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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第72話 死神• 桃花鳥ヶ峰煽璃

 燎牙りょうがと呼ばれた死神が、掲げていた右腕を振り下ろした。

 合図を受けて、長槍が一斉に豪雨のごとく降り注ぐ。

 

 祝は、静かに目を閉じた。せめて苦しむことなくーーと願いながら。


 直後、長槍が次々と地面を突き刺す音が耳を打った。前後左右から数限りなく、ザクザクザクザクと長槍の穂先が地面を突き刺し、ときおり刃風が身体を掠めるのを肌で感じた。

 しかし、いつまで経っても頭から串刺しにされるような痛苦は、この身に降り注いではこなかった

 一瞬の痛みすら感じることなく死んだのか、とも思ったが、あたりでは今でも地面が突き刺される音でひしめいている。

 いったい何が起きてるんだ? と思いつつも、目を開ける勇気は到底ない。

 生きた心地がしないなか、されど死んだと思い知らされるような痛みもなく、祝はひたすら目を閉じたままで佇立していた。


 そこへ、降りしきる長槍の墜落音ついらくおんが、ぴたりと止まった。

 祝は、おずおずとまぶたを持ち上げた。視界に飛び込んできたのは、グラウンド一帯が群生する葦畑あしばたけと化したかのような光景だった。地面に突き立った無数の長槍の直立が、祝の周囲ギリギリだけを残して、隙間なく一面に広がっていたのだ。


 祝は、ひっと息を呑んだ。それから、自らの身体を見回した。かすり傷ひとつ付いていない……

 いったい何だったんだーーと首をかしげたそのときだ。

「ほぉりぃぃーー!」

 上空から聞こえた八尋の悲鳴に、慌てて夜空を振り仰いだ。

 見れば、燎牙と呼ばれた死神が、八尋を肩に担いで校舎の向こう側にある裏山へと飛び去ろうとしているさなかであった。

 八尋は、ジタバタと必死に足掻いてはいる。けれど、それしきの抵抗ではもろともせず、燎牙は豪速の長槍に乗って飛び去ってゆく。


「八尋ッ! 八尋ぉぉーーッ!」

 祝は、追いかけようと地を蹴った。が、地面に突き刺さった長槍が、見渡す限りに立ちはだかって、駆け出すことすら許さない。

「ほおりぃー! ほおりぃーー!」

 残響だけを置き去りにして、八尋と燎牙は山の繁みへと消えてゆく。


 祝は目の前の長槍を引き抜き、掻き分け、蹴倒しながら前進した。しかし、どこまで行っても無限の長槍が行く手を阻む。

 痺れを切らし、祝は右手を薙ぎ払った。

 飛び出した三日月刃が、地面すれすれを滑空し、長槍の穂先を弾いて小道を作った。

 祝は、その道を突っ走る。ふたたび長槍が行く手を阻めば、またぞろ三日月刃でそれを蹴散らして小道を作り、無我夢中で駆け抜けた。


 がむしゃらにそれを繰り返してゆくと、とうとう長槍の密集地帯に終わりが見えた。

 校舎の二メートルほど手前ともなると、さすがに長槍は地面に突き刺さっておらず、祝はそのまま校舎とその隣にある倉庫を隔てる小道を突っ切ろうとした。きっとそこを抜ければ、裏山へと続く道があるはずだ。

 ところがそこへーー


「ちょっ、ちょっと待たんかい!」

 すっかり忘れかけていたもう一人の死神の甲高い声が降ってきた。

 祝が上空を睨みつけると、桃花鳥ヶ峰(ときがみね)煽璃(せんり)はまだ玄関の(ひさし)の上で、仁王立ちで立っていた。

「あ、あんたの相手は、ウチなんやで! そうやすやすと逃がすかいな!」

 同じ死神に出し抜かれ、彼女もずいぶんとご立腹のようである。何としても祝だけは逃すまいと、必死に唾を飛ばして訴えてくる。


 しかし、祝だってかまってはいられない。何も見なかったことにして、煽璃を完璧に無視すると、ふたたび校舎の脇を抜けるべく駆け出した。


「待てって言うとるやろぉぉ!!」

 庇から降り立ち、煽璃が祝の前に立ちはだかった。狐を思わせる蠱惑的こわくてきな容貌が、今はすっかり般若である。


「どけッ!」

 祝の口から怒号が走る。

 もちろん煽璃は、どいたりしない。

「あのお嬢ちゃんを助けたかったら、このウチをたおしてからや。まあ、気張ったところで、今ごろは八つ裂きになってるかもしれへんけどな」

「ーーなんだと?」

「せやけど悲しまんでエエ。あんたはウチに殺されるんやから、ちゃあんとあの世で落ち合えるわ」


 祝の血液が一瞬にして沸騰した。もう二度とそんな嫌味が利けぬよう、今すぐにでもその口をズダズタに切り裂いてやりたくなった。

「やれるもんならやってみろ」

 呻くような声で言うと、魂を凝らして霊力を発生させた。

 そもそもは、いま目の前にいる死神を討つためにここまでやって来たのだ。道を開けるつもりがないのなら、予定通りに相見え、その亡骸を越えていくしかないだろう。

 祝は霊力を両の掌に傾注させると、いつでも三日月刃を放てる態勢で身構えた。

 

 それを見た煽璃は、やっとその気になってくれた相手にニヤリと笑った。そして、祝をじっと見つめながら、大きく息を吸い込んだ。

 すると、唐突にピタリと動きを止めたかと思いきや、今度は苦しげに身をよじり、悶えはじめた。頭はがくがくと痙攣し、上半身は激しく波打って、両手は忙しなく空を引っ掻き回している。


 予想外の出来事に、祝は思わず腰が引けた。顎を引いて、警戒しつつもただ眺めていると、煽璃の腹の中で何かが蠢いているのが見て取れた。

 塊だ。

 何の塊かはわからないが、煽璃が祝を二、三秒見つめるあいだに彼女の中で生成された、拳みっつ分ほどの塊だ。それが服の上からでもはっきりと蠕動ぜんどうしているのが見て取れる。

 それが今、腹から胸へとせり上がり、喉許のどもとにまで上昇すると、さらにのぼり詰めようと、動きを加速させていた。

「えっ、えっ」とえづく煽璃の首がまるでポンプのように二倍以上に膨れたり収縮したりを繰り返すと、次いで頬が風船のように膨れ上がった。


 そしてついに、その塊が嗚咽おえつ唾液だえきとともに口から吐き出され、その姿が露わになった。


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