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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第76話 八尋の危機

 鬱蒼うっそくと草木の茂る山の中を、祝はひたすら闇雲に走っていた。

 八尋をさやった長槍に乗った青年は、おそらく死神で間違いない。だったらカグツチに居所を案内してもらえば話は早いはずなのに、なぜか肝心の日暈が、カグツチとともに姿を消した。気配すらも感じ取れなくて、もしや、あの無限に降り注ぐ長槍の雨に撃たれてしまったのかとぞっとしたが、あたりを隈なく探しても、それらしき痕跡は見当たらなかった。

 それに、煽璃の亡骸が灰になったとき、魂はちゃんとカグツチにばれるようにして飛んでいった。ということはカグツチも日暈も、どこかで無事でいてくれているはず。きっと死神青年の奇襲に慌てふためき、迷子にでもなったのだーーそう半ば思い込むようにして結論づけると、祝は結局あてもないままに山の中へと駆け出したのだった。


「八尋! どこだ八尋! 返事してくれ!」

 しゃにむに叫んでみても、聞こえてくるのは風にさざめく葉擦はずれの音と、飛び立つ鳥の羽音ばかり。それでも生い茂る木々の合間を縫って、ひたすら足を急がせる。

 

 けれど走れば走るほどに、今の自分の行動が無駄にも思えた。だって、あの死神青年が今も八尋を生かしているのなら、山の中に留まる理由なんてあるとは思えない。八尋が攫われた理由なんて皆目見当もつかないが、奴はきっと今も八尋を生かしているはずだ。  

 なにしろ、空一面をひしめき合うほどに覆い隠した無数の長槍ーーあの恐怖の夜空を目の当たりにした瞬間は、もう絶対に逃れることなどできないと、即座に諦めの境地に達したものだった。

 あのまま一直線に長槍が降りしきれば、脳天から穿たれ、魚の踊り串のようになって死ぬんだと覚悟した。なのに、長槍は祝と八尋を避けるようにして降り注ぎ、かすり傷ひとつ付けなかった。あんなこと偶然では決してあり得ない。間違いなく死神青年が意図的に操った結果だった。つまりーー

(あの死神は、最初っから俺達を殺すつもりなんてなかったんだ。だからきっと、八尋は今も生きている)

 だとすれば、やはり先に捜すべきは日暈とカグツチだと思い直すと、足は自ずとぴたりと止まった。

 そうして、弾む息を少し整えてから踵を返したそのときだった。


「やめてぇぇぇーーッ!!」

 聞こえてきたのは、悲痛きわまる八尋の絶叫だった。

「八尋!?」

 祝はもう一度踵を返し、声がした方へと駆け出した。

 木の間をすり抜け、小枝をかき分け、無我夢中で登ってゆくと、突然ぽっかりと視界の開けたなだらかな平地に行き当たった。

 テニスコート半分ほどの面積でそう広くはないが、そこだけは樹木が一本も生えておらず、月明かりが届いて茂る草っ原を照らしていた。

 そんな空間のちょうど真ん中で、三つの人影が立っていた。その正体を認めるや、祝は我が目を疑った。


「そこで何してるんだ、先生……」

 こちらに背を向けて立っていたのは、正鹿神社にいるはずの瀬城だった。一緒に留守番していたはずの月暈もいる。そのうえ見失ったはずの日暈までもが、カグツチを抱いて立っていた。


