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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第75話 奇跡の子

 死神・桃花鳥ヶ峰煽璃を壁際に追い込み、祝は霊力をたぎらせた。


「あんた、自分が何者なにもんなんか知っとんのか?」

 煽璃の問いかけに、祝はうんざりとばかりに溜息をついた。

「またそれか。おまえたち死神は、みんなそう言って命乞いをするんだな。気まぐれで命を延ばしてやった人間に、たまたま子供が生まれてきただけの話だろう?」 

 毒をたっぷりに含ませ吹きつけるように言うと、途端に煽璃のまなじりが、ぴんと音をたてんばかりに吊り上がった。


「気まぐれ? たまたま?」

 追い詰めたのはこちらのはずなのに、烈火のごとく立ち昇った相手の怒気に、祝は思わずたじろいだ。けれどもすぐに持ち直し、「ああ、そうだ」と唾を吐くようにして言い捨ててやった。

「中途半端に命を延ばしたところで、どの道その人間を殺すんだろう? そうやって俺の父さんは殺されたんだろう? おまえたちが俺のことを恩着せがましく死神の隠し子だって言い張っても、俺は死神なんかをこれっぽっちも親だなんて思っちゃいない! おまえたちはただの悪魔で、俺の殺すべき親のかたきだ!」


 思うがままに罵られ、煽璃の顔色が心をえぐられたとばかりに蒼白になった。けれど、すぐに肩を細く震わせながらも、祝へと噛みつくような目を据えた。

 

 その顔を見て、祝はうっと唸る声が漏れそうになった。煽璃の眼光に怯んだわけではない。彼女の目に、出し抜けに浮かんだ涙に驚いたのだ。

「この、ド阿呆が。なんも知らんくせに、わかったような口ききよってからに……」

 目尻に溜まった涙をごしごしと乱暴に袖で拭い、煽璃は声を詰まらせながらも言い立てる。

「気まぐれなんかで、人の命が延ばせるか! たまたまなんかで、死神の隠し子が生まれるか! アンタらはな、ウチら死神が毎日毎日この身を焦がして、灰になる覚悟で待ち望んだ奇跡の子なんや!」

 特にアンタはなーーと鉄扇で指され、祝はかすかに肩を震わせた。

「その想いが、二人分つめ込まれた反則級の奇跡の子なんや!」

 それからひとつ息を継いで、ウチはなーーと苦々しく言った。

「嗛間炎袰が大嫌いやねん! あんな反則で、イカサマで、インチキな神通術、ウチは絶対認めへん。けどな、あんな傲慢な女でも、アンタへの想いだけは本物ほんもんや。なのにアンタは……それでも木の股から生まれてきたようなことを言うつもりか? せやったら枝の一本でも伸ばしてみい! 葉っぱ生やして、花のひとつでも咲かしてみい! この、すっとこどっこいの唐変木が!!」

 そう一気にまくしたてると、煽璃は最後にふんと鼻息をひとつ飛ばして締めくくった。


 ひとしきり言わせてはみたものの、祝には何がなんだかさっぱりだった。煽璃に言い募られれば言い募られるほどに心は苛立ちにささくれて、こちらもはんと鼻息で応酬した。

「身を焦がす? 灰になる? ワケわかんねえこと言いやがって。つまりはもっと感謝しろって言いたいだけなんだろ? やっぱりただの命乞いじゃねえか」


 それを聞いて、煽璃はぎりっと歯を軋らせた。

「なるほどな、その強情で意気がったところなんかは、お母はんである炎袰にそっくりやな」

 まったく、あの女ーーとふいに目を逸らすと、

「似合うやろう思て、ウチがせっかく()ったった虹色の豹柄ひょうがらの帯は、いっこもつけてきよらへんし、たまには女同士で世間話でもと思て、餡子あんこの代わりにカラシぶち込んだった饅頭には、ひとつも手ぇつけようとせえへんし、ホンマにあの女は、生意気で強情でーー」

 と、さらに言い募ろうとしていた声は続かなかった。

 直後、煽璃はガハッという喘ぎとともに、鮮血を口から吐き散らした。前屈みになった視線の先では、三日月刃に噛み破られた腹からも血飛沫を散らし、ドレスを真っ赤に染めていた。


 祝は右腕を振り下した姿勢のままで、冷たい声で言い放った。

「もういい。こっちも急いでんだ」


 煽璃が、膝を折って崩れ落ちた。またたく間に顔色があせて、苦しげに土を掻いている。なのに、痙攣する顎を持ち上げて祝を見上げると、なぜか可笑しそうに歯を見せた。

「まったく……人の話を最後まで聞かんところは、お父はんにそっくりやな。アンタのお父はんも、いつもそう言ってウチの話を遮るんや」


「はあ? お父はん?」

 思いもよらない言葉がのぼって、祝は思わずて聞き返した。

 せや、と煽璃が最後の気力を絞るようにして、笑みを深めた。

「昔は見てくれだけの男やとばかり思っとんやけどな、あんな襤褸切ぼろぎれみたいな姿になってもなお、身を焦がしつづけるんやから、なかなか見上げた根性やで」


 どういうことだ? と、祝の胸が戸惑いに揺れた。

 認めるつもりは毛頭ないが、嗛間炎袰を〈お母はん〉と言い張ってくるのはまだわかる。現に自分は間違いなく彼女の隠し子なのだから。けれど、〈お父はん〉とはいったい誰のことだ。俺の父親といえば、人間の父親ただ一人。死神のお母はんだけならいざ知らず、お父はんまでもを持った憶えはひとつもないーー


 そもそも、ちょっと前に言ってた、〈想いが、二人分つめ込まれた反則級の奇跡の子〉の二人分とは、誰と誰の話をしているというのかーー


「その目で、しかと確かめたらええわ。ウチがここで死ぬっちゅうことは、じきにお父はんに会うことになるんやからな」

 消え入りそうな声で、煽璃が言った。

「あの姿みたら、気まぐれやないてことがきっとわかるわ。そんときは……せいぜい半殺しにうまで、説教されな……はれ」


 おい、ちょっと待てーーと、祝は足を踏み出した。

 が、同時に煽璃はがくりと力尽き、大きな疑問を残して生き絶えた。


 お陰でしばしのあいだ、八尋のことも忘れて独り黙念に暮れてしまった。はっと我に返ったときにはもう、灰になった煽璃の亡骸から、魂がカグツチのもとへと飛んでゆこうとしているところだった。

 祝は慌てて灰を掻き分け、中から天瑞鏡の破片を掴み取った。ひんやりと冷たい感触が指先へと伝わった途端、喜悦きえつが込み上げ、頬が緩んだ。

「残り四つ……あと四つ……」

 我知らずつぶやくと、疑念はあっという間に吹き散らされて、残りの天瑞鏡への欲念に塗り替えられた。

「そうだ、俺が誰の隠し子だろうが、関係ない。ただ、死神を殺すまでだ」

 ひそやかに、けれどきっぱりとした声調で祝は言った。そして、次なる死神がいるはずの、陰々(いんいん)そびえる大きな闇だまりのような山へと目を投げた。


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