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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第40話 メリーゴーランド

 二刀流の人形の口の中から、光が渦巻き祝を照らした。

 鉄扇を持った人形と鎖鎌を持った人形が、逃すまいと左右を囲む。

 

 立ちすくむ祝の目の前で、二刀流の人形が大きく仰け反り、口内で光が溢れんばかりに満たされた。

 ガラス玉の双眸が、かっ(ぴら)く。

 そして光線砲を放たんと、上半身が前方へと傾きかけたとき――

 

 突如、二刀流の人形の腹のあたりから、氷柱つららのような突先とっさきが、三本同時に飛び出し、祝の鼻先ギリギリでとどまった。


 二刀流の人形の動きがピタリと止まり、祝の心臓も、一度大きく飛び跳ねて、三拍分は停止した。喉が詰まって、ヒイッ、とあげようとした悲鳴は、声にすらならない。

 

 二刀流の腹から飛び出した突先は、背中から貫かれた長槍だった。祝がようやくそれに気づくと、二刀流の人形はカラクリ音を軋ませながら、地面へ串刺しのままで落下した。


 次いで、祝の両のこめかみを、長槍が一本ずつ唸りをたてて掠め過ぎた。

 直後、鉄扇を持った人形と、鎖鎌を持った人形の脇腹が、その長槍に貫かれ、動きを止めて落下した。


 祝はなんとか気を持ち直し、助けてくれた相手を捜した。長槍を放ってくれたのは、瀬城――ではなく、能面のような表情から察するに、おそらく彼の分身であった。


 煙の晴れたその先では、瀬城がさらに分身を増やし、その分身が長槍を放っては、人形たちを次々に撃墜させていた。

 

 その中にひとり混じって、果敢に闘う八尋もいる。光線を放とうとする人形には長槍を飛ばし、至近距離で攻め寄る人形相手には、刃を切り結んで奮闘している。

 

 祝は情けないことに、そんな彼女の勇姿をしばし唖然として眺めていた。


 そこへ、刺股さすまたを握る人形が、八尋の背後へと旋回した。口は砲口と化して、すでに光が満ちている。

 八尋に気づく気配はない。目の前にいる、斧を手にした人形相手に必死の体だ。 


 祝ははっとして、慌てて腕を振りかぶった。空を掻っ切る右手から、三日月刃が飛び出し、夜陰を切り裂く。

 刺股の人形は、薪のように縦切りにされ、空回りする歯車やバネを散らして落下した。


 祝は、すかさず左腕を薙ぎ抜いた。飛び出した三日月刃は、八尋を中心にして旋回し、斧を手にした人形を胴斬りに両断した。

「ほーり!」

 八尋が振り返り、嬉しそうに相好を崩す。


 気づけば、残る人形はあと三体。


 瀬城はというと、十体はいた分身が三体ほど減ったような気もするが、全員が消えていないところを察するに、本物は確実に無事のはずだ。


 祝は、メリーゴーランドの屋根へと目を上げた。


 女はこちらを見下ろし、余裕の笑みでフランス人形を撫でている。


 祝は舌打ちを鳴らして、残りの人形に目を戻した。右手から三日月刃を投げ放ち、次いで左手からも疾らせる。

 驀進する刃は、瀬城の分身とやり合っていた人形二体を輪切りにし、同時に地面へ転がした。


 残る人形は、あと一体。

 

