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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第50話 死神の少女

「ところで」

 と、日暈が額を上げた。「そちらを襲ったのは、いったいどんな死神だったですの?」

「ですぞ?」


 問われて祝は、瞼の裏にあの死神の姿を思い起こした。

「少女の姿をした死神だった。背中から、いきなり巨大な白骨の腕を伸ばして、襲いかかってきたんだ」


 それに――とさらに続けようとしたときだった。


 ふいに、頬を優しく包み込んでくれた、あのときの手の温もりが蘇って、急に目頭が熱くなった。(やわら)ぐような懐かしさに、身も心もほんのりとほどけて、嬉しさが胸いっぱいに込み上げた。

 

 と、すぐにハッとした。あのとき? 懐かしい? なんだよ、それーーと自分の胸に問いただした。

 

 すると、今度は耳の奥で、


 ーーいい子だね、祝。


 と、囁く声が蘇った。

 甘く、安らぐ声だった。そして、ついさっき耳にしたばかりの、あまりにも聞き憶えのある声だった。


 なんで? どうして? と誰かに掴みかかりたくなるような衝動を抑えて、遠い遠い記憶を探った。真っ暗で何も見えない迷路を、聞こえてきた声だけを頼りに彷徨った。


 やがて闇が開けて、鮮やかなまでに蘇ったのは、愛おしそうにこちらを見つめる、あの死神の少女の微笑みだった。


「え?」と、祝は声を零した。

 病室で見たあの死神の少女は、修羅のごとき圧倒的な威風を放ち、悪魔にも劣らぬ容赦のなさで、瀬城をいたぶり、恫喝していた。

 ときおりこちらと目が合うと、妙にバツの悪そうな表情を浮かべていたが、慈愛に満ちた微笑みを咲かすような状況なんてなかったはずだ。


 だとすれば、祝の中で蘇ったあの記憶は、何だというのか。うっかり涙が出そうになるほどの懐かしさは、どこから込み上げてくるというのか。

 

(俺は、あいつを知っているのか……?)

そうやって一人で乱惑していると、黙りこくってしまった祝に代わって、それにね、と八尋が加わった。

「その女の子、すっごくきれいな()だったの。もうこの世のものとは思われないってくらいに」

 まるで街中で芸能人を見かけたかのような口振りだ。


 一方で、そうですのーーと返した狛犬姉弟は、険しい顔で腕を組んだ。


「心当たりでもあるの?」と八尋に問われて、二匹は、揃って頷いてみせた。

「たしか、祝には一度話したことがあったはず。いったいどんな神通術を使っているのかは、見当もつかない。だけどーー」


 ただただ強く、ひたすらに強い。


「そんな死神が、存在すると」


  言われて、祝は思い出した。正鹿神社に、初めて来たときのことだった。狛犬姉弟が無謀にも二匹だけで挑みにいったという六人の死神と、相見えることはなかったものの、噂に名高い一人の死神の話である。あのときは訳もわからず、なんだそりゃ、とシラけただけだったが、あの少女の凄まじいほどの圧倒感を目の当たりにした今、その評判に間違いはないと、悔しくもあるが納得できた。

 あの少女は間違いなく、ただただ強く、ひたすらに強い。まともにやり合ったところで、絶対に勝てない。

 そんな黙念に耽っていると、

 そうそう、それと、と日暈が続けた。

「確か名前は……嗛間炎袰(ほほまほほろ)


 「ほほま……ほほろ」

 祝はその名前を繰り返した。繰り返さずにはいられなかった。 

 そして、意識は遠い過去へと引きずり込まれた。


 ーーあーあー、そんなに泣くんじゃないよ。お父っつあん譲りの男前が、台無しじゃないのサ。


 炎袰が、ちょっと困りながら微笑(わら)っている。ああ、そうだ。俺はあのとき、涙をポロポロ流して泣きじゃくって、そんな俺に炎袰が指先でそっと涙を拭ってくれたんだ。


 ーー炎袰は、僕のお父さんのこと、知ってるの?


 ーーああ、知ってるよ。おまいさんが生まれるずっと前からの知り合いサ。実を言うとサ、おまいさんが生まるとき、あたしもお父っつあんと一緒にそばにいたのサ。


 ーー本当!?


 ーー本当サ! そのときにね、あたしはお父っつあんと約束したのサ。おまいさんのことは、あたしが命を懸けて護り抜いてみせるってサ。


 ーーそれって、僕が炎袰の隠し子だから?


 途端に炎袰の顔から笑みが引いて、紫水晶の瞳が悲しげに曇った。


 ーーおまいさん、なんでそれを知ってるのサ……


「どうしたの、祝?」

 八尋の声で、祝は現実へと引き戻された。

「大丈夫?」と重ねて問われて、唇をわなわなと震わせる。

「俺……俺は……」

 喉に鉛でも詰められたように、その先の声が出なかった。それでも眦を決して声をあげようとすると、


「それにしても」と、日暈が一足早く口を開いて、その声は喉の奥へと引っ込んでしまった。

「そんな恐ろしい死神に奇襲されたというのに、よくおぬしら、手負いの瀬城を連れて逃げ切れたものですの」

「ですぞ」


 そう言って感心している二匹に、それがね、と八尋が記憶を辿るような目つきになった。

「あの死神の女の子、本当に凄く強かった。それに、容赦なかったわ。先生にはね」


 二匹が眉根を寄せて、首をひねった。

「瀬城には容赦なくて、おぬしらには違ったですの?」

「ですぞ?」


 そうなの、と八尋は頷いた。

「あの()、先生には喉や傷口を踏みにじって、今すぐにでも殺してやるって脅すくせに、わたしたちには何ひとつ危害を加えなかったの。ただ背中から生えた大きな白骨の手で、掴み上げられただけ」

 

「ほう……」と狛犬姉弟が、意外そうな声をあげる。

 

 それにねーーと、八尋が顎に手を置いた。

「祝には、やたら遠慮気味だったの」

 途端に、祝の心臓がドキリと跳ねた。

「だってね、祝が腕から降ろしてくれって言うと、あの()素直に降ろしちゃうし、カグツチと天瑞鏡の破片なら、クローゼットの中だって言うと、簡単に信じちゃったの。だから、なんとか逃げることがてきたんだけど……」

 ねえ、祝ーーと八尋が祝の顔を覗き込んだ。

「あなた、あの死神のこと、何か知ってるの?」


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