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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第55話 水遊び

 一片のためらいもなく、引き金は引かれた。


 祝は滑るように、横ざまに跳ねた。こめかみに、ジリっと皮膚の裂ける痛みが走った。

 

 ほぼ同時に、天井からズコン! という破壊音が降ってきた。


 振り仰げば、やはり天井にはひとつの穴が空いていた。そこから滴る雫が床へと落ちると、ほんの一瞬だけ、それは鮮やかな緋色になって、ゴン……ゴン……ゴン……と杭を打ち込むような音をたてていた。


 緋緋色金は、堅固な防御のためだけのものではない。むしろ、そこそこの速度で放出すれば、接触した瞬間にこの世で一番硬くて重い金属に叩きつけられることになる。ましてや、水鉄砲なんかで射出しようもんなら、接触した瞬間に細長い銃弾となって射抜かれる。

 まあ、ちょっと考えればわかることだが、祝は目の当たりにすることで、ようやく気づいた。あと一息遅ければ、自分の額に、あんな穴が空いていたーーと思うだけで、全身の皮膚が粟だった。

 そうやってひとり唖然としていると、真後ろから燐太郎の声がした。

「よそ見してる場合じゃないだろ」

 慌てて振り返れば、水鉄砲の銃口と目が合った。その向こうで、ニヤリと笑う燐太郎が、引き金を引く。


 緋緋色金が、発射された。

 祝はとっさにしゃがみ込み、それを躱した。

 

 燐太郎が間髪容れずに、祝の頭頂部へと撃ち下ろす。

 祝は後ろざまに蜻蛉(とんぼ)を切って、(から)くも逃れる。

 

 燐太郎が、すぐさま着地した祝の眉間へ狙い撃つ。

 祝はしゃがんだままで、横ざまに跳ねる。


「へえ」

 と、燐太郎が動きを止めた。「やるじゃん。なかなかすばしっこいんだね」

 本気で感心しているであろうその声色に、祝はフンと鼻を鳴らした。

 燐太郎が、突然オモチャに飽きた子供さながらに、ポイッと水鉄砲を投げ捨てた。次いで椅子の後ろに手を伸ばす。どうやら、ずっとそこに何かを隠していたらしい。

「じゃーん!」と、またしても子供のように取り出したのは、先ほどの陳腐(ちんぷ)なものとは明らかに違う、電動式の水鉄砲だった。そのうえ、ガドリング式。しかも、二丁。

 げえぇッと、祝が声にならない叫びをあげた。


「さあ、お楽しみはこれからだ」


 燐太郎が、顔色を無邪気なまでに輝かせ、水鉄砲を両手に構えた。円形に並ぶ六つの銃口が、二つ同時に祝へと向く。


 引き金が引かれると、緋緋色金が矢継ぎ早に噴射された。

 祝は転がるように、前後左右へ逃げ回る。


 流れ弾を啖らった床や壁から衝突音が響き渡り、テーブルや椅子が、破壊音をとともに吹き飛んでゆく。

 そこに、「ほーりッ!」と後方から叫ぶ八尋の声が重なった。


「ほら! ほら! ほら!」

 燐太郎は、本当に水遊びでもしているかのような陽気さで、緋緋色金の猛射する。


 祝は追い詰められた獣のように、両手両足で地を蹴って、紙一重で躱しつづけた。

 しかし、転がっていた椅子の足に自らの足が取られると、とうとう床に頬を強かに打ちつけ、すっ転んだ。這いつくばったまま目だけで仰げば、冷笑を湛える燐太郎と銃口越しに目が合った。


 祝は歯を食い縛り、目を閉じた。

 そこへーー


「やめて!」

 涙声で訴える、八尋の声が降ってきた。

 恐るおそる瞼を開くと。両手を広げて燐太郎の前に立ちはだかる、彼女の姿が目の前にあった。

「お願い、やめて……お願い、お願いします……!」

 八尋は、全身を震わせていた。

 

 燐太郎の面差しからは冷笑が消え、眉尻が下がって八の字を描いた。苦そうなため息を鼻から吐いて、引き金に置かれた両手の人差し指も、今だけは引かれる気配が一切ない。

 祝に対しては容赦ない仕打ちを繰り広げる一方で、紳士な心意気もちゃんと持ち合わせているらしい。


(ーー今だ!)

 祝は跳ね上がるようにして、身を起こした。ズボンのポケットから小瓶を取り出し、八尋の肩越しに、燐太郎の顔めがけて投げつけた。


 驚いた燐太郎は、思わずといった調子で顔を背けた。小瓶が、緋緋色金で濡れる頬にぶつかって、パリンと割れた。

 そこから噴き出したものを見て、燐太郎がヒッと喉を鳴らして息を呑んだ。

 

 それは濛々と煙る、紫色の濃煙だ。

「ふ、腐敗の瘴気!」

 燐太郎が、我にもあらずとばかりに絶叫した。溺れているかのように手足を忙しなくばたつかせ、椅子の前足が宙に浮くほどの勢いで仰け反り返った。


 祝は八尋を押し退けると、右手を横殴りに振り払った。

 飛び出した三日月刃が、半円を描いて闇を裂く。

 

 標的となったのは、燐太郎ではない。その真後ろにある、大きな窓を覆う重厚なベルベットカーテンだ。カーテンレールに沿うようにして切り裂かれると、カーテンははためきながら、震駭きわまる燐太郎を覆い被した。 


「ぎぃぃいやあああ!」 

 およそ人のものとは思えない、地獄からの叫喚ともいうべき悲鳴が、カーテンの中から湧きたった。


 終始小憎らしい声ばかりを聞いてきたせいか、それが本当に燐太郎から発せられた悲鳴なのか、祝は一瞬疑ってしまうほどだった。

 しかし、カーテンに中で伏せている者が、もぞもぞと必死に這い出ようとしていることに気がつくと、すぐさま八尋へと首をねじ向け、

「今だッ!」

 と声を張りあげた。「長槍を打ちつけて、出口を塞げ!」


 八尋は立ちすくみ、揺れる瞳で祝を見ていた。

「でも……」

 と、明らかにためらっている声を返すばかりで、長槍を放とうとする気配がない。


 祝は、イライラと歯を軋ませて、噛みつかんばかりに吼えたてた。

「早く塞がないと逃げられる! 腐敗の瘴気を詰めた瓶は、ひとつしかねえんだぞ!


 八尋の肩がびくりと跳ねて、おずおずと諸手を持ち上げちた。


「早くしろ!」

 祝は、駄目押しの一喝を発した。


 鞭打たれたように、八尋が両腕を振り上げる。

 すると、カーテンの四辺に沿って無数の長槍が現れた。床に矛先を向けてわずかに浮き、カーテンを突くべく、八尋の合図を待っている。


 八尋の顔が、苦しげに歪んだ。その長槍で、自らをも貫こうとしているのかーーと思うほどに、全身がぶるぶると震えていた。

 それでも勢いよく両腕を振り下ろすと、長槍は一斉にカーテンを突き刺し、燐太郎の出口を塞ぎ切った。


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