第41話 花魁人形
女のせせら笑いが聞こえてくる。
「その通りよ、この娘はお人形。だけど、気づくのがちょおっと遅かったわね」
ねっとりとした声が、祝の耳にこびりついた。しかし、女の口はピクリとも動いていなかった。首を大きく仰け反らせ、光を目一杯に溜めていた。
次の瞬間、人形が上半身をガバリと起こし、瀬城めがけて光線砲を吐き出した。
今までの人形とは比べものにならないほどの烈光が、瀬城へと放たれ襲いかかる。
目を刺すような光が、あたり一帯を昼よりも眩しい夜に変え、爆風がこの世を一掃するかの如く吹き荒れた。
「先生ぇぇーッ!」
祝は、腕で顔を覆いながら絶叫した。しかし吠え狂う風の音にかき消され、その声はきっと瀬城には届かなかった。
残光が消えて、辺りに夜闇の静寂が帰ってきた。いや、むしろ荒涼とした気配だけが濃くなって、この世の全てが窒息しているかのようだった。
祝は、恐るおそる腕をどかして顔を上げた。そして瀬城を見つけるや、全身の血液がさあっと逆流する音を聞いた気がした。
「せ、先生ぇぇえええ!!」
祝は、発狂にも似た声を絞った。
瀬城は、左肩を地につけた状態で横たわっていた。右足を掴まれて逃げきることはできなかったものの、身体を左へとずらして、辛うじて直撃だけは避けたようだった。
しかし、右腕は跡形もなく焼失して、肩の断面からの流血で、全身は赤黒くぬめるように染まっていた。
見える皮膚はほとんど真っ赤に焼け破れ、見開かれっぱなしの双眸は、まるで浮き球のように虚ろだった。
「嘘だろ……」
祝は、目の前が真っ暗になるようだった。しかし、痙攣しているかのようにか細く震える瀬城の姿に、束の間の安堵の息をついた。よかった、生きてる。
祝はすぐさま瀬城へと駆け寄ろうとした。が、すぐそばで彼を見下ろす影があった。
光線砲を放った花魁姿の人形だ。
死神になりすましていた人形だ。
いや、今となっては、なぜ気づけなかったんだろうと思うほどに、人形のかたちをした殺戮兵器だ。
それが、凶器のような高下駄で、瀬城の顔を踏み潰そうと右足を高々と持ち上げている。
「やめろぉぉぉーーッ!」
祝が、無我夢中で三日月刃を疾らせた。
巨大な花魁人形は、ひらりと跳び退き、それを躱した。
当てることよりも、まずは花魁人形を瀬城から遠ざけることが優先だ。だから祝は、三日月刃を撃って撃って撃ちまくり、距離ができると、すかさずそのあいだに割って入った。
「ほーりッ!」
折よく、後方から八尋が駆け寄ってきた。
「おまえは、先生を!」
振り向くことなく鋭く言えば、
「わ、わかった!」
と、すぐさま応じる声が返ってきた。
八尋と瀬城の気配が遠ざかると、祝は花魁人形に意識を尖らせつつも、一瞬だけ後方に目をやった。
一本だけになった左腕を肩にかけて、八尋が瀬城を引きずっている。
その先にあったのは、大きな色褪せた顔出しパネルだ。
その陰から、青ざめた狛犬姉弟の顔がチラリと見えた。居ないと思っていたら、どうやら二匹は、ずっとそこに隠れていたらしい。
(大丈夫だーー先生は、死なない!)
祝はそう心で唱えつつも、いまだ解消されない疑問と不安が、胸に風巻いた。
(本物の死神は、どこにいる……?)
