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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第45話 瀬城の危機

 夜の十時を過ぎた帝徳大学病院のエントランスは、穏やかな静寂に包まれていた。救急搬送されてくるサイレンの音も、今宵はまだ一度も聞こえることなく平和な時間が流れていた。


 そこへ、転がり込むようにして現れた祝と瀬城と八尋の姿に、受付の女性は仰天のあまりに、座っていた椅子から飛び跳ねた。

 無理もない。消滅した右腕の断絶面からの流血で、全身を赤黒く染めた男が、男子高校生に背負われて突然やって来たのだから。


 受付の女性は満面を蒼白にさせて、完全に腰が引けていた。が、すぐにその男が、ここの医師であると気づいたようで、

「せ、瀬城先生……? いったい、どうなされたっていうんですか!?」

 と、カウンター越しに声をあげた。


 しかし、瀬城の口から聞こえてくるのは、喘鳴混じりの呼気ばかり。答えられる気力などもう残っていないのだとすぐに察して、受付の女性の問いただすような眼差しは、すぐに祝へと投げ先を変えた。

 

 死神にやられたんですーーなんて言えるわけもなく、祝の目はオロオロと泳いだ。

「えっと……その、あの」

と言い淀んでいると、  

「そんなことより、早くストレッチャーを!」

 と八尋が祝を押し退け、割って入った。「それと、外来処置室に輸血の用意をするよう伝えてください」

 時間がないんです、早く! とカウンター越しに迫られて、受付の女性は、

「は、はい!」

 とカクカクとうなずいた。


 さすがは、院長令嬢なだけはあるーーと祝もこのときばかりは、八尋の有無を言わせない強引さに感謝した。

 

 受付の女性が受話器を取る。電話先の相手にあたふたと現状を伝えると、一人の医師と三人の看護師が、息せき切ってエントランスへやって来た。瀬城を手際よくストレッチャーに乗せると、すぐさま処置室へと向かってゆく。


 さも当然であるかのように、祝と八尋はそのあとを追おうとした。しかし、三人の看護師のなかで、いちばん年配だと思われる看護師の女性が、立ちはだかってそれを止めた。 

「ちょっと待って。あなたたちは、ここで待っていてちょうだい」

 貫禄のある女性だった。腰に手を当て、正義感の強そうな目で真っ直ぐに見据えられると、祝の全身は強張った。


「瀬城先生が、なぜあんな重症を負われたのか、事情を聴かせてもらいます」

 それにーーと看護師の女性は、八尋を見た。

「後ろにいるのは、海童院長のお嬢様ですね? このことをお父様はご存じなのですか?」


 祝はもちろん、これにはさすがの八尋も口ごもった。全身の火傷と右腕の焼失――こんなことが同時に起こり得る事故をでっちあげるなんて、何年かかっても思いつきそうにない。


 結局ふたりでまごまごしていると、痺れを切らした看護師の女性の長嘆に、祝の肩がびくりと跳ねた。

「答えることができないのでしたら、やはり警察を喚ばせていただきます。それに八尋お嬢様がここにいらっしゃることも、海童院長にご報告させていただきますからね」

 断ち切るように言われて、

「ま、待ってください!」

 と八尋が、血相を変えて訴えた。

「このことは、父とはまったく関係のないことです! それに瀬城先生の怪我は、本当に不慮の事故で……事件に巻き込まれたとか、そうことではなくて……」


「ですからッ! いったいどこで何があったのか、それを説明してくださいと言っているんです!」

 突風のような激しい怒声に、またしても小童ふたりの肩が跳ねた。


(どうすんだよ……本当のこと言ったって、信じてもらえるワケないのに、どう説明すりゃあいいんだよ)

 ギリっと、祝は奥歯を軋ませた。


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 途端に、その場の空気が、ぴしりと音をたてんばかりに張り詰めた。一瞬、二瞬、時が止まったかのような沈黙が降りて、

「ほ、祝……?」

 と聞こえてきた八尋の上擦った声で、祝は我に返ってギョッとした。

 あの祝によく似た声で、祝へと囁く錆帯びた氷のように冷たい声が、我にもなく祝の口から湧いて出たのだ。


「え?」と看護師の女性の満面が、みるみる強張る。「ぶっ殺した……?」と聞き返しながら、警戒を露わに顎を引く。

 

「イヤ、ちがう! ちがいます! そうじゃなくてーー」

 祝は、あわあわと手を振り、かぶりを振った。しかし、どうしても次の言葉が出てこない。


 看護師の女性が、身を固くしながら一歩引いた。鋭くなった眼差しからは、近づくな、という一語が読み取れる。言い訳の言葉を探しながらへどもどする祝に、ますます顔を険しくさせて、

「ちょっと! 今すぐ警察を喚んでちょうだい!」

 受付の女性に向かって、金切り声を張りあげた。 


「は、はい!」

 受付の女性が、またしてもカクカクと頷き返す。

 祝は、混乱と動揺で目が回りそうだった。

  

 受付の女性が、受話器に手を載せた。

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