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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第61話 裏切りの証

 死神ーーという言葉に、また泥塊(でんかい)の身体がぶるるんと震えた。

 愚鈍(ぐどん)そうな六つの(まなこ)が一斉に泳いで、また入れ替わり立ち替わりに声が飛ぶ。

「しニがミのカくシご? なンだソれ。コのガき、ニんゲんジゃナいノか?」


「そウいエばニてイる……。むカしミた、シにガみノたマしイのイろニそッくリだ。あイつラのタまシイも、ほノおノよウにまッかダっタ」


「じャあ、こイつモしニがミなノか? だトしタら、はヤくニげナいトおレたチこイつニこロさレちマうンじャなイのカ?」


「アあ、きッとコろサれル。たクさンのナかマがシにガみドもニこロさレた。こコにイたラ、おレたチもキっトこロさレちマう」


「あイつラ、いツもオれタちヲさガしマわッてル。だカら、たマしイがクえナくテ、いツもオれタちハはラぺコだ」


「もウ、こコかラずラがロう。はラぺコだケど、いノちノほウがズっトだイじダ」


 ただでさえおぼつかない喋りの三つの口が、焦りと狼狽でよけいに舌がもつれているような口振りになった。八尋に覆い被さろうとしていた泥塊の身体は、見事なくの字になってのけ反っている。

 

 しかし、そのなかで流暢な口だけは、

「おい、落ち着け」

 と冷静だった。「こいつは、死神が産んだガキっていうわけじゃない。死神どもが勝手にそう言っているだけで、間違いなく人間から生まれた人間のガキだ」

 

 愚鈍な口たちが、一様に美味いのかも不味いのかもわからないモノを食べさせられているかのような口つきになった。

「ドうイうイみダ? イっテるイみガわカらナい」


「アあ、ワかラなイ。ニんゲんノこドもガ、なンでシにガみトおナじタまシイをモっテいルんダ?」


「ソうダ、そウだ。チゃンと、ワかルうニせツめイしロ」


 一様に問い詰められて、流暢な口は舌打ちを鳴らして、しょうがねえなーーとため息混じりにつぶやいた。

「いいか? 人間ってのはな、黄泉津大神の呪いによって、生まれた瞬間からすでに寿命が決まってるもんなんだ。殺人や災害や、俺たちみたいな存在に喰われて、予期せずそれを完うできない奴も少なくはないが、人間ってのは寿命を迎えるころになると、死神が決まってやって来て、魂を回収される運命なんだ。だがな、そのなかでほんの稀に、寿命をとっくに迎えているにも関わらず、死神に魂の回収を先延ばしにされ、生き存える奴がいるらしい」

 主である黄泉津大神の呪いを、死神どもがどうやって解いているのかは、わからねえ。そもそも、寿命という呪いを、黄泉津大神がどうやって人間に掛けているのかも、俺はまったく知らねえしなーーと目を伏せる様は、きっと首があれば何度も横に振られていたことだろう。


「とにかく、どういう方法を使ってるのかは知らねえが、死神どもはこそこそと主に隠れて、気に入った人間の命を引き延ばしてやることがあるらしいんだ。だけどな、当の本人である死ぬはずだった人間は、自分の運命が書き換えられているなんて、知る由もない」


 そうなると、どうなると思う?

 

 問われた愚鈍な口たちが、一斉にパチパチと(まなこ)をしばたたいた。

 流暢な口は、答えが返ってくるなんて最初から期待はしていなかったようで、

「ちょっと考えりゃあ、当たり前なことだ」と、早々に問答の時間を切り上げた。

「死ぬはずだったのに生きてるってことは、おのずと、出会うはずもなかった人間とめぐり逢うことになる。それが男と女なら、ゆくゆくはガキが生まれてくることもあるってことだ」


 生まれてくるはずもないガキが。

 生まれてきちゃあマズいガキが。


「だってそうだろ。死神にとっちゃあ主である黄泉津大神への裏切りの証みたいなもんだからな。だから奴らは、決して主には知られねえよう、そんなガキどもを必死になって隠し通そうとしてるんだ」

 それが、死神の隠し子ってやつなのさーーと流暢な口が、目顔で八尋を指し示した。


 愚鈍な口の一つから、「ふゥん」と曖昧な声が湧いて出た。

「だケど、なンでシにガみのタまシイをモっテるんだ? しニがミのカくしゴっテやツとハいエ、おマえガいッたトおリ、こイつは二んゲンとニんげンのあイダにウまレたガきナんダろ?」

「そウだ。いッたイなンでダ? ニんゲンのガきナら、タまシイがコんナにアかイはズはナい」

「こノがキのタまシいハ、ぜッたイにシにガみノたマしイだ。ニんゲんナのニ、なンでシにガみのタまシいヲもッてルんダ?」


 泥塊の口からやいのやいのと飛び交う声を、祝はいつの間にか、全身を耳にして聴き入っていた。祝くん、祝くんと、やたらと自分に懐いてくる同い年の女の子のとんでもない出生の秘密が飛び込んできたのだ。それどころじゃないとわかってはいても、ついつい興味に引かれてしまう。


「いいから、黙って話を聞け」と流暢な口が、三つの愚鈍な口を制する。「魂ってのはな、引き寄せ合ったり、反発しあったりするもんなんだ。生まれ変わろうとしている魂は、前世で思い入れの深かった魂に引き寄せられ、ふたたび近しい関係になろうとする。それと同時に、前世で憎らしいと思った魂には、絶対に近寄ろうとはしないもんなんだ」

 じゃあ、人間に最も憎まれてる奴って、誰だと思う?

問われた愚鈍な口たちは、わずかに眼を泳がせはしたものの、すぐにハッと気づいて声をあげた。

「「「しニがミだッ!」」」


 流暢な口が、ニヤリと笑った。

「そうだ」

 これまた首があったのなら、深く頷いていただろう。

「死神に命を延ばされた人間から、ガキが生まれることがあってもだ、それを器にして生まれ変わろうと思う魂なんて、どこを探したっていねえんだよ。前世で魂を(もぎ)ぎ取られ、来世でもきっと殺される。そんな奴らの隠し子になりたがる魂なんて、あるはずねえ」

 あの傲慢(ごうまん)な死神どもだって、結局は俺たち同様、人間たちに忌み嫌われ、(さげす)まれる存在に変わりねえんだーーと底意地悪そうな笑みを描く。

「なのに奴らは、哀れにも人間に()かれ、主の意に背いて命を延ばし、そいつらからガキができると、自らの魂を切り分けて、その身体に宿らせるんだ。そのまま放っておけば、魂のない、ただの肉の塊が生まれてきちまうわけだからな」

 

 太古の昔、全身が炎でできているカグツチという神が、生まれてすぐに、その炎で母親を焼き殺してしまった。父親は我が子を許すことができず、その場でカグツチの首を容赦なく刎ねた。

 その後、黄泉津大神という名の荒神が、眷属(けんぞく)たちに命じて、刎ねられてもなお燃え続ける炎の首を持ち去った。そしてその炎を十個に斬り裂き、魂に作り変え、十人の死神をつくりだしたーー


「だから死神どもも主に(なら)って、自らの魂を斬り裂いて、隠し子に分け与えたってわけなのさ」


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