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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第48話 白骨の巨腕

 カラン。

 少女が、駒下駄を小気味よく鳴らして地を蹴った。

 そして、消えた。

 祝の目には、そう見えた。前髪がそよいで、何かがとてつもない速度で右脇をすり抜けてゆく感触だけは確かにあった。

 それが、少女であったと気づいたのは、

「がはッ」という瀬城の苦鳴を背中で聞いたあとだった。

 

 慌てて振り返ると、ベッドに乗り上げた少女が、横たわる瀬城の喉許を右足の駒下駄で踏みつけていた。


「先生ッ!」

 祝と八尋が、同時に驚愕の声をあげた。


 瀬城は血走った両目をかっ(ぴら)いて、左手で空を掻きむしっている。


 少女はそれを冷然と見下ろし、さらに瀬城の喉許を踏みにじった。

「カグツチと天瑞鏡の破片はどこにあるのサ! 素直に吐きな!」

 鞭打つように言われて、瀬城がぶんぶんとかぶりを振る。

 

 少女が、口をひん曲げ、舌打ちするような顔をした。右足をおもむろに持ち上げると、今度は瀬城の腕のない右肩を容赦なしに踏みつけた。


「ぐぅああぁはぁあああ!」

 劈くような悲鳴をあげて、瀬城は陸に上げられた魚のようにのたくった。真っ白だった断端包帯(だんたんほうたい)が、みるみる真っ赤に染まってゆく。


「やめろぉお!」

 祝が、右腕を振りかぶる。同時に八尋も、両手を少女へと突き出した。

 しかし、三日月刃が疾るよりも長槍が翔けるも一歩早く、少女の先手が二人を襲った。


 それは少女の背中から突如として現れた、(ふた)つの白骨の巨腕(きょわん)であった。少女の身丈の三倍以上の長さがあり、そのうえあまりにも(けが)れのない白さゆえに、祝は一瞬、少女の背中から羽が生えたのかと見間違えた。

 しかしそれは、そんなメルヘンチックなものでは全くなかった。左右同時に颯然(さつぜん)と迫ると、祝と八尋を掴み上げて、軽々と動きを封じてしまった。


「な、何よこれ!?」

「くっそ……放せ! 放しやがれ!」

 痛くはない。だが、かっちりと掴んでくる白骨の指は、どうあがいても解けそうにない。

 動かせる首と足だけを振り回しながら、祝と八尋は声を荒げた。


 少女はそんな二人には目もくれず、瀬城の傷口をさらにぐりぐりと踏みにじる。

 瀬城は髪を振り乱し、獣のような呻きを絞った。


「早く吐けって言ってるんだよ! それとも今すぐここで死にたいのかい!?」

 少女の声に、さらにいたぶるような棘が増す。

 

「がぁあああ! うあああぁぁぁああ……」

 瀬城の痛ましい叫喚が、次第に断末魔の響きを帯びる。


 祝と八尋を捕まえる白骨の手の指は、やはりいくらもがこうがビクともしない。


 やがて、ベッドのシーツまでもが、瀬城の血で真っ赤に染まり始めたころ、

「言う! 言うからッ!」

 祝が、とうとう音をあげた。

「カグツチと、天瑞鏡の在処を知りたいんだろ? 教える! もう教えるから、先生を放してやってくれ!」


 少女の動きが、ピタリ止まった。それからためらいがちに瀬城の肩から足を引くと、おもむろに祝へと首を巡らせた。


 祝は、思わず固唾を呑んだ。あの烈寒の眼光をぶつけられたら、氷漬けになってしまうのではないかとハラハラした。

 

 しかし、その予想は大きく外れた。

 少女はおずおず目を上げると、チラリと祝を見ただけで、すぐにその目を逸らしてしまった。そのうえ冷え冷えとした眼光は鳴りを潜め、なぜか眉間には緊張の色が滲んでいた。


 ん? と訝しむ祝に、少女は尋ねた。

「それで……カグツチと天瑞鏡の破片はどこにあるのサ」

 覇気もなければ棘もない、実に遠慮がちな声だった。それどころか、こんなにも甘やかに透る声だったのかと、つい聞き入ってしまったほどだった。

 まるで狂虎(きょうこ)から借りてきた猫のような豹変ぶりに、祝はますます胡乱な目つきで少女を見た。


 少女は、チラッ、チラッと祝に向かって目を投げては、答えが返ってくるのを待っている。


 その向こうで、瀬城も祝へと合図を送っていた。少女からの視線が逸れたのをいいことに、目だけをぐるんと回して、ある場所を必死で指し示している。


 祝もそれに応えるべく、少女に気づかれないように浅く浅く頷いてみせた。


 そこへ、少女からかすかに(とが)った気配が繁吹(しぶ)いてきた。

 バレたかと思わずドキリとしたものの、どうやら祝が黙ったままでいることに焦れただけのようである。 

 そのうえ、ぶつけてくるのは目ばかりで、怒声をぶつけてくるようなことはない。お陰で少しばかりの勇気が絞れて、おっかなびっくり掛け合ってみた。


「ちゃんと教えるから、俺たちを降ろしてくれよ。身動きも取れないんじゃ、教えようがねえよ」

 言ってすぐに、怒られるかもーーと、きゅっと首を縮こめた。


 しかし少女は、僅かな逡巡を置いて、祝と八尋をそっと床へと降ろしてくれた。


 身体に巻きついていた指骨から解放されて、祝は、ほっと息をつく。むしろ少女の異様な素直さと、床へと降ろされたときの割れ物でも扱うかのような丁重ぶりに、肩透かしを食らった気分だった。

 が、油断は禁物だ。もしかしたら、こちらの思惑に気がついて、出方を窺っているのかも……


「ほら、さっさと言いな」

 少女が、祝から顔を逸らして催促する。落ち着きなくまばたきするたびに、白銀のまつ毛から星屑のような光がキラキラ跳ねた。


「あそこだ」

 祝が、部屋の隅にあるクローゼットを指差した。

「あの中に、カグツチを隠してる。天瑞鏡の破片も一緒にある」

 とっとと持っていけよ、と吐き捨てるように言うと、少女がクローゼットをチラリと見て、わかりやすく顔を曇らせた。次いで、祝の足許へと疑わしげな目を向けて、掬い上げるように視線をゆっくりと持ち上げる。


 そんな検閲するような眼差しを浴びて、祝の心臓が飛び出しそうなほどに早鐘を打った。ところが、お互いの目がバッチリとかち合うと、またもや少女は祝から顔を背けてしまった。何なんだよ、いったい……


 少女が、ベッドから飛び降りた。こちらへ背を向け、クローゼットの方へカランコロンと歩いてゆく。


 そこでふいに祝の目が、彼女のツインテールの髪を結ぶ、二本のリボンに吸い寄せられた。正面では頭飾りの陰に隠れて気づかなかったそれは、どこかで同じものを見た気がする、白地に朱色の格子柄だった。

 どこでだっけ、と思わず記憶を手繰り寄せかけたものの、今はそんな場合じゃない。すぐさまリボンから視線を剥がし、あらためて緊張を滾らせた。


 少女が、観音開きのクローゼットに手をかける。


 祝は八尋と瀬城に目配せを送り、三人は、互いに頷き合った。


 少女が、クローゼットを開け放った。瀬城の私物らしきものは何もない。あったのは、両手で抱えるほどの大きさの、淡い光が揺らめく何かーーそれが、黒い布に覆われ、クローゼットの奥に忍んでいた。


 少女が、吸い込まれるようにクローゼットの中へと入ってゆく。


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