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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第58話 追憶

 完全に眠りに入ったカグツチを見つめ、二人と一匹は、安堵の吐息を同時についた。

 全員でテーブルの下から抜け出すと、

「これで、わかったですの?」

 と日暈が、目尻を吊り上げて八尋に言った。

「残りの死神どもをすべて殺し、魂を取り戻さなくては、カグツチの怒りは収まらないですの。もう迷っている場合ではない、富士山の大噴火は、もうそこまで来ているですの」


 しかし、八尋は少しも納得できずにいるようで、不安げに曇る顔色に、晴れる気配は一切ない。

「でも……本当に死神は悪人なんだって決めつけていいの?」


「おぬし……」

 日暈が、露骨に呆れてみせた。「八社宮炉慈丸との激闘をもう忘れたんですの? おぬしだって、あの巨大な人形兵器に殺されかけたというのに」


「それはそうなんだけど……」

 と、八尋が目を伏せた。「けど、それはわたしたちが、先に相手を殺そうとしたからで……」


「だったら!」

 日暈が、割れんばかりの声をあげた。「八尋は、この国の民が災厄に見舞われて構わない、祝の母上が死んでも構わない、そう思っているですの!?」

 そう叫ぶや、突如として日暈の気配に威圧感が増した。ドス黒くて兇々(まがまが)しい、まみれつくような粘り気のある鬼気が、日暈から生まれて繁吹(しぶ)いてくる。

 

 それを真っ向から浴びた八尋は、目に見えて平静を失った。沼に足を取られているかのようによろめいて、ひっくり返りそうになったところを、祝が慌てて駆け寄ろうとした。

 しかし八尋は、なんとか自力で耐えてみせた。目を尖らせて日暈に据えると、「そんなことない!」ときっぱり噛みつき返した。

「わたしだって、できることならこの国を助けたいし、祝のお母さんだって助けたい。死んでも構わないなんて、思ったことない!!」

 心の底から聞こえてくるかのような真っ直ぐな叫びに、今度は日暈が声を呑んだ。

 祝も気まずくなって黙り込むと、暗い部屋に沈黙が淀んだ。


 それを吹き散らすかのように、日暈がふぅと深い息を吐く。

「だったらもう、答えは出ているはずですの。わっちゃらの言葉か、それとも死神どもの戯言か。どちらを信じれば、この国の民と祝の母上の命を救えるのか」

 先ほどとは打って変わって、鷹揚とした声だった。迸っていた鬼気も、すでに幻であったかのように消え失せている。


 とはいえ、八尋の顔色はいまだ晴れず、むしろそれっきりむっつりと黙りこくってしまった。

 そんな彼女の姿を、祝はただぼんやりと見ているだけだった。ポケットにちゃっかりしまい込んだ天瑞鏡の破片に時折こっそりと触れてみては、その感触にニヤリとした笑みが溢れそうになるのを(こら)えながら。



◇◆◇◆




 祝と八尋、それに日暈は長槍に乗って、根城としている正鹿神社へ引き返した。

 出迎えてくれた月暈が、祝が手にしている天瑞鏡の破片を見るや、跳ね上がるように歓喜した。

 瀬城の方は、鎮痛剤がよく効いているのか、穏やかな寝息をたてている。


 祝は本殿の中に足を踏み入れると、途端に緊張の糸がプッツリと切れて、ヘナヘナと埃っぽい床へと()()した。


 少し離れた場所で膝を抱えて座る八尋は、いまだに暗澹とした影を背負っている。

おかげで、またひとり死神を斃すことができたというのに、空気は重苦しくなるばかり。

 食欲すらも湧かなかったが、明日に備えて無理にでも食べるべきだと言う狛犬姉弟が、このまま寝てしまおうかと思っていた祝を叩き起こし、瀬城が常備してくれていたパンと栄養ゼリーを手渡してきた。

 祝はそれを、無理やり腹の中に詰め込んだ。

 なんだかんだと言ってはいても、八尋も結局はもそもそと口に運んでいる。

 

 腹が満たされ、祝はあらためて横になった。重くなってゆく瞼の隙間から、小さく丸まって横たわる、八尋のダンゴムシのような背中が目に入った。

(そういえば、こいつと一緒に寝るなんて、児童施設にいたとき以来だな)

 昨夜だって隣で寝ていたにも関わらず、祝は今ごろになってそう思った。

 

 祝と八尋が、同じ児童養護施設で暮らしていたころ、二人のベッドはいつも隣同士だった。あのころ毎晩のように見ていた幼い八尋の小さな背中が、目の前にいる彼女の背中と重なって、祝の心持ちも子供へと戻ってゆくようだった。

 そう、あのころの八尋も、海童夫妻に引き取られてゆくその日まで、いつも背中を丸めて眠っていた。就寝時間になって、あたりが闇に包まれると、ベッドの上で自分にしか見えない殻を張って、必死に何かを衛っていた。

 それはいま思えば、オバケが来るかもー」という、漠然とした恐怖からくる挙動というよりも、むしろ過去の歴とした経験から基づく、子供なりのいじらしい防衛策のようだった。にも関わらず、いつも全身が打ち震えていたのは、こんなことをしても本当は無意味なんだと、わかりきっているようでもあった。


(こいつ、あのころなんであんなに怯えていたんだっけ? 出会ったころは、そこまでひどくなかったような……)

 祝が親戚連中からたらい回しにされた末に、児童養護施設に預けられたのは、四歳のころ。

 一方八尋は、乳児のころからすでに施設で暮らしていた。祝と出会ったときから彼女は引っ込み思案な性格で、しょっちゅう同じ施設にいた小学生にからかわれては、祝が追っ払ってやっていたものだった。

 

 ところが、ある日を境にして、八尋の臆病ぶりは度を越した。

 昼間はいつも、同年代の女の子たちと、おままごとや人形遊びをしていたはずなのに、それをぱたりとやめて、祝の腕にずっとしがみつくようになってしまった。祝がトイレに行こうとすると、平気で男子トイレにまで入ってこようとするし、自分がトイレに行きたくなると、女子トイレまで入ってきてほしいとせがんでくる。お風呂も一緒じゃなきゃイヤだと先生を困らせて、正直祝だって恥ずかしかった。

 そして夜になると、彼女は震える背中をきゅっと丸めて眠りにつく。

 

 いや、違う。八尋だけじゃない。

 そうだ。何かにひどく怯えていたのは、児童養護施設にいた、子供たち全員だった。


 中学生や高校生はともかくとして、小学生と祝と八尋をはじめとする未就学児にいたっては、壁のただのシミに悲鳴をあげたり、昼間から立ったままで失禁したり、突拍子もなく暴力を振るいだす子供たちがやたらと増えた。

  夜になると、その恐怖は張り裂けそうになるほどに膨らむらしく、みんな独りになることを頑なに避け、眠ることを拒み、仕方なく八尋を含めたみんなが、背中を丸めて眠りについた。


 身体の中にある、大切なものを隠すため。

 奪われないように、(まも)るため。


 先生たちはほとほと手を焼いて、なんなら彼らも、名状しがたい不安の日々に疲弊していた。


 だけどたった一人ーー祝だけは違っていた。みんながいくら怯えようがケロッとしていて、夜になればぐっすりと眠った。

 だから八尋にとっては、誰よりも頼れる勇者だった。


(だってあのひとが、言ってくれたんだもん)


 ーーおまいさんを怖がらせるものなんて、ぜーんぶあたしが追っ払てみせるサ! だから、もう何も心配はいらないよ。


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