第74話 正真正銘の反則
肉塊が、みるみる祝と寸分違わぬ姿へと変貌を遂げた。わかってはいたが、またもや素っ裸で雛型本人を虚ろな瞳で見つめている。
「油断するんやないで! 一気にぶち殺すんや!」
鉄扇で祝をビシリと指して、煽璃が傀儡たちに叫びたてた。
冷たい眼光と殺気を放ち、命じられた傀儡たちは、地を蹴り、祝のもとへと殺到した。
祝は、長槍だらけの一本道へと踵を返して駆け出した。
傀儡の一体が祝の背中を追いかけて、もう一体もそれに続く。残りの一体は、回り込んで挟み撃ちにしようとしているのか、長槍を引き抜いて、ひたすら道を作っている。
祝を追いかける傀儡の一体が、駆けながら三日月刃を撃ち放った。
祝はそれを躱しはしたが、距離を詰められ、一対一の素手での格闘が始まった。
祝が傀儡の拳を躱せば、傀儡も祝の拳を躱し、祝の足蹴で傀儡がよろめけば、傀儡も祝に足蹴りを浴びせる。まさに、実力が伯仲した闘いであった。
しかしそれは、十五秒にも満たない出来事だった。
祝の殴打が傀儡の頬を深く抉り、さらに足蹴りが脇腹に炸裂しても、そのうち傀儡の殴打は祝の頬を掠めるばかりで食い込むことなく、足蹴りも危なげなく躱されるようになってしまった。
おまけに祝の強烈な拳が鳩尾にねじ込まれると、傀儡は両手で腹を押さえ、前屈みになってよろめいた。
そこへ後ろで控えていたもう一体の傀儡が、傍らにあった長槍を引き抜き、祝めがけて投げつけた。
祝は慌てることなく、飛び寄せるそれをはっしと掴み取るや、猛然と振り上げ、目の前でいまだ前屈みになっている傀儡の後頭部へと刺し貫いた。
穂先は眉間のちょうど真ん中で貫通し、傀儡はそのままのめって崩折れた。
「なんでやッ!」
やはり傀儡はひと声の悲鳴もあげることはなかったが、代わりに煽璃の引き裂くような叫声が響いた。
傀儡は長槍が突き刺さったままで元の肉塊に逆戻りすると、最初に生み出された傀儡よろしく、最期は真っ黒な消し炭へと成り果てた。
息つく間もなく、長槍を放った後方の傀儡が、三条の三日月刃を撃ち放った。
祝はそれを回避すると、消し炭に突き刺さったままの長槍を引き抜き、傀儡めがけて投げ返してやった。
互いに同じ実力のはずなのだ。だったら傀儡だって先ほどの祝同様、事もなげに掴み取ってみせるか、躱してみせるはずである。
ところが、祝が放った長槍は、傀儡が投げたものとは比べものにならないほどの猛速度で飛んでゆき、唸りをたてて傀儡へと迫った、
傀儡は目に見えてうろたえながらも、なんとか長槍だけは紙一重で躱してみせた。
けれどもふと何かに気がついて、目線をゆっくりと自らの胸からその下へと落としていった。
祝が投げ放ったのは、長槍だけではなかった。右手で長槍を投げ放ったあとに、少し遅れて左手で三日月刃も撃ち放っていた。
傀儡はそれに気づけずに胴斬りにされ、気づいたころにはもう、上半身が腰の上からだるま落としのように崩れ落ちていこうとするさなかだった。
「うそやろッ!」
煽璃がまた、傀儡の代わりに悲鳴をあげた。
祝は、傀儡がただの肉塊へと戻っていくのを見届けることなく、さっさと踵を巡らせて最後の傀儡へと目を据えた。
祝を挟み撃ちにすべく回り込もうとしていた傀儡は、やはり途中からは自力で長槍を引き抜くのをやめていた。地面すれすれに三日月刃を放ち、長槍の穂を弾いて道を作っていた。
そして今、ちょうどその道が祝へと繋がり、一人と一体が三メートルほどの距離を挟んで反目しあった。
先に動いたのは、傀儡である。まっしぐらに祝へと駆け込むと、がむしゃらな目色で殴打と蹴撃の先手を打った。
祝はそれを、造作もなく躱し、いなし、掻いくぐった。いつしか、なんだ、これ……とつぶやく余裕すらも湧いていた。
傀儡の拳や足蹴りは、もう祝の身体を掠めることすらしなかった。
やけに間緩く、あまりに烈度に欠ける摶撃に、祝は呆気に取られ、本気でやってるのか? と困惑すらした。
