第39話 人形兵器
「おまえが、死神か!」
恐怖を振り払うべく、祝は叫んだ。
そうよぉ、と女はニタリと笑った。
「天瑞鏡の破片を神核とする死神が一人よ。で、アンタたちが、それを狙って死神殺しに手を染める奸賊どもね。お噂は、かねがね聞いてるわーーああ、でも自己紹介は結構よ、大概のことは、もう知ってるから」
と、一息に言った。それにねーーとさらに続けると、祝たちを舐めるように見回して、ねっとりと絡みつくような声で告げた。
「アンタたちは全員ここで、肉の一切れも残らずに死ぬんだから」
祝の背筋に悪寒が走った。それでも負けじと視線を尖らせ、相手からの殺気を押し返した。
「悪いけど、死ぬのはおまえの方だ。天瑞鏡は、必ず俺たちが手に入れる!」
言われた女は、ぷっと吹き出し、肩を揺すった。
「おお、怖い怖い。油断した間抜けな死神を何人か殺したくらいで、ずいぶんと調子に乗っているようね。ほぉんと欲望に駆られたゴキブリって、何しでかすかわかったもんじゃないんだから」
ねえ、と声をかけた相手は、女の膝の上でちょこんと座るフランス人形だった。女の着物が煌びやか過ぎて祝は今まで気がつかなかったが、ずっとそこにあったようだ。ボンネット帽子を目深に被り、フリルとレースをふんだんにあしらわれたピンクのドレスを纏っている。
女は、それがよっぽど大切なものらしく、我が子のように優しく抱きしめ、飴細工のような細い指で、時折慈しむように頭を撫でていた。
「自己紹介がいらねぇんだったら、おしゃべりはもう終いだ」
祝は、魂を凝らして霊力を発した。
「覚悟しろッ、死神!」
言いざま、右手を猛然と振りかぶる。
しかし女は、「慌てないで」と立てた人差し指を優雅に伸ばし、祝の動きを押し留めた。
「残念だけど、坊やたちの相手をするのは、わたしじゃないの」
立てた人差し指はそのままに、女の右手が宙に上がる。
直後、夜空から夥しい数の何かが、待ち構えていたかのように降下した。
それは、童女や舞妓や武家娘の姿をした、日本人形の大群だった。今でもたまに見かける硝子ケースに入れて飾られているようなものよりも、三倍以上もの大きさがある。みな、華やかで豪奢な着物を纏ってはいるものの、握られているのは扇子や和傘や鼓といった雅やかなものではない。野太刀に鉞に鎖鎌、さらには、金棒や棘の生えた鉄球が載った槌矛といった、もれなく厳しい武器ばかり。
それらが宙を滑るように飛び回り、女の頭上に集結した。
「どう? 可愛いでしょ。どの子もみんな、私の自慢の娘たちよ」
女が得意げに、鼻をつんと持ち上げた。
宙に浮く日本人形の大群は、ガラス玉の瞳で祝たちをじっと見下ろしている。
その数、およそ三十体。
「あれが、あの死神の神通術ね?」
八尋に問われ、瀬城が緊張のみなぎる顔で首肯した。
かつて狛犬姉弟が、無謀にも二匹だけで挑んだ、十人のうち六人の死神の神通術ーー〈分身〉、〈腐敗の瘴気〉、〈波動の弓矢〉、そして四つ目が、いま目の前にいる〈人形兵器〉だ。
「人形を自在に操り、殺戮兵器にする力ーー数が多いだけに厄介だ。みんな気をつけて!」
八尋が、拳を固めてうなずいた。
祝はといえば、夜風に余裕の笑みを晒していた。人形たちが手にしている武器は、どれもが殺傷能力は高いものの、飛び道具は一つもない。飛びかかって来る速度がどれほどかはまだわからないが、近づかれる前に撃ち落としてしまえば、苦戦を強いられることなんてあり得ない――と。
(あんな人形、俺の三日月刃で、すぐにガラクタに変えてやる!)
祝は薄い笑みをそのままに、霊力を両手に集中させた。
女の右手が、振り下ろされる。
「さあ、お遊戯の時間よ!」
着物の袖をはためかせ、人形たちが急降下。
祝は右手を振りかぶり、八尋と瀬城は、目の前の虚空に長槍を創る。
しかし、祝たちとの距離が十メートルほどになった途端、飛びかかってくると思っていた人形たちが、突如ぴたりと動きを停めた。
(なんだ……?)
不可解と不安が、祝の胸を波立てる。
こちらを見下ろす人形たちが、同時にぱかりと口を開いた。そして、深呼吸でもするかのように胸を大きく仰け反らせると――
祝の思惑を見事に裏切るまばゆい光を、口から一直線に放射した。
「光線砲!?」
祝は、度肝を抜かれて目を瞠る。
およそ三十発の光線が、一斉に三人へと襲いかかった。
祝は辛くも飛び退いたものの、爆風に吹き飛ばされて尻餅をついた。光線を啖らったコンクリートの地面は無残に砕かれ、そこから濛々とした煙が立ち昇る。
その煙を突き破り、二刀流の人形が祝の眼前に急迫した。
人形が刀を閃かせると、祝は立ち上がる勢いを利用して、さらに後方へと飛びすさった。
右から鉄扇を持った人形と、左から鎖鎌を持った人形が加勢して、祝めがけて殺到する。
光線砲による動揺で、いまだ心臓は早鐘を打ってはいるものの、日暈との鬼のような特訓が実を結んだのか、祝はこの程度の挟み討ちでは、もう平静を失ったりはしなかった。華麗に――とまでは言わないまでも、なかなか冷静に相手の動きを見極めて、差し迫る切っ先を掻いくぐる。
しかし、前方にいた二刀流の人形と目が合うと、戦況はあっと言う間に覆された。
正確に言えば、祝と目が合ったのは、がばりと開かれた口の奥だ。
(まずい……!)




