねつがん)し続けてきた母親のあだを、今日ようやく討つことができる」

「デきル」


 言われて、夏冊はごくりと空唾を呑んだ。

 煌侍郎は、片膝をついて痛苦に顔を引き歪めている。肩を震わせ、喘鳴を漏らすそのさまは、確かに今なら念願の一撃を見舞うことができるはず。

 しかし、いざそう言われると、心は迷い、当惑した。


「さあ、ほら!」

「ほラ!」

 狛犬姉弟にせっつかれると、夏冊の心臓は早鐘を打ち、何もしていないのに肩で息を刻んでいた。


「なんだよ、ようやくここまで来たっていうのに、いざとなったらビビっちまったか?」

「まッたカ?」

 狛犬姉弟が、へらへらと馬鹿にするような笑みを浮かべた。

 夏冊はそんな挑発に簡単に乗って、なんだと? と、血走った目で二匹を睨みつけた。


 ひっと、二匹が同時に首をすくめる。けれど、

「だ、だってそうじゃねえか」

「じャねエか」

 と、弱腰ながらも目だけを上げて、狛犬姉弟が切り返してきた。

「やっとここまで来たっていうのに、なんで

今さらためらう必要があるんだよ。もしかして、まだこいつのことを父親だなんて思ってるんじゃねえだろうな」

「ネえダろウな」 


「ふざけるなッ!」瀬城が慌てて反論する。

「こいつは、僕のお母さんを殺した死神なんだぞ。父親どころか、虫ケラ以下の存在としか思ってない!」


「だったら、さっさとっちまえよ」

「チまエよ!」

 狛犬姉弟も言下に返して、夏冊の言葉を詰まらせた。「虫ケラ以下なんだろ? だったらただの害虫駆除さ。とっとと片付けて、次に行こうぜ。早く母親を生き返らせたいんだろ?」


 そこへ、煌侍郎が吐血を噛み締めながら、腰を浮かせた。


 夏冊と二匹が、ビクリと肩を跳ねさせる。

「ほら! 早く殺れぇ、瀬城ぉ!」

「せジろォ!」

 狛犬姉弟が、血相を変えて吼えたてた。


 夏冊は、いまだたじろぐばかりだった。顔を上げた煌侍郎に真っ直ぐな眼差しを注がれると、息すら詰まって、その場ですんとも動けなくなった。


 姉の日暈が、舌打ちを鳴らした。ったく、しょうがねえなーーとまさかりに付いた血を振り払うと、

「だったら、俺がとどめを刺してやる」

 と、腕をおもむろに振り上げた。


「なっ!?」夏冊は一声あげて絶句する。


 日暈の瞳が、殺気をはらんで底光りした。

「なんせこいつは、俺たちの仲間の仇でもあるんだ。死神はみんなそうだが、こいつにもずいぶん仲間が殺されてきたからなあ。あいつらへのとむらいにはおあつらえ向きだぜ」


 夏冊が、震える唇で声をあげた。

「や、やめろ……」


 はあ? と日暈が小憎らしい笑みで振り向いた。

「そりゃあ、どういう意味だ? 自分の手で仇を討ちたいからやめろっていう意味か? それとも、やっぱりこいつは、大事な父さんだから、殺すのをやめてくれっていう意味か?」


「ち、ちがう!こんな奴、父親でもなんでもないって言ってるだろ!」


「ああ、だよなあ!」

 日暈が、待ってました、とばかりに勢い込んだ。「おまえの本当の父親は、おまえのことを自分の子供だって認めるどころか、クソを見るような目で見下したうえに、母親にいたっては、さんざもてあそんでなぐさんんで、子供ができた途端にあっさり捨てちまうような男だったもんなあ!」

 

 くさびで胸をえぐられたようだった。それほどの衝撃に、なんでそんなこと知ってるんだ、と、問う声すらもあげられなかった。そんな夏冊の姿を見て、日暈はにたりと嗜虐的しぎゃくてきな笑みを広げてさらに続ける。

「母親を生き返らせたいのは、そのためなんだろ? 二人で幸せに生きているところを、そのクズ野郎に見せつけてやるためなんだろ?」

 恨みを晴らすために、惨めな思いを断ち切るためにーー

「そのために、おまえは今まで生きてきたんだろお!?」


 日暈から迸る覇気に押されて、夏冊はふらりと後ろによろめいた。すると、煌侍郎と重なるようにして立っているものにはっと気づいて、我知らずに霊力を目一杯に滾らせていた。

 それは、こちらを見て嘲笑あざわらう、あのクズ野郎だった。幻だ。わかっている。けれどもあまりにも鮮明で、あのころとまったく変わらない姿に、今すぐ消し去らなくてはと気が急いだ。


「やれ、瀬城ぉお!!」

 日暈の怒声が、轟いた。


 その声に鞭打たれ、夏冊は高々と右手を振り上げた。

「うおおおおおおおおッ!!」

 獣のような咆哮とともに空を掻いて、渾身の三日月を疾らせた。

 触れれば両断せずにはいられないとばかりに冴え渡る凶刃きょうじんが一条、煌侍郎へと飛びかかる。


 煌侍郎は、それでも真っ直ぐな眼差しを夏冊へと注ぎ続けていた。

 首が、ぶ寸前まで。

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