傀儡が一息溜めて、渾身のつもりであろう拳を突き出した。
祝はそれを山なりに投げられたボールのように、造作もなくぱしりと受け止めた。そのまま腕を掴んで投げ飛ばすと、傀儡は受け身も取れず、強かに背中を地面に打ちつけた。
それから傀儡はあたふたと立ち上がり、きっと貫くような視線を祝に投げた。
視線がかち合うや、次の一手でケリがつくーーと祝は悟った。傀儡の方も、気づいたはずである。
一刹那ーー一人と一体は、霊力を目一杯に滾らせた。
傀儡が服を着ていたならば、鏡像と見紛うばかりの正確さで腕が同時に振り下ろされて、そこから一条に全力を注いだ三日月刃が、これまた同時に放たれた。
二刃は流星のごとく翔けてゆき、ガキンと戛然とした金属音を響かせ噛み合った。
そうして切先を交えたままに、鬩ぎ合うのかと思いきや、決着はあっという間についてしまった。
そもそも祝が放った三日月刃と、傀儡が放った三日月刃は、まったくと言ってよいほどの別物だった。大きさも、輝きも、刃先の冴え具合も、何もかもが祝の放った刃は傀儡が放った刃の次元を大きく上回っていた。
だから結局は、互いの手から三日月刃が飛び出した時点で、決着はすでについていた。刃先が噛み合った瞬間に、祝の三日月刃は傀儡の三日月刃を薄氷のごとく木っ端微塵に破砕した。
そのうえ勢いは衰えることなく、快刃はさらに激走する。
傀儡はその迫り来る一閃に、身じろぎする暇も与えてもらえず、右肩から左腰にかけて、斜め切りに両断された。
「んな阿保なぁ!」
二つになった傀儡の肉体が、ボトリ、ボトリと地面に転がる音をかき消して、三度煽璃の悲鳴が響き渡った。その残響が消えると同時に、肉塊は人の面影をすっかり消して、真っ黒な消し炭へと変わり果てた。
◇◆◇◆
「なんで? なんでなんや……」
祝と呼ばれた少年を愕然と眺めながら、煽璃はぶつぶつと喉の奥でつぶやいた。
「黄泉津大神より賜ったこの〈完全なる模写〉は、最強無敵の神通術なんや。勇猛無比の豪傑やろうが大力無双の巨怪やろうが、うちの力の前では無意味なんや。完璧に模写された自分自身を相手にして、勝てる奴なんておるはずない。なんせ、体力も霊力も劣えることがないんやで? ましてや三体を同時に相手にして、殲滅するやなんてありえへん……こんなもん、反則や、イカサマや、インチキーー」
や、と言い切るのとほぼ同時に、はたと目が醒めたような気分になった。そういえばここ最近で、まったく同じことを言ったような……
いや、違う。
反則や、イカサマや、インチキや。
それは、煽璃がいつもそうなふうに罵っては、自分の神通術が完全なる模写であるからこそ、絶対に勝てないあの女への屈辱感を紛らわしていた。あの女さえいなければ、ウチこそが最強無敵のはずやのにーーと。
煽璃の目に映る祝と呼ばれた少年の背中に、あの女ーーそう、あの忌々しい少女の姿をした死神の背中が重なった。
「ということは、あの祝っちゅう子は、あのクソ女のーー嗛間炎袰の隠し子かいな……」
言ってすぐに、いや、違う! と頭をぶんぶんと横に振った。
「あの子は、あの男の隠し子で間違いない。だってあの三日月刃が、何よりの証拠や。あの男から魂を分け与えられた何よりの徴や」
せやったら、なんでや……と丁寧に結われた髪が乱れるのも構うことなく、がしがしと頭を掻きむしりはじめた。
「どう見たって、炎袰の神通術を持っとるとしか考えられへん。それ以外に、ウチの傀儡を倒すすべなんて、ありえへん」
ほんなら、まさか……
ついに降ってきた答えに、頭頂部から殴られたようだった。目の前が大きく揺れて、ガクンと膝から崩れ落ちそうになった。
せやけど、そんなこと現実に起こりえるんか? もしホンマにそうなことがあったんやとしたらーー
近づいてくる気配に顔を上げると、祝と呼ばれる少年が、すぐ目の前に立っていた。
煽璃は殺気を湛えたその目に射抜かれ、震える唇でつぶやいた。
「正真正銘の反則やないか……」




