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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第57話 返せ

「目を覚ますのは八尋、そなたの方ですの」

 割って入ったのは、ずっと部屋の外にいた日暈だった。燐太郎の魂が灰から飛び出すや、気づかぬうちにこの部屋の中へ入ってきていたようである。


 見れば、彼女が抱えている鬼灯の天辺が、花びらのように開いていて、その中でカグツチの小さな手が、忙しなく手招きを繰り返している。

 それに応じるかのように、燐太郎の魂ーーもといカグツチの首の一部であった火が、鬼灯の中へと飛び込み、カグツチが纏う炎とひとつになった。

 首のない赤ん坊が、また一回り大きくなり、纏う炎の色も、薄い橙色から、濃いものへと変化した。

 そして、鬼灯は閉じられた。カグツチも背中を丸め、穏やかな眠りへと落ちていったようである。

 それをひとしきり確認すると、日暈が八尋へ、険しい視線をひたと据えた。

「祝の言うとおり、あんなのは隙を窺うための妄言(もうげん)ですの。死神とは、みな奸策(かんさく)に長けた悪逆非道(あくぎゃくひどう)な者ばかり。同情心なんぞを抱いて、耳を傾けてはならんですの」


「だけど……」と八尋が、言葉に詰まる。


「そもそも、そなたの母上はともかく、祝の母上はまだ存命ですの。そう考えると、奴の言っていた話は、やはりデタラメ。藁にもすがる思いでついた、嘘っぱちですの」


「でもね!」と八尋が抗った。

「祝のお母さんはが余命宣告されたのは、もう二十年近くも前のことらしいの。それって、こうは考えられない? 祝のお母さんは、本当ならもっと早くに亡くなるはずだったーーだけど、死神が今でも魂の回収を先送りにしてくれていて、そのおかげで生きていられてるんだって……」


 日暈が、はん、と鼻で嘲った。

「何を馬鹿なことを」


 八尋が、不愉快を露わに顔をしかめた。それから祝へと顔を返して、その目をじっと覗き込んだ。

「ねえ、祝。わたしたち、死神のことを何も知らなすぎると思わない? 本当に彼らは、この国に災厄を招く存在なのかしら?」


 そのときだった。どこからともなく、赤ん坊の愚図る声が、祝たちの脳を直接揺さぶるように響動めいた。

 鬼灯の中に目を遣れば、やはりカグツチが身悶えるように身体をよじり、手足をバタバタと振り回していた。


「地震いが来るですの!」

 日暈が叫んだ。

「テーブルの下へ!」

 祝も声をあげると、いちばん近くにあるテーブルへと駆け寄った。クロスをめくると、先に八尋と鬼灯を抱える日暈をその下に押し込んで、最後に自分も飛び込んだ。


 直後、地面が轟然と唸りをたてて波立った。振動するテーブルや椅子が床を叩いて、天井ではシャンデリアのガラス同士のかち合う音が満ち渡る。


 ……せ……えせ。

 

 え? と祝は、思わず両耳に手を当てた。頭の中から聞こえるカグツチの声が、唐突に調子を変えたのだ。


 ……せ……えせ。


 すぐに思い出されたのは、瀬城の診察室で、初めてカグツチの力を思い知ったときのことだった。

 そう、あのときも、カグツチは突然祝に向かって囁き出した。ぐずったりむずがったりするような声ではなくて、明らかに言葉でもって訴えかけてくる声だった。


 同時に、背中に突き刺さるような視線を感じた。振り向かずとも、それもカグツチから放たれているものだとすぐにわかった。

 だってあのときもそうだった。目どころか、顔すらないのに、祝は確かにカグツチと視線がかち合うのを感じていたからだ。


(またかよ……何なんだ、いったい!)

