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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第68話 悪辣非道な死神たち

 座っているのに、立ちくらみのようなめまいを覚えた。世界が一瞬にしてひっくり返って、底なしの奈落へと今しも落ちてゆくかのようだった。

「俺が生まれた日に、嗛間炎袰が父さんを殺した……?」


「そうですの」日暈が食い気味に言って、頷いた。

「お父上は、きっと無念だったに違いないですの。お母上だって出産直後に夫を亡くして、ひどく途方にくれたはず。それに祝ーーそなただって、誕生日におめでとうと言われても、喜ぶどころか孤独と皮肉ばかりを噛みしめていたんではないですの?」

 

 心を読まれたようで、祝はつい視線を逸らしてしまった。


「それこそが悪辣非道あくらつひどうな死神の、嗛間炎袰の狙いだったですの」

 日暈の声に、棘が増す。「命を延ばすことで希望を持たせておいて、結局は魂をさらってゆく。より高い場所から、絶望へととすために。残された者の傷口を、さらに深くえぐるために」


 心の破れ目が、また広がった。中身がどくどくと流れ落ちる音がして、祝は胸のあたりをギュッと抑えた。早く満たさなきゃ……天瑞鏡の光で満たさなきゃ、心は今にカラカラに乾いて、砕けてしまう……


 可哀想にーーと日暈が、不意に声色を穏やかにした。

 おずおずと目を上げると、彼女の目には、捨てられた子犬を見るような、憐れみの色が帯びていた。

「お父上が生きてさえいれば、そなたもきっと寂しい思いをすることなく、心丈夫であったはず。生まれたその日にうしなったとなれば、甘えるどころか、名前を呼んでもらった記憶すらもないのでは?」


 そう問われて祝の脳裏を過ったのは、写真でしか見たことがない、朔夜の穏やかな笑みだった。てらいがなくて、ほがらかで、そばにいるだけで心が暖かくなるような人だったと、いつも此葉が言っていた。確かにそんな父親が今もそばにいてくれたなら、寂しい思いや惨めな思いなんてしなくて済んだはずだった。


「なのに嗛間炎袰は、おぬしからお父上を容赦なく奪った。そんな死神を、おぬしはまだ、いひとだと言うですの?」

 

 重ねて問われて蘇ったのは、今度はあの幼いころの自分自身の声だった。


 ーー炎袰はいひとだよ! 僕が嫌いになることなんて、絶対にない!


 ハハッと、乾いた自嘲じちょうが喉から漏れた。幼かったとはいえ、自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れた。

「何が、いつもそばで見守ってるよ、だ。俺がどれほど辛い思いをしてたって、あれっきり、助けに来てくれたことなんてなかったじゃねえか……」


 呻くように呟くと、途端に怒りで血が沸いた。悔しくて、悲しくて、身体は千々に引きちぎられるようだった。


「祝、この場を借りて問うですの」物々しい目と声で、日暈が言った。

「死神殺しを断念して、お母上とこの国の民を見殺しにするか。それとも、嗛間炎袰と残りの死神を皆殺しにして、お母上とこの国の民を救うのかーーおぬしはどちらを選ぶですの?」

 途中からはずっと日暈をうかがっていただけだった月暈も加わって、四つの瞳が祝をただした。


 静寂のなか、祝はゆっくりと息を吸った。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 沈黙を破ったのは、確かに祝の口から発せられたものだった。けれどもさっきまでのものとは明らからに違う、祝の心の隙間に息づきはじめた、あの錆帯びた冷たい声だった。


 にもかかわらず、狛犬姉弟は少しも驚くことなく、平然としている。それどころか面上に愛らしさを戻して、にこりと笑むと、

「よくぞ言ったですの、祝。おぬしが天瑞鏡を掌中に収めることができるよう、わっちゃらもいっそう尽力して参る所存ですの」

「ですぞ」

 と、穏やかにこの一件を落着させた。


 それから二匹は、外の空気を吸ってくると言って、出ていってしまった。


 祝はその二匹の背中を見送って、独りでしばし呆然としていた。

 ふと、瞼の裏に炎袰の顔が蘇る。こちらに向かって優しく微笑みかけている。ところが、込み上げてきた熱い雫に溶かされてゆくと、美しかった顔が見るも無惨に歪んでしまった。

 それが目から溢れて頬を伝うと、祝は手の甲でごしごしと拭った。


 首を巡らせると、八尋も瀬城も、まだぐっすりと眠っている。祝ははなすすりながら、その異様さに気づくことなく、よかった、見られなくてーーと、ほっと胸を撫でおろしただけだった。

 そうーーすぐ目の前で祝と狛犬姉弟があれだけ言い合い、騒いでいたにもかかわらず、二人は泥のように眠り続け、目を醒まそうともしなかった。そんな簡単な違和感にすら、祝は気づくことができなかった。

 激情のあとの虚しい胸を独りで抱えて、すっかり明るくなった扉から差し込む光をただひたすら眺めているだけだった。


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