花魁人形を死神だと思い込んでいたのは、人間そっくりな精巧な作りのせいだけではない。あのねっとりとした声は、確かに花魁人形から聞こえていたし、凍てつくような殺気も、そこから発せられたものに違いなかった。
「どこだ死神! いつまでも隠れてないで、出てきやがれ!」
不安を悟られまいと、祝は全開で威勢を張った。すると、
「あはっ! あははははははははっ」
女の高笑いが、鼓膜を不快に震わせた。
やはり聞こえてくるのは、花魁人形の方からだった。しかし花魁人形は、笑ってなどいない。口は真一文字に閉ざされている。
「どこだ!? どこにいる!」
祝は、忙しなく辺りを見回した。しかし、それらしき人影は見当たらない。
祝が苛だてば苛だつほど、女の哄笑は高くなる。
「すっかり怯えちゃって、ざまぁないわねぇ。けど、死神の隠し子が来るっていうから楽しみにしてたのに、この程度だなんて、拍子抜けもいいとこだわ」
ひとつーー祝の心臓が、弾けるような鼓動を打った。
「死神の……隠し子……」
それは、青鹿毛炸靭が祝に向かって放った言葉だ。耳にしてからそう時間は経っていないはずなのに、やたらと懐かしく感じるのは、なぜだか思い出してはならない気がして、心の奥底に閉じ込めていたからだ。
「あら、どうしたの坊や。もしかして、自分の素性もよく知らずにここまでやって来たのかしら?」
どうやら死神は、そう遠くないところにいるらしい。祝の異変にすかさず気づき、「あはははっ」と嘲笑をさらに高くした。
「だとしたら、呆れちゃうくらいのお間抜けちゃんねえ」
「なんだと?」
「だって坊やはーー本来なら、この世に生まれてくるはずなんてなかったのよ」
言われた途端に、カッと、脳髄のはち切れるような怒りを覚えた。
ーーだ、か、ら、真面じゃないんじゃないの。
病院で聞いた、此葉の義姉たちの声が蘇る。
ーー本来なら、この世に生まれてくるはずなんてなかったから、あの子は真面まともじゃないんじゃないの。あんなみっともない子供ってのは、この世に生まれてくるはずがないのに、生まれてきちゃった突然変異ってやつなのよ。
まるで、耳許で囁かれているかのように鮮明で、
ーーなにが、〈祝う〉って書いて祝よ、馬ッ鹿じゃない。あの子が生まれてきて喜んだ人なんて、あの出来損ないの両親以外に誰一人としていやしなかったじゃないの。
此葉の義姉たちにぶつけ損ねた衝動までもが、あのときとそっくりに蘇った。
「……うるせぇ」
低く圧しつぶしたような呻きが漏れた。
それは、死神に向けた言葉なのか、此葉の義姉たちに向けた言葉なのか、祝自身にもわからなかった。
祝の心情など知る由もなく、死神の声は、さらに続く。
「それでも運命に逆らって、この世に生まれることができたのは、すべて死神のおかげなの。それなのにわたしたちに牙を剥くなんて、恩知らずにもほどがあるわ。ましてやーー」
「うるせぇぇぇええッ!!」
祝は死神の声を遮り、爆ぜるばかりに吼えたてた。
「てめえの挑発なんかに、誰が乗るか! いつまでも隠れてないで、とっとと出てきやがれ!」
血眼になって、もう一度あたりを見回してみても、やはりそれらしい人影は見つからない。粘つくよう声は、確かに近くで聞こえてくるのに。
「いやねぇ。なによ、挑発って」
ちょっと拗ねたような声が、耳に絡む。「何か気に障ることでも言ったかしら? せっかく何も知らないアンタに大事なことを教えてあげようとしてるのに」
「うるせぇって言ってんだろ! おまえなんかに、俺の何がわかる」
祝は、言下に突っぱねた。「とっとと出てこいって言ってんだ! それとも、ビビって出てこれねえのか!?」
あはははっ、と嘲笑う死神の声が、唸る風と一緒に吹き渡る。
「お馬鹿さんねぇ、さっきから坊やのそばにいるじゃないの」
祝は、はぁ? と眉根を寄せた。苛立ちは、すでに極みに達している。
「ほらぁ、こ、こ、に」
直後、花魁人形が、すっと滑るように横にずれた。後ろに、ぽつんとひとつの人影が立っている。
さっきまでの激憤は散って、祝はあんぐりと口を開けた。