 祝は、堪らず鬼灯へと首をねじった。

 やはり、カグツチは祝を射抜かんばかりに睨んでいた。

 目なんて無い。顔が無いのだから当然だ。なのに、祝の視線とカグツチの視線は、火花の散る音が聞こえてきてそうなほどにかち合っていた。

(なんでだよ。俺が何したっていうんだよ……)


 ところが、つと八尋の方へと目を遣ると、なぜか彼女も両耳に手を当てて、カグツチに視線を注いでいた。

 まさか、と思いつつも、「どうした」と恐るおそる尋ねてみると、八尋が震える唇をそっと開いて囁いた。

「カグツチが、わたしを見てるの……」


「ーーえ?」

 

「顔が無いのにって思うでしょ? でも、確かに見てるの……」

 ううん、と小刻みにかぶりを降って、

「すごく怒ってるみたいに、睨みつけてるの」

 それにねーーと八尋は、さらに続けた。

「喋りかけてくるの。……せ……えせ…って。これってきっとーー」


 返せ。


 そう言ってるんだわ、と青白い唇ではっきりと言った。


「なんで、おまえまで……」

 つい、ぼそりとつぶやくと、八尋が、がばりとこちらへと振り返った。

「もしかして、祝にも聞こえてるの?」

 祝は渋々うなずいた。それから、「だけど、なんで……」と誰にともなく問いかけた。

 瀬城の診察室で、カグツチに囁きかけられていたときは、間違いなく自分だけに向けられていたはずだった。それに、

 返せ。

 だけでなく、何か違う言葉も囁きかけていたようなーー


 おまえ……ふたつも……っている。

 ……せ……えせ。


 勘のいい八尋に触発されてか、今ごろになって、はたと思い至った。


 おまえ、ふたつも持っている。

 返せ。


 そうだ、あのときカグツチは、祝に向かってそう言っていた。しかしーー

(二つってなんだよ。俺が、何を二つも持ってるって言うんだよ)

 と、新たな疑問が降って湧いた。

 けれど、首をいくらひねっても答えに届くことはなく、次第にムカっ腹がたってきて、

「ふざけんなよ。俺たちが何したっていうんだよ」

 と、いまだ睨みつけてくるカグツチに、おっかなびっくり凄んでみた。


 カグツチからは、何の(いら)えも返ってこない。

「怒ってるからですの」

 と、答えたのは、日暈である。「八尋が、死神の戯言を間に受けるもんだから、カグツチがお怒りになられたですの」


 え? と八尋が、心外だとばかりに眉根を寄せた。


「自らの身体の一部をいつまでも返さない死神なんぞ、カグツチにとっては許されざる怨敵(おんてき)(やから)。なのに、今になって討滅をためらっているとお気づきになられて、ご宸襟(しんきん)を騒がしておられるですの」


 はっきりと責めるような目を据えられて、八尋は、「そんな……」と言ったっきり、唇を震わせるだけだった。

 そこへ、祝が慌てて口を挟んだ。

「そんなことより、早くこの地震を止めてくれよ!」

 そう、いまだに地震は続いている。カグツチは今にも泣き出しそうに、イヤイヤともがき続けている。

「まずは、それが先だろうが!」


 珍しく祝にもっともな意見をぶつけられて、日暈はちょっとだけ悔しげだった。しかしすぐにカグツチへと向き直ると、優しく鬼灯をさすりだした。

「カグツチよ、案ずることはございませんの。主様の首は、この者どもが必ずや死神どもから奪い返してみせるですの。だからどうか、もうしばしのご辛抱を!」

 懇願されて、あれだけ忙しなかったカグツチの動きが、少しずつ落ち着きを取り戻しはじめた。

 同時に、地震も徐々に穏やかになってゆく。


 そうしてカグツチの声と動きが完全に止まると、日暈が仕上げとばかりに、ぽんぽんと鬼灯を軽く叩いた。

 それを合図に、カグツチの強張っていた身体がみるみるほぐれ、背中をもぞもぞと丸めると、穏やかな上下の律動を刻みはじめた。


 直後、地震もピタリと止まって、ようやく辺りに静けさが戻った。


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