第65話 お寝み、祝
「もしかして、魂喰夜叉が隠し子の話をしてたのかい?」
訊かれて祝は、うん、そう、とすぐに頷いた。なぜ炎袰が怒っているのかはわからないが、ぜんぶあのオバケのせいにしておこう。
「そうかい。アイツら、そんな余計なことまで言ってたのかい」
苦々しげにつぶやく炎袰をチラリと見上げ、祝は思わずきゅっと首を縮こめた。
「それで……アイツら、死神の隠し子について、ほかにも何か言ってたかい?」
ちょっと硬くなった声でさらに問われて、祝は、えっと……と記憶を手繰り寄せた。つむじあたりに、炎袰からのチリチリとした視線を感じて、気が焦る。
「死神はね、ときどき死ぬはずだった人間の命を延ばすことがあるって……そしたら、生まれてくるはずのない子供が生まれてくるから、その子供に魂を分けるんだって言ってた。そうやって生まれてくるのが、死神の隠し子なんでしょ?」
怖々と、白状するような気分で炎袰に伝えた。それから、きゅっと太ももの上で拳を固めて顔を上げた。
「炎袰は、僕のお父さんのことが好きだったんでしょ? だから命を延ばしてあげて、そのおかけでお父さんとお母さんは出会って、僕が生まれたんでしょ?」
祝の視線を受け止めていた炎袰の瞳が、ありし日の記憶に引っ張られるようにして、つと逸れた。嬉しかったり、むず痒かったり、切なかったりと、色んな表情が彼女の顔からかすかに浮かんでは消えていく。
そこで突き当たった記憶に耐えきれないものがあったのか、花びらのような唇が、今にも泣きだしそうにわなわなと震えた。
「炎袰……?」
祝は、心配になって呼びかけた。
その声で炎袰は追憶から帰還したらしく、はっと目を見開いた。それから震える唇を固く結んで、ごくりと喉を豪快に鳴らし、どうやら溢れそうになった想いと涙を無理矢理嚥み下したようだった。
そして、硬い光を瞳に宿し「いいかい、祝」と耳によく響く声で言った。
「今日のことは、すべて忘れるんだ。あたしに会ったことも、魂喰夜叉に襲われそうになったこともーー何もかも」
「えっ、どうして?」
もちろん、祝は抗議した。
「せっかく会えたのに、そんなの寂しいよ。炎袰のことを忘れるなんて……そんなことできないよ」
「だけど、知ってるだろう? あたしは死神なのサ。憶えていたって、この先いいことなんて何ひとつない」
それに……と言ってから口をしばし引き結ぶと、もう一度ためらうように口を開き、
「いずれ、あたしを恨む日がきっと来る」
と、か細く震えた声で言った。
「そんなことないよ!」
祝は、ぶんぶんとかぶりを振った。
「炎袰は善いひとだよ! 僕が嫌いになることなんて、絶対にない!」
言われて炎袰の瞳が、迷いとためらいの細波に揺れた。けれど、すぐに振り切るようにかぶりを振ると、面上に決然とした色を湛えて祝を見据えた。
「いいかい、祝。人間の子供が幸せに生きるためには、死神なんかとこれ以上関わっちゃいけないのサ。そりゃあ、あたしだって寂しいよ。けれど、お互いのためを想ったら、忘れちまうのが一番なのサ」
「じゃあ、もう二度と会えないってこと?」
未練がましく祝は訊いた。
「そうだね」
と炎袰は、もう揺るがなかった。「だけど、さっきも約束しただろ? おまいさんのことは、あたしが必ず護るって。こうやっておしゃべりすることはもうできないけれど、いつもそばで見守ってるよ」
だからどうか、おまいさんも約束しておくれーーと切に請われ、祝は渋々ながら頷いた。
本当は、イヤだと言って駄々をこねたい。またこうやってお喋りしたいと、甘えたい。だけど、炎袰を困らせたくはなかったし、今度こそ自分のせいで泣かせるなんてイヤだった。だから、ちゃんと彼女の望みに応えようと、今夜のことは胸底のさらに奥へ蔵い込んで、いっさい思い出すまいと心に誓った。
そんな祝の決意を、炎袰はちゃんと察したらしく、愁眉を開いて、
「いい子だね、祝」と優しく頭を撫でてくれた。
そうやって褒められるとまた嬉しくなって、もう会えないんだとわかっていても、ついつい頬は緩んでしまう。
次いでその手が頭から離れると、今度は泣いて赤くなった目許をさすってくれて、自分でも単純だなと思いつつも、込み上げてくる嬉しさは止められなかった。
しかし、その手の温もりが身体の中へと沁み込んでいくと、出し抜けに力が抜けて、心地よすぎるほどの眠気におそわれた。
何でこんなときにーーとは思いつつも、瞼はどうしようもなく重たくなってゆく。ゆらりゆらりと船を漕ぐと、その拍子で背中がそり返り、頭から転倒しそうになるのを 炎袰がすんでのところで支えてくれて、そのままそっと布団の上に預けられた。
ちゃんとさようならを言いたいのに、意識はさらに遠くなる。閉ざされてゆく瞼の隙間から見えたのは、炎袰の慈愛に満ちたとびっきりの笑みだった。
「お寝み、祝。どうか、いつまでも健やかでありますように」




