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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第81話 模倣

「こんじき……やしゃ……」

 おうむ返しにつぶやいて、祝はしばし絶句した。


 それは確か、児童養護施設にいたころに見た、一つの大きな泥塊の中に、一対の双眸と口と意思をいくつも持ったバケモノの名だ。二人の子供の魂を喰らい、祝も襲われかけたところを、危機一髪で救けてくれた炎袰が、そう呼んでいた。 

 だから聞き覚えがあるのは確かだが、あの幼少期以来、祝は魂喰夜叉こんじきやしゃを見ていない。見てもいないのだから、騙されるなんてあるわけない。

 だから、俺はあんなバケモノなんかに騙されてなんいるはずないと反論しようとしたものの、そんな考えはお見通しだとばかりに、死神男が先回りした。


「半妖の姿をした、狛犬の姉弟なら知ってんだろ?」


「ーーえ?」

 一声零して、祝は返す言葉を失った。けれど、目をおどおどと泳がせ、口を鯉のようにぱくぱくとさせるさまを見て、死神男にはそれで充分答えになったようだった。


「知ってるんだなーー奴らの正体は、狛犬なんかじゃない。魂喰夜叉ってのは、分裂したり結合したりするだけじゃなく、口の中から潜り込んでは寄生して、その身体を意のままに操ることができるんだ。つまり、狛犬姉弟を操っている魂喰夜叉が、おまえに〈死神殺し〉をするよう煽動せんどうしたんだ」


 魂喰夜叉の大好物は、大人の熟した魂だ。けれど、大人の魂は身体に深く根を張って、吸い取ることは難しい。たとえ殺したとしても、しっかりと根づいた魂は、なかなか身体からは抜けようとしない。


「だから奴らは、まだ身体に根を張っていない子供の魂を狙うんだ。美味くはないらしいが、生き延びるためにな」と忌々しげに口を曲げる。

「そこであのクソどもは、厄災のさなかをつけ狙うんだ。死人が大勢でるうえに、その亡骸なきがらがどこにあるのかもわからない大人の死人をな。俺たち死神ですら、なかなか迎えに行ってやれない死人の魂は、数日すると自然に身体から抜けてゆく。それを奴らはここぞとばかりに食い漁るんだ。喰える魂があれば、瓦礫がれきの隙間だろうが、深淵しんえんの底だろうが、どこへだって忍び込む」

 ゴキブリ以上のしぶとさでなーーと、唾を吐くような調子で言い捨てた。


 祝の胸に、動揺の嵐が吹き荒れた。

 あいつらはれっきとした神の使いだと庇ってやりたい気持ちは大いにある。が、言われてみれば、本当にそうだったかと疑念を抱く場面がいくつもあった。時折感じたひどく凶暴な気配であったり、この国を護りたいという使命感よりも、ここ最近では〈死神殺し〉への執着心のほうが、日に日に剥き出しになっているようにも感じられた。


 しかし祝は、二度、三度と頭を振った。揺らぎはしたが、死神なんかを信じることは、やはりできない。


 いや、違う。本当は、死神男が正しのかもしれないと、心はかすかに傾いていた。そして、狛犬姉弟と瀬城への懐疑の念は、今や拭いきれないほどに祝の胸に大きなシミをつくっている。

 けれど、それを認めてしまえば、すべてが終わる。もう死神を殺す理由が、なくなってしまう。それはつまり――天瑞鏡が手に入らないことを意味している。

 今の祝にとっての〈死神殺し〉は、天瑞鏡の破片が放つ光を自分だけのものにするためで、もちろんこの国を救うことも、此葉の命を救うことも忘れてはいないが、もはや二の次、三の次の目的となってしまっている。

 天瑞鏡の破片から放たれるあのかそけき光は、中身 がほとんど流れて乾きかけていた祝の心を、唯一潤し、満たしてくれたものだった。


 けれど一度満たされると。かえって渇きは増してゆき、もっともっとと心が疼いた。あの光を浴びなくちゃ、俺の心を唯一満たしてくれるあの光をーー

 だから、祝はひたすらに死神男を否定した。

「違うーーあいつらは魂喰夜叉なんかじゃない。俺を騙したりなんかするはずない……」


「祝……」


「だって、瀬城先生が引き合わせてくれたから、俺はあいつらに会えたんだ。おまえの言ってることが本当なら、先生も狛犬たちに騙されてるってことになるじゃねえか」

 言ったあとで、しまったと思った。訊かれてもいないのに、仲間の存在を明かしてしまった。しかし、死神男の返ってきた言葉で、そんな心配はすぐに無用であったと思い知る。


「瀬城ーーそいつは、他人の神通術を模倣する男だな?」


祝は、ぎくりと固まった。何も答えはしなかったが、むしろそれが答えだった。

「その男は、魂喰夜叉には騙されちゃあいない。奴は、間違いなくグルだからだ」


 祝は、さらに続ける死神男の声と一緒に、早くなる自らの鼓動を聞いていた。


「奴らは、利害が一致した共犯者だ。魂喰夜叉は富士山を噴火させて人の魂を喰い漁るため、瀬城は天瑞鏡を手に入れるためーーそうして手を結んだ奴らは死神殺しに手を染めた。そして、三人の死神がたて続けに殺されたとき、残った俺たち死神は、その犯人をーー瀬城夏冊を必至に捜した。なんせ、〈模倣〉なんて力は厄介だからな。炎袰の神通術は、見て模倣できるものじゃないから例外だが、瀬城はそのほか九人の死神の神通術すべてを、幼いころから駆使してきた要注意人物だった」


 祝は死神男を見上げて、眉根を寄せた。

「九人の神通術すべてを? 幼いころから?」

「ああ、そうだ」

「そんなの、絶対に嘘だ!」

 こればっかりは、自信を持って切り返した。炎袰の神通術は見て模倣できるものじゃない、という言葉も大いに引っかかったが、祝には瀬城が少なくとも八社宮炉慈丸はさみろじまるの神通術だけは、今でも使えるはずがないという確証を持っている。なぜなら、


「先生は、八社炉慈丸にやられたんだぞ? もし、幼いころから〈人形兵器〉を駆使できていたのなら、あのちっさいオッサンが炉慈丸だったってことも知ってたはずだし、あのでっかい人形を死神と勘違いして、光線砲をまともに(くら)うこともなかったはずだ!」

 

 他人の神通術を模倣するには、まずはその相手と相まみえ、駆使する姿を実見しなければ、感得かんとくはできない。

 

 祝の脳裏に、光線砲に呑み込まれてゆく瀬城の姿が蘇った。あのときは、祝も八尋もお龍と呼ばれた人形を死神だと思って疑わなかったし、間違いなく瀬城もそう思い込んでいたはずだ。じゃなきゃ、あれほどの深傷を負ってまで知らなかったふりをするなんてありえない。

 

 死神男が、長く深いため息をついた。

「瀬城夏冊には、神通術を使う炉慈丸の姿をわざわざ実見する必要なんてなかったんだ。奴は、我が子のように育ててもらった死神から、九つの神通術すべて教わっていたんだから」

「ーーえ?」

 思いがけない言葉に、水を浴びせられたようだった。

 そこへ、死神男がさらにきっぱりとした声で言った。

「瀬城夏冊は、死神の隠し子だ。父親である死神の神通術は〈模倣〉ーーそして、いちばん最初に瀬城によって殺された死神だ」


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