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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第69話 最強の死神

(こぉんの、性悪女がッ!)

 朝焼けが目に沁みる都心のビルの屋上で、死神•楪煉兎ゆずりはれんとは腹の中で毒づいた。

 配電盤の陰にコソコソと隠れて、きっと睨みつける先にあるのは、柵の上に腰掛ける一人の女の背中である。逆光のせいで、詳しい身装みなりまではわからなかったが、昔からよく知るあの女の後ろ姿で間違いない。


 煉兎はこの二日間、ひとときも足を休ませることなく、目の前にいるこの女を捜し続けていた。

 なにせ死神は皆ーーいや、目の前にいる女を除いては、馴れ合うことを厭い、群れることを嫌悪する。ゆえに、万に一つの変事でも起こらなければ、伴って行動を起こそうなんて思いもしないし、用事もないから音信たよりを送り合う手段だってない。ましてや自分以外の死神が、現世でのねぐらをどこに構えているかなんて興味もないし、皆目検討もつかなかった。


 とはいえ、闇雲やみくも奔走ほんそうしていたわけでは決してない。ある程度の距離まで近づくことができさえすれば、火凝霊法の熟練者のみが感受することのできる霊波れいはを頼りに、なんとか居場所を特定できる。だから本来ならば、一晩でけりはついたはずだった。

しかし、こちらが霊波を感受できるということは、同時に相手もこちらの霊波を感受できるというわけで、女は煉兎が毒づいた通りの性悪っぷりで、この一晩中彼の霊波を敏感に嗅ぎ取っては追尾を躱し、姿をくらましては、おちょくるように漂い遊んでいた。


 そうしてようやくその背中を捉えたものの、朝日が闇を拭いきってしまった空の下、煉兎は彼女へと近づくことをためらった。

 なにせ、死神のなかでダントツの嫌われ者であるこの女は、矜持が高いうえに噂話が大好きで、いったい何が楽しいのかコソコソと死神たちの動向を嗅ぎ回っては、それをほかの死神たちの耳へと訊いてもいないのに流し込むのを生き甲斐にしている金棒引きだ。

 それゆえに、煉兎はここ数年は、この女に見つからないよう、ずっと避け回って生きてきた。だからこそ今の変わり果てた姿で話をつけなくてはならないのなら、できるかぎり闇夜に乗じてーーと思っていたのに、すっかり夜は明けきってしまった。

 そのうえ、燦々と陽光が注がれるビルの屋上では、目をごまかす手立てもない。

 けれども、今このときこそが、万に一つの変事のさなかだ。話をつけなければらちが明かないし、こいつのことは嫌いだが、これ以上死神が殺されるわけにはいかなかった。


(クソッ、めんどくせえな……)

