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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第53話 死神•地鯉鮒燐太郎

 八尋は、「はあ」と苦笑いを浮かべている。


 祝は完全に存在を無視されて、「おい!」と割って入って声をあげた。


 燐太郎の興醒めしたような目が、祝へと向く。

「うるさいなぁ。どうせ、おまえの見苦しい死に様を見なくちゃならないことになるんだ。だったらその前に、カワイ子ちゃんで目の保養でもしておこうって、男ならそう思うもんだろ?」

 そんなこともわからないなんて、これだからガキは無粋なんだ、とため息をつく。


 祝は、挑発に乗るな、と今度こそ自身に言い聞かせ、燐太郎に切り返した。

「悪いが、死にざまを晒すのはおまえの方だ。もう覚悟はできてるか?」

 

 ふん、と燐太郎が鼻先で笑った。

「今のうちにせいぜい息巻いてなよ。あとで命乞いしたって知らないよ」


  そうかよ、と吐き捨てるように言って、祝は魂を凝らそうとした。そこへ、

「けど、その前にひとつ聞きたいことがあるんだけど」

 と、真剣な顔つきになった燐太郎が、それを止めた。

「おまえら、もうひとり仲間がいるはずだろ? 〈模倣〉の使い手だ。そいつはなぜ、今ここにいないんだ?」


 祝は思わず目を瞠った。

〈なぜ、そのことを知っているんだ〉と訊くべきか、それとも、〈なんのことだ〉ととぼけるべきか、迷って返事に鈍っているうちに、

「知らないとでも思ったのか?」と、燐太郎に先手を打たれた。

「最初に死神殺しをはじめたのがそいつだってことくらい、僕たち死神はみんな知ってるさ。それに、いつかこうなる日が来るだろうってこともわかってた。それに、〈模倣〉なんて力はそうとう厄介だ。放ってはおけない」

 だから言え! と瞳をギラリと光らせ、重ねて問う。

「そいつは今、どこにいる?」

 

 祝の胸が、疑問でさざめく。

(いつかこうなる日が来るだろうってこともわかってた? なんだよ、それ……)

 けれど、声に出しては訊くに訊けない。瀬城の存在を白状してしまうことになる。とはいえ燐太郎の口ぶりを聞くに、黙っていたところで彼の存在は、すでに誤魔化しきれないほどに死神たちに知れ渡ってしまっているようである。

 

 ほんの数瞬の沈黙ののち、

「あ、さてはーー」

 と燐太郎が、ひらめいたような顔をした。「おまえら、仲間割れしたんだろ」


 は? と祝は眉根を寄せた。


「天瑞鏡の破片欲しさに喧嘩にでもなったんだろ。なんせ叶えられる願いは一つだけだからな。それで寝首でも掻いて、おまえが〈模倣〉を殺したんだろ」

 浅ましそうな顔してるもんな、と指を差され、カッとなった祝の口から怒号が走った。

「ふざけんなッ、俺が殺すわけねえだろうが! おまえら死神が卑怯な手ぇ使って先生をあんな目に遭わしたんだろうが! それに、先生は死んでねえ!!」


 へえ~、と燐太郎の面上にしてやったり、と言わんばかりの笑みがのぼった。

「ってことは、〈模倣〉の先生とやらは、卑怯な死神の手によって、かなりの深傷を負ったっていうわけか。確か、一昨日の夜に炉慈丸の霊波が消えて、あのおっさんも使えねえな、なぁんて思ったけど、じゃああのでっかい人形で騙し討ちでもして、半殺し程度にはできたっていうわけか」


 ぐっ、と祝は喉の奥で唸った。結局、全部バレちまった……


 そこへ、燐太郎が三度尋ねた。

「なあ、教えてくれよ。〈模倣〉の先生は今どこにいる? 教えてくれれば、おまえはお仕置き程度で済ませてやる。八尋ちゃんにいたっては、傷の一つもつけずに帰してあげるよ」


 祝は固く口を結んで、拒絶を示した。

 燐太郎が、苛立ちを露わに舌打ちを鳴らす。

「とっとと言えッ! 死神の隠し子()()!」


 ドクンと、祝の心臓が飛び跳ねた。おまえもか。おまえも、俺にそう言うのか。


 死神の隠し子。

〈波動の弓矢〉の青鹿毛炒靭、〈人形使い〉の八社宮炉慈丸ーーあの死神二人も、祝を見てそう言った。そして、遠い過去の祝自身までもが言っていた。何もかも知っているかのような口振りで。

(何なんだよ、死神の隠し子って……)


 いや、そんなことよりも、もっと引っかかることがある。


(死神の隠し子……ども?)


 今ここにいるのは、燐太郎を除けば祝を含めて二人だけだ。ということは、〈ども〉の内に入るのは、自分の隣にいる人物以外にほかはない。

 

 その本人が、心底不思議そうな声をあげた。

「死神の隠し子……?」

 何なの、それ? と祝と燐太郎を交互に見遣る。


 俺だって知りてぇよーーと、祝は思った。それと同時に、今まで黙っていたことへの罪悪感が、胸をちくちくとつつくのを覚えた。

(だって、まさか八尋もそうだなんて、思わないだろ)

 そんな言い訳を考えていると、燐太郎が突然、膝を叩いて哄笑をあげた。

「あはっ、あははははっ!あははははははっ!」


 八尋は、ぽかんと口を開けた。なぜ嗤われているのか、まったくわからないといった表情だ。


 それを見て、さらに燐太郎の笑い声は大きくなる。八尋を指差し、もう片方の手は腹を押さえて、涙を浮かべて笑っている。

「嘘だろ!? まさか、なんにも知らずにここまで来たっていうのかよ!

 こりゃ、うける! と、今度は足でドンドンと床を叩く。

「こりゃあ、とんだ間抜け野郎と、世間知らずのお嬢さんが来たもんだ! 自分の素性も知らされず、ただ天瑞鏡欲しさに死神殺しに手を染めてたなんて……」

 燐太郎の嘲るような目色の奥に、かすかに同情のような色が滲みはじめた。


 そんなことには気づくことなく、祝の中では煮えたぎるような苛立ちが沸く。しかし、死神の隠し子が何なのかがわからない以上は、言い返す言葉が見つからず、ただ奥歯を軋らせるだけだった。


 ところが、その点八尋は素直だった。祝がずっと先送りにしていた疑問をためらいもなく氷解すべく、

「ねえ、教えて。死神の隠し子って、いったい何なの?」

 と、あっさり尋ねてしまった。


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