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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第47話 美しき死神

 翌る日の放課後――祝と八尋は、ホームルームが終わるや否や教室を飛び出し、瀬城の病室へと駆けつけた。

 絶対安静のため親族以外の面会は禁止されていたが、瀬城の方から来てほしいという電話をもらっていたのだ。


 ドアを開けると、ベッドで寝ていた瀬城が背もたれのリクライニングを上げて迎えてくれた。

 鎮痛剤のおかげで痛みを感じることはないらしいが、ひどい倦怠感と意識の混濁で、自力では起き上がることはできないようだった。


「本当に申しわけない」

 力無く、消え入りそうな声で、瀬城は言った。「あれこれ厳しいことを言っておきながら、僕が油断して君たちの足を引っ張るなんて……」

 悔しげな瀬城の目が、つと右を向いた。その先に、もう腕はない。

「そんなことない」

 祝は、努めて明るい声で言った。「あれが人形だったなんて、誰も気づかなかったんだから、責任を感じることなんてこれっぽっちもねえよ」


「そうよ」と八尋が、口を添える。「先生はもう何も気にせず、元気になることだけを考えてください」


 瀬城は、ふっとほのかに微笑むと、「ありがとう」と目顔で頷いた。しかし、またすぐに目許を翳らせて、でもーーと声を沈ませた。

「このままいけば、カグツチが富士山を噴火させてしまう。この国最大の災禍は、もう免れない。そのうえ君のお母さんの命だって、天瑞鏡だけが頼りだったのに、僕が不甲斐ないせいで……」


 重苦しい空気が、漂いかけた。祝はそれを追い払うように、

「大丈夫だ、先生」

 と、きっぱりと言った。

「俺と八尋で、死神殺しは続ける。ふたりで絶対に富士山の噴火を止めてみせるから、先生は何も心配しなくていい」


 それを聞いて、瀬城が「えっ!?」と目を剥いた。

「君たちだけで行くっていうのかい!? そんなの無理だ、危険すぎる!」


 祝は、むっと口を尖らせた。

「そんなことねえよ。確かに苦戦はしたけど、八社宮(はさみ)炉慈丸(ろじまる)は俺がこの手で斃したんだ。その前の青鹿毛炸靭(あおかげさゆき)だって、俺が斃した。次の死神だって、絶対()れるに決まってる」


「そりゃあ、僕もそう思いたいけど……」

 瀬城の瞳が、不安げに揺れた。それからつと八尋へと目を上げて、

「八尋ちゃん、君はいいのかい?」

 と問いかけた。


 八尋は、「はいっ!」と力強く頷いた。

「先生、心配しないで。富士山の噴火は、必ずわたしたちが止めてみせます。祝のことが心配なのはわかりますけど、わたしがちゃんとついてるんで、先生は大船に乗ったつもりでいてください」


 その言葉に、瀬城が思わずといった調子で吹き出した。祝は、面白くもなんともなかったが、瀬城の表情が少しずつ晴れてゆくのに気がついて、言い返すのはやめといてやった。


「わかった」と瀬城はまた目顔で頷いた。

「でも絶対に無理はしないでくれ。危険だと思ったら、無理せずすぐに逃げるんだ」

 いいね? と念を押され、祝はわかった、と頷こうとした。


 しかし、それよりも先に、


「させないよ」


 三人のうちの、誰の者でもない声が割って入った。


 弾かれたように声のした方へと振り向くと、ドアの前で一人の少女が、炯々とした眼光でこちらを睨みつけていた。


 深い緑地に、真っ赤な椿柄をあしらった小振袖。その上からフリルのついた純白のエプロンを身につけ、頭にはホワイトブリムと呼ばれるメイドの頭飾りが載っていた。謂うところのそれは、明治時代のころより流行した、カフェーの女給さんーーと呼ばれた女性従業員の出で立ちであった。


 そんな歴史をまったく知らない祝にとっては、奇妙な組み合わせの装いではあったが、そんなことよりも思わず息を止めたのは、神が彫刻した最高傑作なのではーーと思わせるほどの、少女の凄まじい美貌だった。


 ツインテールでまとめられた白銀の髪は、月光を弾く氷雪のような光沢(つや)を放ち、紫水晶を思わせる大きな瞳は、覗き込めば向こう側の景色が透けて見えるのでは、と思えるほどに澄み切っている。ぽってりとしていながらも、口角へと向かうほどに引き締まる唇は、朝露を纏った牡丹(ぼたん)のように艶めいていて、天辺がつんと伸びた控え目な鼻は、そこだけをくりぬいて見ても、洗練された美妙(びみょう)が窺えた。

 身丈は、八尋と比べて少しばかり低い。だったら、俺たちよりも年下か、と思ったものの、凛冽(りんれつ)として放たれるただならぬ気配は、十四、十五歳のそれではない。


 そして、あまりの美しさに目が眩んでいたせいか、すぐには気づけなかったが、彼女にはもう一つ大きな特徴があった。

 それは、右頬にある、大きな火傷の跡だった。いや、よく見ればそれは細い首にまで続いていて、着物を脱げば、おそらくは身体にまで及んでいるのではと思われた。

 ここ最近でできたものじゃない。おそらくは、もう痛くもないはずだ。だけど彼女の白磁のような肌に、少し盛り上がった薄紅色の瘢痕(はんこん)は、見ているだけで哀れを誘った。


「どうしたんだい、お嬢さん。迷子にでもなったのかな?」

 瀬城が、優しい声で問いかけた。辛いであろうに、こんなときでも医者らしく振る舞う姿は、さすがだった。


 しかし少女は、さらに目に力を籠めて、ギラッとした眼光を瀬城にぶつけた。


「なに言ってんのサ。あんたが、あたしらを探してるっていうから、わざわざこっちから来てやったんじゃないのサ」


 直後、黒炎のごとき壮烈な殺気が、少女の全身から吹き荒れた。


 完全に気を呑まれた祝は、よろけるように後ずさる。


「まさか、おまえは……」

 瀬城が、声を震わせ問いかけた。

 

 ああ、そうサーーと少女が、冷たい笑みを片頬に載せた。とみるや、噛みつくような気勢を放って鋭く叫んだ。


「死神サ!」


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