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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第83話 お父さん

 それからの煌侍郎は、必死だった。

 夏冊にいま以上に慕われたくて、普通の人間ではできないことを見せてやった。


 神通術である。


 人形やぬいぐるみを操ってみせたり、自らの分身をつくってみせたりすると、夏冊は目を輝かせて喜んだ。夏冊の煌侍郎に向ける眼差しは、親しみから尊敬に変わり、胸が躍った。

 そうしているうちに煌侍郎は夏冊にせがまれて、魂喰夜叉の討伐にまで連れて行くようになってしまった。

 まず手始めに、と言って、緋色金の水鉄砲で弱点である瞳を撃ち抜いてみせた。その次の日の夜には、波動の弓矢で瞳どころか魂喰夜叉の全身を隈なく蜂の巣にして、さらに次の日の夜には、魂喰夜叉そっくりの傀儡を口から吐き出して本物を追いかけ回させ、さらに次の日の夜には、疾空の三日月刃で海鼠なまこのごとく輪切りにした。

 とどめに腐敗の瘴気で怯ませてから、長槍の雨を沛然と降らせれば、魂喰夜叉は抗うこともできず、土のシミとなって死に果てる。


 夏冊は歓声をあげて、大はしゃぎだった。そして、とうとう煌侍郎が何よりも欲しがっていた言葉を口にした。

「僕も、お父さんみたいに強くなりたい! そしたら一緒に化け物退治がしてみたい!」  

 

 お父さん。

 

 その言葉に、煌侍郎の胸は熱くなった。噛み締めるようにして、何度も何度もうなずいた。

「ああ、できるさ! おまえは、俺の子供なんだからな」


 ほどなくして、本当に夏冊は煌侍郎が使える神通術すべてを模倣できるようになってしまった。最初はさすがに(つた)いものではあったものの、身体が成長するにつれ、繰り出す技にも磨きがかかった。そうして親子二人の討伐隊が結成され、煌侍郎と夏冊は、夜な夜な魂喰夜叉をはじめとする妖魔討伐に精を出した。

 とはいえ、夏冊は死神ほど精強な肉体を持ってはいない。だから煌侍郎も、最初はそんは危険な目に遭わすのは早苗の手前気が引けた。けれど、正義感を燃やしながら父親の背中を必死に追いかける一人息子を、煌侍郎はいっそう愛おしみ、成長を誰よりも喜んだ。 

 

 ある日の夜、家の近所でのさばっていた魂喰夜叉の討伐を終えると、二人は初めて会話を交わした公園へと足を向けた。

 山型のすべり台の天辺に肩を並べて腰かけると、電線のちょうど真上にある満月が、まるで綱渡りしているかのようだった。

 お母さんのこと、学校のこと、最近はなんでか、いじめられることも減ったことーーそんなとりとめのない会話を交わす二人は、間違いなく仲睦まじい親子()()()


 そんななか、夏冊が突然ほかの死神にも会ってみたいと言いだした。死神なんかに会ったってしょうがないだろうと言い聞かせても、夏冊は会ってみたいの一点張り。

 煌侍郎だって、自分以外の九人の死神が普段どこに塒を構えているかなんて知る由もないし、興味もない。黄泉の国に行きさえすれば、落ち会える可能性もなくはないが、夏冊を連れて行けるはずもない。

 どうしたものかと首を何度もひねった結果、親馬鹿が過ぎると思いつつも、〈七つの鳥居〉の話が、つい口をついてしまった。

この国には、人知れず鳥居だけがぽつんと佇む、不思議な場所が七つある。その鳥居をすべてくぐると、小さな祠が目の前に現れ、中にはカグツチと呼ばれる火の神様が眠ってらっしゃる。その神様にお願いすれば、きっと死神のところまで案内してくれるはずだ、と。だから、いつか大人になったとき、七つの鳥居を探してみればいいーー煌侍郎は夏冊にそうに言って、(なだ)めすかした。


 夏冊は目をきらきらさせて、夢中になってその話に聞き入った。

〈七つの鳥居〉は、決して口外してはならない大秘事だ。しかし煌侍郎は、本当に我が子がカグツチに会いに行くことになるなんて、ちりほども思っていなかった。大人になったら忘れてしまうだろうと高をくくり、お伽噺とぎばなしを聞かせるような気分で、つい口を滑らせてしまった。

 それに、よその子供のならいざ知らず、夏冊にかぎっては道を踏み外すことなんてきっとない。そう自身に言い聞かせながらふと夜空を見上げると、綱渡りしていたはずの満月が西へと大きく傾いて、電線から奈落の底へと転がり落ちてゆく真っ只中のようだった。

 そんな光景にかすかな胸騒ぎを覚えながらも、

「どんな死神なんだろう」

 と嬉しそうに目を輝かせる夏冊の横顔を眺めて、そんな胸騒ぎにむりやり蓋をしてしまった。





◇◆◇◆




 第一志望の高校に合格し、あとは残り少ない中学校生活を消化するだけとなった二月の下旬――冷たい風に目を細めながら、夏冊は学校から母の早苗が入院している病院へと寄って帰った。  

 早苗は、もう二年以上前から寝たきり状態になっている。意識は常に混濁していて、鎮痛剤が効かないことも多くなり、そのせいで時折暴れるように身悶えたり、幻覚や脅迫観念に捉われるようにもなってしまった。

 しわくちゃにした茶封筒のような皮が骨に貼り付いているだけの痩せこけた体躯に、落ちくぼんだ目の奥にある瞳は、つぶてのように光がない。髪の毛もほとんども抜け落ちてしまって、実年齢よりも二十歳以上は老けて見えた。

 けれど、夏冊だけは決して挫けたりはなかった。まめに見舞いに訪れては、根気強く早苗を励まし、必ず希望はあると説いてきた。自分が必ず医者になって、お母さんの病気を治してみせる。だからそれまでは苦しいだろうが、どうか諦めずに頑張ってくれと、手を強く握って語りかけた。


 そんな言葉に、早苗も弱々しくはあるものの、手を握り返して応えてくれた。

 だから夏冊は、どれほど辛くとも今までなんとか踏ん張ってこれた。今の医者が治せない病気を治すということが、どれほど果てしない大志であっても、必ず掴める光だと信じて歩いてこれた。

 心が破れて、時折どくどくと流れいくような音が聞こえるけれど、きっと大丈夫。なんてったって自分には、父親代わりの死神がいる。日照雨(そばえ)煌侍郎(こうじろう)が、絶対にお母さんを死なせない。だから自分はどれほど(くら)い道のりだろうが、ひたすら進んでゆけばいいーーそう自身の胸に言い聞かせ、夏冊は勉学に励んできた。


 受け付けを慣れた手つきで済ませると、通い慣れた入院棟の廊下を通って、早苗のいる重症個室へと足を運んだ。

 扉まであと十二、三歩というところで、部屋の中から何やら騒がしい声が聞こえてくる。

 

 なんだろうとかすかに首をかしげていると、部屋から出てきたのは、移動式ベッドに横たわる早苗と、それを急いでどこかへ運んでゆこうとする二人の看護師だった。


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