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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第59話 おぞましき泥塊

 児童養護施設が不可解な凶事(きょうじ)に襲われたのは、祝がちょうど五歳になったばかりのころだった。


 五月二十日の誕生日に、祝は施設の先生に連れられて、此葉の見舞いに病院へと向かった。前の日の夜に此葉から電話をもらって、プレゼントを用意して待ってるからね、と告げられていたものだから、朝起きたときからもうウキウキだった。

 貰ったのは当時の祝が熱中していた、特撮ヒーローの変身バングル。スイッチを押すと、ヒーローの変身中に流れる音楽とともに、ライトがカラフルに点滅するオモチャである。どうやら、看護師に頼んで買ってきてもらっていたらしい。


 もちろん祝は大喜びだった。施設に帰ってからは、毎日夢中になってそれで遊んだ。

 就寝前は、ベッドの上でヒーローさながらにポーズを決めて、彼にしか見えない敵と、()んず(ほぐ)れつの大乱闘。オモチャは寝る前に外しなさいと怒られようが、(かたく)なに拒み、諦めた先生に電気を消され、息を切らしながら布団に入るのが日課になった。

 

 そしてあの日の夜も、祝なりに世界を救って、先生は部屋の電気を消して出ていった。

 興奮冷めやらぬまま布団に入ると、隣でヒーローの活躍を見守ってくれていたはずの八尋が、おなかを出してすでに夢の住人になっていた。

 そんな彼女の呑気な横顔を見ていると、次第に祝の(まぶた)も重くなった。そのうえ、ひと暴れした後の心地よい疲労が、さらに深い眠りへと(いざな)ってくれる。

 

 ところが、突如鳴り響いたけたたましい音楽に耳を(つんざ)かれ、祝はびくりと目を開けた。どうやら寝返りを打った拍子に、変身バングルのスイッチが押されたらしい。

 音楽とともに、まぶしい光に目を突かれ、祝は完全に目を覚ました。

 音楽もライトも、一度スイッチを押すと、途中で止めることはできない仕様になっている。だったらせめて音量を抑えなくてはと、慌ててバングルの巻かれた左腕を布団の中に突っ込んで、その上から覆いかぶさるようにして抱きしめた。ほかの子供たちが目を覚まして、先生に言いつけられてはたまらない。

 ようやく音楽がやんで、ライトも消えると、恐るおそる辺りの様子を(うかが)った。


 未就学児は、祝を入れて合計八人。寝室は、扉から窓へと向かって、二列に四つずつのベッドが並んでいる。祝のベッドは、向かい側のベッド同様、扉からいちばん近い場所に位置していた。

(誰も起きてない……よね?)

 暗がりのなか、七つのベッドの上の膨らみが、微動だにしていないのを確認すると、祝はほっと息をついた。

 しかし、頭はすっかり冴えてしまった。念のため変身バングルはもう外して、ふたたび布団に潜り込んでも、なかなか眠気はやってこない。


 そんなときーーかすかな物音が、窓の方から流れてきた。

 べちゃり、べちゃりと、床に粘着物が這いずるような、不気味で不愉快な音である。

 誰かお漏らしでもしたのかなーーそう思った祝は、仰向けのまま窓の方向に目を遣った。

 

 しかし、そこにいたのは、子供ではなかった。

 カーテンの隙間から差し込んでくる、蒼白い月光に照らされていたのは、おとな三人くらいなら難なく呑み込んでしまえそうなほどの、大きな山なりの泥塊(でんかい)だった。

 見ているだけで瞳が腐ってしまいそうなほどにドス黒く、ここかしこに血溜(ちだ)まり色した蛇のような双眸と、並びの悪い、黄ばんだ歯が(のぞ)く口がある。

 

 その全貌を認めるや、祝の心臓は破裂しそうなほどに飛び跳ねた。叫びたい衝動がせり上がるも、あまりの仰天に喉が詰まって、それは声にならなかった。


 泥塊は、瞳を一斉にぎょろぎょろと巡らせ、辺りの様子を窺っている。

 祝は、咄嗟に目を閉じた。起きていると知られたら、きっとマズい。

 目を(つむ)っていても、薙ぐような視線が何度も通り過ぎるのを肌で感じた。その度に身震いしそうになるのを、必死で堪えた。

 しばらくして視線を感じなくなったころ、祝はうっすらと目を開けた。

 泥塊には、八つの眼と四つ口があるようだった。 

 その内の一つの口が、ニンマリと鎌のような弧を描いて声をあげた。

「シめしメ、ウまクイっタな。ガきドモ、グッすリとネむッてヤがル」

 それは、男の声であると同時に、女の声でもあり、幼児の声にも聞こえるし、老人の声にも聞こえるような、それでいて、それらすべてが同時に発しているかのような、不思議でおぞましい声音であった。


「オれタチのチかラをモっテすレば、ネむッてイるニんゲんノいシきヲしズめルなんテ、あサめシまエだ。ガきドも、シばラくハなニをシてモおキやシなイ」

 応えたのは、最初に声を発したものとは別の口。


「こレで、ユっクりトめシにアりツけル。さッさト、がキどモのタまシいヲいタだコう。モう、ハらガへッてシにソうダ」

 さらに別の口も声を出す。そして、最後に残った口も声をあげた。


「これだけいりゃあ、しばらくは空腹に悩まされることもないだろうな」

 その声は、ほかの三つの口とは違って、人間と遜色(そんしょく)なく流暢(りゅうちょう)に喋る口だった。そのうえ機知(きち)にも富んでいるようで、

「だが、油断はするなよ」と声をにわかに深くして、ほかの三つの口に釘を刺した。

「俺たちの力は、眠っている人間の意識を深く沈めることはできても、起きている人間には効力はない。このなかで、俺たちが来る前から、まだ起きていたガキがいるかもしれない。狸寝入りしていないか、ちゃんと警戒しておけよ」


 ハぁ、とため息をついたのは、最初に声を発した口だった。

「アんタは、イつモしンぱイしョうダなァ。コんナよフけニ、おキてルがキなンて、イるハずナいサ」


「ソうダ、ソうダ」と、おぼつかない口調のもう二つの口が、揃って仲良く尻馬に乗る。

「ソもソも、おキてイたトこロでモんダいナいダろ。ガきナんテ、にゲらレるマえニこロしチまエばイいダけノこトだ」

「ソのトおリダ。こロしチまエば、イいダけノこトだ。ドのミちコいツらノたマしイは、オれタちノはラのナかニ、おサまルるウんメいナんダかラ」


 わかった、わかった、と呆れ混じりに言ったのは、流暢に話す口だった。

「それじゃあ、とっとと魂をいただこうとしよう。ガキは八人だから、丁度ひとり二個ずつだ」

 

 そう、泥塊は一組につき一つの意識と一対の双眸、それに一つの口を持っているらしく、その四組が一つになった集合体のようだった。(さか)しげで流暢に喋る口は、まとめ役を担っていて、ほかの三つの口は、愚鈍(ぐどん)で喋り方もおぼつかず、お気楽な性格のようである。

 一通りの会話を済ませると、ふたたび泥塊はべちゃり、べちゃりと歩き出した。


(どうしよう……僕たちみんな殺されちゃう! お願い、誰か助けてよっ!)

 祝は、心の中でひたすら叫んだ。身の毛がよだち、心臓が冷たくなってゆくような心地になりながら、それでも震えを抑え込むために、布団を目一杯に握りしめた。


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