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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第42話 死神•八社宮炉慈丸

 それは、花魁人形に抱かれていたフランス人形だった。腰に手を当て、顎を反らし、ボンネット帽子の奥から小憎らしい笑みを覗かせていた。


 祝は震える手で、フランス人形を指差した。

「おまえが……死神?」


 そうよぉ、とフランス人形が、ねっとりと頷く。

「アタシが、本物の人形遣いの死神ーーその名も、八社宮炉慈丸( はさみ ろじまる)よ!」

 それから、騙したみたいでごめんなさいね、と肩を竦め、

「だけど、アタシ腹話術が得意なのよ。だからつい、驚かしたくなっちゃったの」

 ビックリしたでしょう、と得意げだ。


 祝は、声どころか息までもを詰まらせて絶句した。それから、まじまじと死神を見て、思うがままの声をあげた。

「おまえ、おっさんかよ!?」

「んなッ!」

 そう、目深に被ったボンネット帽子のせいで、今まではその容貌を認めることができなかった。ヒラヒラとしたドレスと異様な短躯のせいで、てっきりフランス人形だと思い込んでいた。しかしその正体は、女装家の小さなおっさんだった。

 絵の具で塗ってんのかーーと思うほどの厚化粧だったが、本性は少しも隠しきれておらず、むしろその厚化粧が、(かえ)って おっさんという素材を引き立てていた。


「おおおお、おっさんですってえぇえ!?」

炉慈丸の面貌が醜怪に歪み、分厚く塗られた白粉(おしろい)が、亀裂の入った砂壁そっくりにひび割れた。よく見れば、鼻の下にはうっすらと青い髭までもが浮いている。


「な、なんて、失礼な坊やなの! いい? アタシの心はね、そこいらの小娘よりもずっと繊細なの。ガラスのハートなのよ!」

 動揺しきっているようで、炉慈丸の声がみるみる野太くなってゆく。もはや、男らしいとすら思えるほどに。

 しかし、繊細なのは確かなようで、わなわなと肩を震わせてうつむくと、うっそりと独り言のように呟いた。

「乙女の心を踏みにじった罪は、重いわよぉ…」

 それから、血走った目を上げてギンと祝の股間を睨みつけると、

「あんたの、そこにぶら下がってるもんぶつ切りにしてぇ…… キュウリと()えて、酢の物にしてやらぁぁぁあああーーッ!!」

 と、猛り狂った顔で吼えたてた。


 祝は、ヒッと短く悲鳴をあげた。死の戦慄とはまた違う恐怖に這われて、「ごめんなさい!」と謝りかけた。


「おゆきなさい、アタシの最高傑作、お(りゅう)!」

 炉慈丸が、ビシリと祝を指差した。「あの坊やに、地獄を見せてやるのよ!」


 怒号に応えて、お龍と呼ばれた花魁人形が、ガラス玉の瞳をぐるんと回した。左右の裾の中に両腕を交差させて突っ込むと、取り出したのは五十センチほどの二本の筒。丁度真ん中あたりにある出っ張りを押すと、筒の上下から赤い光線が飛び出し、全長ニメートル以上はあろうレーザー製の双刃刀(そうじんとう)となった。

 その(かがや)きと威容を放つ獲物を両手に構え、お龍が祝へと、宙を滑るように押し迫る。


 祝は、お龍の迫力に気圧されつつも、迎撃の三日月を投げ放つ。

 

 お龍は速度を少しも緩めることなく、易々と三日月刃を双刃刀で撥ね返した。


 あっという間に距離を詰められ、祝は慌ててお龍に背を向け駆け出した。メリーゴーランドの中へと潜り込むと、白馬や馬車のあいだを縫ってひた走る。


 追い駆けるお龍も、メリーゴーランドへと踏み込んだ。


 祝は振り返り、ニヤリと口の端を吊り上げた。あんな豪壮な武器を両手にしているのだ。白馬や馬車のあいだを走り抜けるのは、さぞかし苦労するだろうーーと。


 しかし、お龍はさらに速度を上げた。躱すまでもない。双刃刀に触れた途端、白馬や馬車は豆腐の如く切り刻まれてゆく。

 

 ひえっと、祝の喉から悲鳴が漏れた。

 

 炉慈丸の、ぎゃひゃひゃひゃひゃッ、という笑い声が、メリーゴーランドの外から聞こえてくる。

「どう坊や、アタシの最高傑作の凄さ思い知ったかしら? さっきまでの子とは、桁違いの強さでしょう?」


 お龍が、いよいよ触れられる距離まで差し迫った。祝を縦に三等分に斬り(さば)くべく、双刃刀を振り上げる。


 そこへ、三本の長槍が飛来して、お龍の左の脇下を貫いた。


 祝がメリーゴーランドの外へと目を遣れば、やはり長槍を飛ばしてくれたのは、八尋であった。


 お龍が長槍を掴んで、抜き取ろうとする。


 そうはさすまいと、八尋は両手を突き出し踏ん張った。さらにその手を左へと滑らせると、三本の長槍は串刺しにしているお龍を連れて、メリーゴーランドの外へと飛び出した。

 そのまますぐそばに設置された、園内の地図が描かれた大きなパネルへと激突し、お龍を横向きの状態で(はりつけ)にした。


 長槍を抜こうと、お龍がもう一度脇の下に手をかけた。が、かなりの深傷を負ったのか、人間となにひとつ変わらなかった滑らな動きが、カクカクとしたぎこちないものへと変わり、体内からは異音が漏れはじめた。


「きぃぃぃ! あの小娘、ちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃないわよ!」

 炉慈丸がハンカチをくわえ、引き裂かんばかりに引っ張っている。

「お龍! あんな小娘、とっとと木っ端微塵にしちゃいなさい!」

 お龍は手を止め、炉慈丸の怒声にまたしても瞳をぐるんと回した。そして横向きのままで八尋を見据え、ガバリと口をかっ開いた。

 紅色に縁どられた砲口に、まばゆい光がみるみる充填されてゆく。


 勇奮してくれていた八尋であったが、途端に全身を氷結させた。返り討ちにされた瀬城の惨憺(さんたん)たる姿を思い出したのか、棒を呑んだように立ち尽くしてしまっている。


 磔にされた状態のまま、お龍が光線砲を吐き出した。


 八尋はいまだ動けない。

 もはや軍事兵器としか思えない狂暴な光が、たった一人の少女めがけて驀進する。

  

 そして顔前へと差し迫った次の刹那——



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