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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第52話 廃墟ホテル

 翌る日の朝――祝と八尋は、狛犬姉弟と瀬城とともに、正鹿神社の本殿で目を覚ました。

 当面の食料に関しては心配なかった。普段からこの神社で寝泊まりしている狛犬姉弟のために、瀬城が用意してやっていたものを分けてもらった。


 それよりも気がかりだったのは、飛び出す破目になってしまった帝徳大学病院と、八尋の両親のことだった。ここら一帯は、スマホの電波は入らない。だから確認しようもなかったが、帝徳大学病院は、きっと今ごろ大騒ぎになっているはずだ。


 八社宮炉慈丸を屠った直後に瀬城を病院に運んだときは、なんとか警察へ通報されずに済んだものの、今度は瀬城が病室から消えたとなっては、いよいよ只事ではないと、病院関係者は間違いなく警察に連絡しているはず。

 それにきっとこのことは、院長である八尋の父親の耳にも、届いているに違いない。瀬城が右腕を失うほどの重症を負ったとき、病院へと運んだのは、自分の娘と幼馴染の少年だったーーと。

 そのうえ、その幼馴染と見舞いに行ったっきり、三人は忽然と消えて帰らずじまい。行方も安否も理由も知れず、父親はもちろんのこと、母親も一緒に憔悴しきっていることだろう。


 だけど、もうこうなってしまっては帰れない。死神には、家も学校もすでに知られているはずだ。だから祝と八尋は、ひたすら本殿の中で、夜を待った。


 そうしてようやく蒼黒く染まった空に星々が輝きはじめたころ、鬼灯を抱えて祝が本殿の扉を開け放った。

 向かう先は、もちろん五人目の死神の根城である。

さすがに、いまだ伏せっている瀬城をひとりで残していくのは危険と考え、狛犬の弟の方である月暈が、彼と共に残ってもらうことになった。


「じゃあ、行ってくるよ」

 そう祝は肩越しに告げ、扉を開け放って出て行こうとした。


 そこへ、「ちょっと待って」と声が掛かった。瀬城が腕を伸ばし、祝へ何かを手渡したがっている


 祝は踵を返して、瀬城のそばにしゃがみ込んだ。渡されたのは、掌ほどの茶色い遮光瓶だった。一見すると、中は空っぽのようである。

 しかし祝は、すぐに中身の正体にピンときた。力強く瀬城に頷くと、それをズボンのポケットにしまって、今度こそ本殿を後にした。


「祝、今日からは、そなたが〈(あま)逆手(さかて)〉を打つですの」

 言って、日暈が祝の前に鬼灯を掲げた。


 祝は静かに頷き、鬼灯の前で跪いた。そして、腕を交差させると、乾いた音をたてて手の甲同士を二度打った。

 すると、鬼灯がゆっくりと捲れて、中から火の玉が飛び出した。

 死神の居場所を知っているカグツチの一部だ。今宵も、祝たちを案内すべく、空を飛ぶ。

 八尋が出してくれた長槍に乗り、二人と一匹は、そのあとを追いかけた。

 そうして辿り着いたのは、とある山の中腹にあるリゾート跡地。かつての好況期には、都会からの来客を盛んに歓迎していたものの、景気が下火になるやその存在は忘れられ、荒廃の一途を辿った、有名なブランド避暑地の残骸の地。


 火の玉が、一棟の小さな廃墟ホテルの真上でピタリと止まると、役目は終えた、とばかりに闇に消えた。


 祝たちは互いにうなずき合うと、緊張を高めつつ静かに地上へと降り立った。

 そのホテルを仰いだ八尋が、「素敵ね」とうっとりとした嘆声を漏らした。

 確かに、明治期の洋風建築を思わせるクラシックなデザインのホテルだった。ほかのホテルや別荘に比べて、手入れでもされているのか、それほど老朽化は進んではおらず、瀟洒な面影をしっかりと残して佇んでいる。