 しかし、ふたたび女の右手が、夜空へと高く伸ばされた。

 その先から舞い降りたのは、またもや日本人形の大群だ。

「残念でした。まだまだお遊戯の時間は終わらないわよ」

 女が、ぞっとするほどに美しく微笑わらい、祝の肌が粟だった。


「これじゃキリがないわね……」

 八尋が、苦々しげにつぶやいた。


 無表情の分身をかき分けて、本物であろう険しい顔の瀬城が近づいてくる。


「どうする、先生」

 祝が尋ねた。


 瀬城は、ほんの一瞬の沈黙を置いて、

「八尋ちゃん」と声をかけた。「僕と祝くんが闘っているあいだに、君はメリーゴーランドの中に潜り込むんだ」


 八尋は、女に聞かれないよう声を低める瀬城に、目をぱちくりとさせていた。が、すぐに意図が呑み込めたようで、目許をきゅっと引き締めて頷いた。

「わかりました」

 返した声はひそやかで、けれど躊躇いのない声だった。


「行くぞ、祝くん!」

 瀬城に呼ばれ、ひとり意図が読めていない祝は、お、おお、と少し腰が引けている。


 女の手が振り下ろされる。

 それを合図に、日本人形が一斉に急降下し、祝たちへと殺到した。


 祝は三日月刃を撃ち放ち、瀬城とその分身たちは長槍を飛ばして迎撃する。

その混戦の間隙を縫って、八尋がメリーゴーランドへと忍び込む。


 女は、まだ気づいていない。高みの見物を決め込んでいる。

「ほらほら頑張って。うちのカワイ子ちゃんたちは、まだまだ沢山いるんだから」

 言って、女が右手を振り上げようとした。しかし、ハッと何かに気がついて、立ち上がりざまにその場で高く舞い上がった。


 直後、女が座っていた屋根一帯から、鋭い突先が束になって飛び出した。

八尋が下から突き上げた、三十本はあろう長槍だ。


「やだっ!」

 女が空中で、甲走った声をあげた。針山地獄と化したその一帯を巧く避けて着地するも、高下駄が、ガンッと割れんばかりに屋根を叩いた。


 その音を頼りに、八尋がまた長槍の束を突き上げる。


 女は驚くことに、高下駄のままで屋根の上を走り回った。

 ガンガンと響くその音を追いかけ、八尋が長槍の束を突き上げる。


 女は凄まじい脚力で、ジグザクに曲がりながら屋根の上をひた走る。


 それが三周目に突入したころ、とうとう長槍の一本が、右の高下駄の底を突き刺した。

 

 女の身体は、そのまま長槍にかち上げられて、屋根から転落。それでもフランス人形を左手に抱え、右手と右膝で着地した。

 高下駄に突き刺さった長槍を引き抜くと、女はゆらりと立ち上がって、メリーゴーランドへ首をねじった。

「やるじゃない、お嬢ちゃん」

 冷ややかな笑みで見据えられ、八尋の全身が凍りついた。


「こっちだ、死神!」

 祝が駆け寄り、三日月刃を疾らせた。


 女はしゃがんで、それを躱す。そのままの姿勢で右手を上げると、空から五体の人形を呼び寄せた。


 人形が祝へと飛びかかり、その隙に女は立ち上がって逃げ出した。


 祝は右、左と横殴りに腕を払った。 

 飛び出した六条の三日月刃が、五体の人形を輪切りにした。

「待てッ!」

 逃げる女の背に、祝は叫ぶ。


 もちろん女は、待ったりしない。またもや五体の人形を呼び寄せて、祝の行く手を阻ませた。


 五体の人形が、パカリと同時に口を開く。

 しかし、口内に満たされてゆく光を見ても、祝はもう恐れはしなかった。光が吐き出される前に両手を同時に振り下ろすと、翔ける三日月刃が、五体の人形を縦切りに割った。


 逃げる女が、三度人形を呼び寄せようと、右腕を上げた。


 またしても、きりのない戦況に持ち込まれるのかと、祝は奥歯を軋ませる。


 そこへ、瀬城が現れ、女の前に立ち塞がった。

 気づけば、人形の大群はもう一体も残っていなかった。瀬城の分身によって串刺しにされ、全て地面に転がされている。


「逃がしはしないぞ!」

 瀬城が、殺気の籠る目で女を見据えた。


 女は、フランス人形をギュッと抱きしめ、後ずさった。

「観念しやがれッ!」

 祝が、右腕を横ざまに払う。

 滑空する三日月刃が、夜陰をひっ裂き、女の右脇腹へと()らいついた。


「きゃぁぁああ!」

 絹を裂くような悲鳴が、鼓膜を打つ。


 女が瀬城のすぐ傍まで吹き飛んで、地に倒れて(うつぶ)した。


「やったか……?」

 祝は、ためらいがちに身を乗り出した。


 「いや、まだだ!」

 瀬城が、言下にかぶりを振った。

 着物はスッパリと切れている。しかし、女の身体から血は流れていなかった。


 瀬城が女へと駆け寄った。鬼気迫る形相で、女の背中を片足で踏みつけると、虚空から長槍を取り出し、握りしめた。

「これで終わりだ!」

 怒号を浴びせ、天を貫くが如く石突を高々と突き上げた。

 そして、髷の乱れた女の頭めがけ、穂先を振り下ろそうとしたその刹那ーー


 女の首が、ぐるんと百八十度に回転して、かっ(ぴら)いた目が瀬城を見上げた。


 え? と、瀬城が凍りつく。

 直後、背中を踏みつけていた瀬城の足首が、女の両手に掴み取られた。見ればその手首も、百八十度に回転していて、親指が上を向いている。


 女の口が、がばりと開いた。あっという間に渦巻く光が口内いっぱいに満たされて、驚きから恐怖へと変わる瀬城の顔を明るく照らした。


 祝は立ちすくみ、愕然としてその姿をただ見ているだけだった。

 

 瀬城の絶望が、喉から漏れた。

「死神じゃない……人形だ」


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