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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第54話 緋緋色金

 燐太郎の口から、笑い声がピタリと止まった。八尋を見る目の色に、同情の色が濃くなった。

「いいよ。いい加減可哀そうだから、教えてあげるよ」

 そう言って、椅子に姿勢よく腰掛け直して、真っ直ぐに祝たちへと向き直った。

「いいかい? 君たちはね、本来ならこの世に生まれてくるはずのない子供だったんだよ」


 その言葉を聞いた途端、またしても記憶が鈍器となって祝の頭に殴りかかってきた。


 ーーだ、か、ら、真面まともじゃないんじゃないの。


 燐太郎が語を継ぐよりも一歩早く、祝の耳朶にあの親族連中の声が蘇る。


 ーー本来なら、この世に生まれてくるはずなんてなかったから、あの子はまともじゃないんじゃないの。可愛げも愛嬌もなくて、母親の代わりに面倒みてやったわたしたちへの礼儀もなってない。そのうえ常識すらないんだから、あんなみっともない子供は、生まれてくるべきですらなかったのよ。


 ーーなにが、<(いわ)う> って書いて(ほおり)よ、馬ッ鹿じゃない。あの子が生まれてきて喜んだひとなんて、親以外に誰ひとりとしていやしなかったじゃないの。


 目まぐるしい速度で、渦巻くように何度も再生される女たちの声、声、声。

 実際に見ることはなかったが、醜悪に歪んでいたであろう皺だらけの顔、顔、顔。

 きわめつけは、実の妹の手に渡るはずだった財産を横取りし、その夫と息子をも蔑み続けた男たち。

 それが忌々しいほどの鮮明さで、耳と脳裏に蘇り、目の前が真っ赤に染まるようだった。 


「うるせぇえええーッ!」

 祝は、割れんばかりの絶叫をあげた。

「てめえらこそ、生きてていいはずのない、クソ以下の存在だろうが! そんな奴らに、生まれてきていいかどうかなんて、決められる筋合いはねえんだよ! このクソがぁッ!」


 逆上(のぼ)せるほどの怒りに衝き上げられて、祝は腕を振り上げた。

 燐太郎ではなく、そのすぐ前で祝を嘲笑(わら)う、憎き親族連中の幻めがけて。


 かたや、何ひとつ事情を知らない燐太郎は、なんで? とばかりに目を見開いていた。しかし、すぐにその瞳は蒼白く光り、全身から静かなる闘気が吹き荒れた。


 こうして、出し抜けに戦端の幕は降ろされた。

 とはいえ燐太郎は、おもむろに左手を持ち上げただけで、椅子から離れる気配すらない。

 そこから現れたのは、ただの水ーーにしか見えない、透明な液体だった。

 最初は、ビー玉ほどの小さな雫。それが燐太郎の左の掌の上で、シャボン玉みたいに浮いていた。渦を巻きながら水嵩(みずかさ)は増し、あっと言う間にバスケットボールほどの大きさになると、掌を傾けた燐太郎の頭上に落ちて、纏っていたローブをずぶ濡れにした。


 直後、祝が三日月刃を(なげう)った。自身の追憶が作り出した、吐き気をもよおすような幻に向かって。


 しかし、攻め来る三日月刃を目にしても、燐太郎は眉ひとつ動かさない。なんなら薄い笑みすら浮かべている。


 燐太郎が、右腕を顔前に持ち上げた。そこへ、三日月刃が差し迫る。見た目だけなら、中学生にも満たない少年の細腕だ。きゅうりさながらに斬り刻まれて、そのまま一緒に顔面もトマトのように輪切りになるはず。

 ところがーー


 三日月刃と燐太郎の右袖が接触した瞬間、その真っ黒だった右袖が、鮮やかな緋色(ひいろ)に変化して、そこから金属同士のかち合う音が耳を刺した。いや、正確にいえば、水の色が変わったのだ。袖を濡らしていた透明だった水の色が、三日月刃に触れた瞬間に緋色に変わった。


 そして三日月刃は、燐太郎の腕を両断するどころか、薄氷のごとく粉砕されて、光の粒となって散り去った。


 激憤の冷めない祝が、間髪容れずに三日月刃を撃ち放つ。

 燐太郎が、今度は左腕を突き出した。

 三日月刃が、その腕を噛み破らんと疾走する。


 三日月刃と燐太郎の左袖が接触すると、またしても左袖を濡らす水が、透明から緋色に変わり、戛然(かつぜん)とした音を響かせながら、三日月刃をいとも容易く打ち砕いた。

 