 扉は、ガラス窓がはめられた、アーチ形の観音開き。それが、全開に開け放たれて、祝たちを招き入れようとしているかのようだった。


 祝たちはしばし逡巡したものの、ここで留まっていてもしょうがないと、勇を鼓してもぐり込んだ。


 室内は、外観よりもさらに豪奢な造りだった。天井には、絢爛なシャンデリアが吊るされて、床にはしっかりと目の詰まった、真っ赤な絨毯が敷き詰められている。アンティークで統一された調度品は、ひとつひとつが美術品のようで、保存状態もいいうえに、不自然なほどにホコリもない。明らかに、ひとの手入れが行き届いている。


 ふいに、痺れるような殺気の波が、祝たちのもとへと繁吹(しぶ)いてきた。今いるロビーの先にある両階段の上からだ。

 踊り場の向こうにある大きな扉が、またしても開け放たれている。


 祝たちは両階段を上り、月明かりの届かない闇の満ちる部屋へと歩を進めた。

 クロスの敷かれた丸テーブルと、それを囲む四、五脚の椅子が等間隔に並ぶ景色を見るに、宴会場といったところだろう。

 奥へと行くほどに殺気がさらに濃くなって、身体中に絡みつく。間違いない。近くにいる。

 

「どこだ、死神!? 隠れてないで出てきやがれ!」

 全身がそそけ立つなか、祝は叫んだ。すると、


「うるさいなぁ」

 ベルベットのカーテンが掛かる窓の前から、気だるげな声が返ってきた。

「さっきからここにいるよ」

 声変わりを迎える前の、あどけない 少年の声である。


 祝は目をこらして闇を()かした。魔法使いが羽織るような、真っ黒なフード付きのローブを纏った人影がひとつ、椅子にちょこんと腰掛けている。

 ゆっくりと顔を上げ、不適に微笑みかけてくるその姿は、やはり十歳か、十一歳くらいの少年だった。

 雪のような白い肌に、フードから覗く髪色は、大きな瞳と同じ胡桃色(くるみいろ)。彫は深めだがすっきりとした鼻梁に、品のある引き締まった唇が彩るその容貌は、誰が見ても美少年と賞するだろう。

 が、祝としては、出会い頭からいきなり小馬鹿にするような鼻先を向けられて、認めたくない気持ちの方が立ち勝った。


「あんたたちか、天瑞鏡の破片を集めてる馬鹿な奴らってのは。確かに、いかにもやりそうな馬鹿面だよな」

 死神に自分だけが指差され、祝は、ああン? と柄の悪い目で凄んでみせた。すぐに平静を失うのは、祝の常だ。隣で、八尋が呆れている。


 気づけば、日暈の気配が探れない。前回同様、すでにどこかに隠れているのだろう。


 そういえば、と祝は思った。思い返せば、八社宮炉慈丸も出会って早々、ずいぶんと虚仮(こけ)にしてくれたものだった。だったらいい加減聞き流せよ、と自分でも言いたいところではあったが、むしろ炉慈丸よりも余計にムシャクシャするのは、いま目の前にいる死神が、自分よりも年若い姿のせいだ。


 わかってはいる。死神も狛犬姉弟同様に、見た目よりもずっと年功を積み重ねた存在だ。


 だけど、膝の上にもう片方の足を載せ、ふてぶてしいまでにふんぞり返る姿を見せつけられては、本来の目的も一瞬忘れて、

(とりあえず、一発殴る)

 が、最優先事項になってしまった。 


 しかし、少年の姿をした死神は、そんな祝の血気など、意に介す様子はない。それどころか、

「けど、なかなかいいオンナ連れてんじゃん」

 と、八尋を舐めるように見回しはじめた。

「君、名前は?」


 尋ねられた八尋は、「あ、海童八尋……です」と馬鹿正直に答えてしまった。


「へぇ、八尋ちゃんかぁ。かんわいいネェ」

 言って、死神はニタニタ笑う。「けど、僕ロリコンじゃないからさぁ、ちょっと幼すぎるかな。でも君、なかなか将来有望だよ」


 さすがに八尋の笑顔も引き攣った。しかし、またしても相手の反応など気に留めることはなく、

「僕の名前は、池鯉鮒燐太郎(ちりゅうりんたろう)。よろしくね、八尋ちゃん」

 と、キラキラ星が飛び出すようなウインクを決めた。

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