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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第62話 死神への報復

 最初こそ、しょうがねえなーーとぼやいていた流暢な口は、なんやかんやで途中からはむしろ得意げに長広舌(ちょうこうぜつ)をふるっていた。

 

 かたや愚鈍な口たちは、死神の隠し子についてあれほど知りたがっていたくせに、後半で興味はすっかり失せ切ったようで、最後は、

「へぇー」

 という、実にあっけない感想で締め括られた。

 そのうえ、死神への恐怖のせいで失せていたはずの食欲が戻ってきたのか、仰け反っていた身体をふたたび八尋へと傾かせると、中にあるのであろう魂を食い入るように見下ろしだした。

「そレで、ドうスる? コのタまシいモくッちマうカ?」


「ダけド、うマそウジゃナいナ。くイたキゃオまエがクえバいイ」


「おレもイやダ。ほノおでデでキてルたマしイなンて、クいタくネぇ」

 オまエがクえ、おマえコそクえヨ、オまエがクっタらイいダろウ、と互いに押し付け合う愚鈍そうな口たちの声に、祝はまたしても冷汗で湿った布団を握りしめた。


 しかし、流暢な口が、冷静な声でそれを止めた。

「いや、待て。このガキの魂は、喰わないほうがいい。きっと大火傷を負うことになる」


 祝は思わず、声に出してほっと息をついてしまった。それは語を継ぐ流暢な口の声に被って、気づかれることはなかったが——


「それよりも、(なぶ)り殺しにしてやろうぜ。さんざん俺たちを虚仮(こけ)にしてくれた死神どもへの仕返しによぉ」

 と発せられた声は、そばにあるものすべてを腐らせるような、ひときわ濁った声だった。


「ソいツはイい! コのガきはオもイっキりイたメつケてコろシてヤろウ」


「シにガみドもに、サんザんナかマがコろサれタんダ。コいツはフくシゅウにウっテつケだ!」


「おレたチをナめテたラどウなルか、しニがミどモにおモいシらセてヤろウぜ!」


 シけイだ! やツざきダ! ごウもンだ! と愚鈍な口たちが喜び勇む。

 泥塊の脇から、ニュルニュルと触手のようなものが伸び()でて、人の手の形にそっくりになった。それが、八尋の首を乱暴に掴んで持ち上げる。

 

八尋はいまだ眠ったままだったが、宙吊りになったその口から、「うぅ」と苦しげなうめきが漏れた。

 

 泥塊の中にある四つの口が、心底愉快そうに弧を描く。

「そうだなぁ。まずは、手足の爪から引っがすか。悲鳴をあげようが、助けを呼ぼうが、ここら一帯の人間どもは、しばらく起きやしないからな」

 流暢な口がそう言うと、泥塊のもう一方の脇から、またもや触手のようなものが伸び()でた。先端が(つる)のように細くなると、八尋の右手の親指に絡まった。


「やめろぉ!」

 祝がとうとう、勇気を振り絞って飛び起きた。瞬時に、血だまり色の八つのまなこが、鋭い眼光でもって射抜いてきた。


「やや、八尋ちゃんから……て、手を離せ!」

 全身の毛穴が、一時にキュッと音をたてて縮みあがるようだった。舌ももつれて(うま)く回らなかったが、それでも祝は拳を固めて必死に叫んだ。


「……」

 すぐさま襲ってくるものかと思いきや、泥塊は八尋を持ち上げたままで、ピクリともせずに凝固していた。よく見れば、祝を凝視する瞳孔が、またしても大きくまん丸に散大している。

 てっきり、狸寝入りしていた子供がいたことに仰天しているのかと思いきや、その推測は大きく外れた。


「オい、ミてミろ。コノがキのタまシいモまッかダぞ」


「あア、イよウにマっカだ。こノがキもシにガみノたマしイにソっクりダ」


「トいウこトは、ダ。こノがキも……」

 え? と思わず祝は呟いた。魂なんて見えるはずもないのに、自らの胸をじっと見つめ、

(まさか……)

 という心の声が、愚鈍な口たちの声と見事なまでに重なった。


「そのまさかだ」

 流暢な口が、断言した。

「このガキも、死神の隠し子だ。同じ場所に二匹もいるとはな。信じられねぇが、間違いねぇ」

 

 祝は、恐怖と困惑でめまいを覚えた。立っているだけでも自分を褒めてやりたいくらいだった。


「そレで、ドうスる? コのガきモこロすヨな?」


「こイつノたマしイも、マずソうダ。だレもくイたクなイかラこロすヨな?」

「シにガみドもヘのフくシゅウだヨな?」

 愚鈍な口たちの双眸に、爛々(らんらん)とした光が宿る。


 決まっているだろう——と流暢な口が、またしてもひどく声を濁らせた。

 八尋を布団の上へ放り捨てると、

「逃げられる前に、このガキから処刑だぁッ!」

 と、泥塊が祝めがけて躍りかかった。

 身体の余白がほとんどなくなるほどに、四つの口が大きく開かれ、そこから溢れる(よだれ)が尾を引いた。


 祝は身じろぎもせずに、ただ立ち尽くすばかりだった。

「つくねになるまで噛み砕いてやらぁ!」

 咆哮をあげる流暢な口が差し迫り、洞穴(どうけつ)のような口腔(こうこう)が視界いっぱいに広がった。前歯から糸引く唾液が、祝の前髪をぬめらせて、その先にある腐敗した果実のような喉と目が合った。

 

 そのときだーー



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