 煉兎は、また心の中で毒づいた。


 そこへ、こちらの気配にとっくに気づいていたのであろう女の方から声がかかった。

「いつまでも隠れとらんと、言いたいことがあるんやったら、はっきり言ったらどないや。何ぞうちに用なんやろ?」

 こちらへと振り向くことなく、地上の喧騒を眺めているようだったが、声音からして薄笑いを浮かべているであろうことは、はっきりとわかった。


 煉兎は、舌打ちしそうになるのを堪えて声を投げた。

「三日前の夜と昨日の夜に、また死神が殺された。八社宮炉慈丸と、地鯉鮒燐太郎だ」

 噂好きのおまえなら、知ってるだろうけどな、とまでは言わなかったが、返ってきたのは案の定、くつくつと笑う声だった。

「ええ、もちろん知っとるわ。まったく……人間なんぞに殺されるやなんて、死神の風上にも置かれへん恥晒しや」

 で? と女は声を加える。「それがどないしたんや。わざわざそんなこと伝えるために、二日間ウチを追いかけ回しとったんか?」

 わらいをからめるその言いように、煉兎はまたしても舌打ちしたくなるのをなんとか堪えた。てめえが、逃げ回ってたせいだろうが。

 けれども今は、女の戯言にいちいち構ってる場合ではない。

「今夜あたりだ」と切り出すと、神妙な声で本題を告げた。

「死神殺しが必ずおまえのところへやってくる。けどおまえは、決してそいつらを相手にするな。お得意の鬼ごっこで、何がなんでも逃げ失せろ」


 はあ? と女が、気色ばんでこちらへと首を巡らせた。その勢いについ押され、煉兎はかすかに覗かせていた顔を配電盤の奥へと引っ込めた。


「死神殺しの大罪人が、わざわざ向こうから成敗されに来てくれるっちゅうのに、なんでウチが逃げなあかんのや」

「決まってるだろうが」煉兎はすぐさま声を投げ返した。「これ以上死神を死なせるわけにはいかねえからだ」

 言われた女が、血の気をさらに上らせた。

「じゃあ、なにか? アンタ、このウチが人間ごときに、いてこまされるとでも思おとんのか? このウチが!」

「殺られてった奴らも、みんなそうやって油断したんだろうよ」

 煉兎が、ため息混じりに吐き捨てると、

「あんな雑魚どもと一緒にすな!」と間髪容れずに女は怒声を張りあげた。

「ウチは、死神きっての最強の神通術の使い手なんやで? アンタらが束になってかかって来ようが屁でもないのに、なんで人間ごときに尻尾巻いて逃げなあかんのや!」


 人間はもちろん、死神相手にも目一杯に侮辱した言い草だ。けれども煉兎は少しも気にすることなく、へえ〜と含みたっぷりの声を返した。

「最強、ねえ」

「な、なんやねん。何が言いたいねん」

 女が、見るからにうろたえた。

「べつにぃ」と煉兎が空々しく言えば、女は座っていた柵から身を乗り出して怒鳴り散らした。

「どうせ、炎袰のことが言いたいんやろうが! アイツの神通術の方が、ウチより上やて言いたいんやろうが!」

「一言もそんなこと言ってねえじゃねえか」

 とは言いつつも、煉兎の声にはしっかりと茶化す響きが込められている。


 女の肩が、わなわなと震えた。目を吊り上げ、口を曲げ、「ええか、煉兎?」と鋭く指差す声色には、忌々しげな響きが混じっていた。

「あの女の力は、神通術なんかやない! あんなもんは、ただの反則や! イカサマや! インチキや! にもかかわらず、大きな顔していつも黄泉津大神からの寵遇ちょうぐうを独り占めしくさって、ホンマ図々しい女やで!」

 そういえば、昔ーーと続けると、記憶を追いかける目つきになって、口つきの方は、唐辛子にでもかじりついてるかのようだった。

「オモロいもん見せたるうて、崖から突き落としたっただけやのに、あの女……あの巨腕で引っこ抜いたガス灯ぶん回しながら、三日三晩追っかけて来よったんやで。それにちょっと笑かしたろう思うて、あの女が歩いてる頭上に、あの女の名前が彫られた墓石を落としたったら、今度はあの女が、うちの名前の彫られた墓石をうちにくくり付けて、醤油蔵しょうゆぐらにある醤油樽しょうゆだるん中に、そのままうちを沈めよったんや! お陰でこっちは醤油で土左衛門どざえもんになるところやったんやで! せめて酒樽かさだるにせいよ、酒樽さかだるに!」

 ホンマ、洒落も冗談もわかっとらん、しょーもない女やで、とクドクドとぼやきだしたと思ったら、「それにーー」とさらに続けようとするところを、

「もういい!」と煉兎は遮った。

「とにかくおまえはーーおまえだけは、死神殺しとやり合うな!」

「だから、なんでやって訊いとんねん!」

「おまえじゃあ、ぜってえに勝てねえからだよ!」


 言われた女が、胸にそうとうくらったとばかりに目を剥いた。それから沸点に達しようとする怒りをなんとか抑え込もうとしているようで、震える拳を握り締めながら、痙攣している口の端を吊り上げ歪に笑った。

「煉兎ぉ。アンタ、もっと素直になったらどないやねん。そうすりゃあウチだって、少しは考えてやらんこともなかったのに……」


 あ? と煉兎が眉をひそめれば、女はふんと鼻で笑った。

「ウチが気づいとらんとでも思おたか? その死神殺し、アンタの可愛い隠し子なんやろ? せやからウチに殺されんよう、わざわざでまかせ言いに、ここまで追っかけてきたんやろ?」


 問われて、煉兎の心が揺れた。確かに死神殺しに手を染めているのは、自分の隠し子に間違いない。

 けれど、今回ばかりはその子の心配は、まったくもって無用だった。

 なぜならーー


(おまえじゃあ、おまえの神通術じゃあ、絶対に祝には勝てねぇんだよ)

 けれど、その理由を自分の口から言うのは、どうにもためらわれてまごついていると、

「とぼけたって無駄やで」と、調子を取り戻した女がさらに言った。

「ちゃううんやったら、いつまでも隠れとらんと今の姿みせてみい」

 煉兎は、とうとう我慢できずに舌打ちを鳴らした。

 女が、さらに畳みかける。

「ウチが知らんとでも思おたか? 今のアンタの変わり果てた姿を!」

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