「あれは……」

 ようやく自失から覚めた祝が、三度振りかぶろうとしていた腕を引っ込めた。

 緋色に変色していた水は、もうすでに無色透明へと戻っている。


「どうした、もう終わり?」

 不敵な笑みを顔にのせ、燐太郎は首をかしげた。祝が唇を噛んで黙り込めば、いっそう笑み深くして、隙だらけの身体を晒け出ように両腕を大きく広げてみせた。


「これはね、緋緋色金(ひひいろがね)っていう、三種の神器の原料にもなった伝説の金属なんだよ。見た目はただの水。だけど、空気以外の衝撃が加わった途端、この世で最も硬くて重い金属に変化するんだ。つまり、緋緋色金に濡れたこのローブは今、誰にも破壊することのできない強靭無比な鎧だってこと」


 祝はその自慢げな説明に、知ってるよ、と喉の奥でつぶやいた。


 かつて狛犬姉弟が二匹だけで挑んだという六人の死神ーー〈分身〉、〈腐敗の瘴気〉、〈波動の弓矢〉〈人形兵器〉、そして五人目は、古来より伝説と謳われる〈緋緋色金〉を操る死神であったと、すでに祝と八尋は聞いていた。そのうえ、その堅強な金属の最大の弱点までもをしっかりと教わっていたことも、ようやく平静を取り戻すことで思い出した。


 八尋ーーと祝は、燐太郎から視線を逸らすことなく囁いた。


「あいつの後ろにある、あのカーテンが使える。俺があれを切り裂いたら、その上からすぐに長槍を打ち込んでくれ」

 

 逡巡とも取れる、ほんのわずかな間があった。が、それからすぐに、「わかった」と八尋から細く震える声が返ってきた。

 それを聞いて、祝はズボンのポケットに手を突っ込んだ。瀬城から渡された小瓶の感触を確かめながら、ほくそ笑みそうになる衝動を噛み殺す。

(そうだ、俺があんなクソガキに負けるわけねえ)

なんせこちらは、〈緋緋色金〉の最大の弱点を持っている。


 ところが、相手も祝の最大の弱点をこのわずかな時間で、感得してしまったようだった。 

 呆れるほどの、煽り耐性のなさである。そこを燐太郎は、極めて的確に衝いてきた。

「これでわかったろ。〈模倣〉の使い手ならいざ知らず、おまえじゃあ絶対に僕には勝てないよ。緋緋色金をもってすれば、おまえの三日月刃なんて、紙切れ同然」

 あ、それにさあ、と語を継ぐ声に嗤いが絡んだ。

「おまえ、何かに似てるなぁって思ったら、アレだ」

 動物園にいるゴリラそっくりだ、と指差され、祝のこめかみにはち切れんばかりの青筋が浮いた。

「ゴリラってさ、自分が垂れ流したウンコ掴んで、ぶん投げてくるんだよ。おまえの三日月刃を投げるあの姿、そのゴリラにそっくりだ」

 またもやを抱えてケラケラ笑う燐太郎に、祝の頭はあっという間に沸騰した。


「祝、落ち着いて」

 わなわなと震えるその肩に、八尋がそっと囁いた。


 しかし、祝にその声は届かなかった。

「やっぱり、あいつは一発ぶん殴る」

 と呻くような声だけを残して、猪さながらに駆け出していた。


「ほーりッ!」

 八尋が、もう遠くにあるその背中に手を伸ばした。

「緋緋色金には、どんな打撃も効かないのよ!?」


 それでも祝は、お構いなしに速度をあげる。

「だったらとっ捕まえて捻り潰してやる!」

 しかし、燐太郎を目前にして、その身体に掴みかかろうとしたその転瞬ーー


 額に銃口らしきものをグリッと押し当てられて、祝の身体は硬直した。


「バーカ」

 半ば呆れた調子で、燐太郎が言う。

 

「拳銃!?」

 上擦った声で祝は言った。が、どうも違う。燐太郎が握っているのは、そんな物騒なモノとはかけ離れた、蛍光オレンジの色をしたスケルトンの物体だった。


「ただの水鉄砲だよ」

 燐太郎が、すぐさま答えた。それから口の片端に猟奇的な笑みを刻んだ。

「中身は、ただの水じゃないけどね」


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