第80話 歴然の差
(あの野郎……ふざけやがって!)
祝はぎりっと歯噛みして、死神男を睨みつけた。
死神男も、じっと祝を見つめている。さぞかし小馬鹿にするような目をしているのだろうと思いきや、充血のひどい双眸の奥にある瞳には、思いのほか真剣な光で満たされていた。
それどころか、一時たりともこちらを捕らえて離そうとしない眼差しに、まるで咎められているような気分にすらなって、祝は逃げるようにして逸らしてしまった。まるで、悪さをしでかしているのはこちらであって、言ってもわからないなら致し方ないーーとでも言っているかのような視線に、訳もわからず気まずくなった。
そんななかでも、死神男の連撃は止まらない。
祝はきわどくも躱し続けたが、やがて息があがりだして、とうとう足がもつれて尻餅をついた。
目を上げると、死神男はすでに右腕を天へと突き立て、振りかぶっている。
「くそッ!」
一声うなり、祝は座り込んだままで、右腕を死に物狂いで振り抜いた。運がよければ相討ち――なんてことすらも頭にない、破れかぶれの投刃だった。
右手から三条の三日月刃が飛び出すと、祝は目を固く閉じ、歯を食いしばって、相手の三日月刃を待ち受けた。
しかし死神男は、猛然と振り下ろそうとしている右手をぎゅっと握って、飛び出す寸前だった三日月刃をすんでのところで食い止めた。
そして、祝へと疾風のごとく駆けてゆく。飛びかかってくる三日月刃をやすやすと躱すと、目を閉じて痛みに耐えようとしている祝の頬を思いっきり右の拳で殴りつけた。
「いっってッ!」
祝にとっては、待ち構えていたほどの痛みではなかったが、思いも寄らない痛みではあった。目を開けて左頬を押さえると、相手の両膝が目の前にあって、祝はおっかなびっくり顔を上げた。
死神男がこちらへと投げる眼差しは、たしかに鋭く険しかった。けれど、これまで斃してきた死神からは感じていたはずの殺気が、この男からはいっさい感じ取ることができないことに、ようやく気づいた。だからこそ、見つめられれば見つめられるほどに息が詰まって、チクチクと刺されるように痛かった。
「これでおまえが、俺の隠し子だってことがわかったろ」
死神男が、落ち着いた声で諭すように言った。数知れぬほどの三日月刃を放っておいて、息ひとつ切れていない。
「おまえが此葉の腹ん中にいたころに、俺が自らの魂を切り分けておまえに宿してやったんだ。だからおまえは、俺と同じ神通術を使えるってわけだ。なんせおんなじ魂を持ってるんだからな」
祝は言い返す言葉が思い浮かばずに、押し黙った。
「それと、もう一つわかっただろ」死神男は、さらに続ける。
「同じ力だからこそ思い知ったはずだ。今のおまえじゃあ、俺には勝てねえ。俺は百年以上ものあいだ、百邪百鬼をこの力で捩じ伏せてきた。それに、天瑞鏡の破片を狙う、おまえたちみたいな馬鹿もな。昨日今日覚えたばかりの三日月刃で、俺を倒せるだなんて思うんじゃねえよ」
死神男は胸倉を掴んで引き上げて、むりやり祝を立ち上がらせた。
「だから言え! 天瑞鏡の破片ととカグツチはどこにある!?」
祝は胸倉から引き剥がそうと、死神男の腕を両手で掴んで押し返そうとした。
「放せよ! おまえなんかに、言うわけねえだろうが!」
「この……クソガキがッ!」
死神男が、空いてる左拳で祝の右頬を殴りつけた。
祝の両頬が、ちょうど同じくらいに真っ赤に腫れた。口の中を切ったせいで、動かすだけでも痛かった。が、それでも喉を絞って絶叫をあげた。
「俺は、死んでもおまえらには言わねえぞ! 天瑞鏡の破片も、カグツチも、この国を滅ぼそうとしているおまえら死神なんかには、絶対に渡したりはしねえからな!」
「ーーなんだと?」
話の中盤の時点で、死神男はもうすでに追加の拳を振り上げていた。けれど祝がすべて話し切ると、その拳は宙に浮いたままで固まって、真っ赤に充血している目が、大きくまん丸に見開かれた。
「おまえたち死神が、カグツチに魂を返さないのは、あの赤ん坊に富士山を噴火させるためなんだろ!?」
祝が、さらに詰るように言った。「火山を司るカグツチが、首恋しさに泣き喚けば、富士山が噴火して多くの人が命を失うーーそれがおまえたち死神の狙いなんだろ!?」
右手は祝の胸倉を掴み、左拳はいまだ宙に浮いたままで、死神男はやはり微動だにしない。
十を数えるほどのしばしあいだ、二人はただ黙って、互いの目の奥を覗き合っていた。
深く盛大なため息をついて、死神男が沈黙を破った。
「……この、馬鹿が」
「なんだと!?」
祝が噛みつくような声を返すと、死神男の目に、明らかに呆れるような色が濃くなった。そして、ぐいっと祝をあらためて見据えて、淀みのない声できっぱりと言った。
「俺たち死神も、黄泉津大神も、この国を滅ぼそうなんて、これっぽっちも思っちゃいない。俺たちが魂を返さないのは、むしろカグツチが完全復活を果たして、富士山を噴火させないためにだ!」
諦めが悪すぎると思ったら、そんなデタラメを吹き込まれていやがったのかーーと、嘆息しつつ頭を振る。
「う、嘘だ!」
祝が慌てて吠えたてる。「俺は絶対に騙されない!」
「嘘じゃない」
死神男が、押し返す。「カグツチは、あまりにも力が強すぎた。母神である伊邪那美命を焼き殺すほどにな。そのうえ赤ん坊であるが故に、力の制御もままならない。だから父神である伊邪那岐命は、泣く泣く我が子の首を斬り落とし、その力を半減させた。だけど、カグツチは首を見つけ出しては取り戻し、その度に富士山を噴火させてきた。だからもう二度とカグツチを完全復活させぬよう、黄泉津大神が俺たち死神に、その首を魂として分け与えたんだ」
祝は、ひたすら首を横に振り続けた。「嘘だ、嘘だ」とうわごとのように繰り返しては、胸倉を掴む腕に爪を立てた。
それでも、死神男は腕を引こうとはしなかった。それでいて怒鳴ることはなく、こんこんと説きつけるようにして話し続けた。
「いいか、祝。ここ最近の地震はな、死神たちの魂がカグツチへと戻ってしまって、力を取り戻しつつあるからだ。もし万が一、死神全員が殺されれば、カグツチは完全復活を遂げて、本当に富士山を噴火させる」
そして、思いもよらない言葉が、死神男の口から告げられた。
「おまえは利用されたんだよ、魂喰夜叉の妖魔どもに」