 問いかけるや、祝はびくりと肩を震わせた。凶気と狂気の渦巻く殺気が、瀬城の背中から立ち昇り、こちらへと吹きつけてくるかのような気がしたのだ。

 しかし、そんな気配はすぐに散って、

「祝くん」

 と振り向く瀬城の弱りきった顔に、怖気おぞけをふるいながらも気のせいか、と思い直すことにした。

「大変だ、八尋ちゃんが……」

 声を震わせながら、瀬城が横に一歩ずれた。そうして彼の陰に隠れて見えていなかった人影に気がついて、

「やっ、八尋ぉぉッ!!」

 と、喉を破らんばかりの叫びをあげた。

 それは、草っ原の上に横たわる八尋だった。長槍に右の太腿を刺され、流れ出る血がスカートとその下にある草と土を真っ赤に染めていた。


 祝は、転がるような勢いで駆け寄った。

 そこでようやく気づいたのは、八尋のすぐそばで横たわる、もう一人の存在だった。

 長槍に乗って現れ、長槍の雨を降らせた、あの死神の青年だ。彼にいたっては、十本以上の長槍に身体中をめった刺しにされていた。絶命しているのは明らかで、その証拠に足許はすでに灰の山と化しつつあった。


 祝はそれを横目に膝をつくと、目を閉じている八尋を抱き寄せ、何度も何度も名前を呼んだ。


「大丈夫、安心して。八尋ちゃんは生きてるよ」

 うしろから瀬城の声が降ってきた。

 祝は、八尋の口許へと耳を寄せた。かすかではあるが呼気に耳たぶをくすぐられ、安堵のあまりに力がへなへなと抜けていった。

 気を失っているようではあるが、確かに八尋は無事である。よく見れば、太ももに食い込んでいる刃先は五センチほど。致命傷には至らない。

 

 ホッとした祝は、八尋の太腿から長槍を抜いてやろうと手をかけた。が、出血を加速させるだけだから、絶対にだめだと、瀬城に慌てて止められた。


「けど、なんで先生たちが、こんなところにいるんだよ」

 祝が、当初からの疑問をもう一度なげた。


「嫌な予感がして、月暈と一緒に君たちのあとを追ったんだ。そしたら、八尋ちゃんが攫われたものだから、日暈とカグツチも連れて、急いで長槍に乗るあの青年のあとを追い駆けたんだけど……」

 間に合わなかったーーと、瀬城は申し訳なさげにうなだれた。 


「けれど、八尋は大したものですの」

「ですぞ」

 狛犬姉弟が、感嘆の声音で語を添える。

「深手は負ったものの、相討ちどころか、たった一人で見事死神を斃したんですの」

「ですぞ」


 祝は横目で、死神青年の亡骸を見た。完全に灰の山と化してはいたが、十本近くある長槍が突き刺さったままでいるせいで、死に様がいかに悲惨であったかを、いまだしっかりと物語っている。

「じゃあ、あいつが八尋の太ももを貫いて、あいつをめった刺しにした長槍は、八尋が放ったものなのか?」

 尋ねた祝に、瀬城がああ、と深くうなずいた。

「僕たちが来たころには、もう奴はあのざまだったからね。本当に驚いたよ。僕が負傷しているあいだに、君も八尋ちゃんも、本当に強くなったものだ」

 そう言ってついた驚嘆の吐息に、祝は違和感を禁じ得なかった。だけど、今は悠長に考え込んでいる暇はない。

 急いで死神の青年だった灰の山を掻き分けて、天瑞鏡の破片を掻っ攫うと、

「急ごう先生。八尋を病院に連れていかなきゃ」

 と、それをポケットに突っ込んだ。

 

 そうだね、と瀬城が力強くうなずいた。スラックスのポケットからサバイバルナイフを取り出すと、八尋の太腿を貫く長槍の柄を、傷口が広がらないよう慎重に根本の部分から断ち切ってくれた。

 それから長槍の筏に八尋を乗せると、祝は筏の隙間にベルトを通し、八尋の腹の上で縛って身体を固定してやった。

 カグツチは、そのあいだに鬼灯を開いて、ちゃっかり死神の魂を回収していた。


 それを見届けて、瀬城が祝と狛犬姉弟と自身の長槍を発現させた。二人と二匹がそれにまたがると、

「さあ、行こう」

 と八尋を先頭にして、祝たちを乗せた長槍が、高く夜空に舞い上がった。


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