第38話 廃墟遊園地
次の日の放課後ーー祝、八尋、瀬城、それに狛犬姉弟は、正鹿神社の手水舎の前で集合した。今日は修行のためではなく、死神殺しを果たすために。
狛犬の姉の日暈が、抱えていた鬼灯を瀬城へと捧げた。中では、眠っているであろうカグツチが、静かに体を丸めていら。
瀬城は神妙な顔で跪くと、腕をおもむろに交差させた。そして乾いた音をたてながら、手の甲同士をニ度叩いた。柏手の逆のような仕草である。
なんだ? と祝の頭に浮かんだ疑問符を目ざとく見つけて、
「これは〈天の逆手〉というですの」
「ですぞ」
と、狛犬姉弟が教えてくれた。
「恩恵をもたらす神とは逆に、死神のような禍つ神と相見えようとする者にとっては、うってつけの呪いなんですの」 「ですぞ」
ふーん、と祝は頷いた。ちょっと不気味な呪いではある。
直後、その音にカグツチ が目を醒ましたらしく、ビクリと体を揺らして半身を起こした。伸びでもするかのように、両手を高く持ち上げると、鬼灯の皮が一枚ずつめくれて、黄色い炎を纏った首のない赤ん坊が剥き出しとなった。
そして、その炎の中から、いきなり同じ色した火の玉が、ひょこりと飛び出し現れた。
祝は、おお、と思わず声をあげた。
カグツチ が、掲げていた手をだらりと下ろした。それに応じて、鬼灯の皮が、一枚、また一枚と蕾のように閉じてゆく。
そうして鬼灯に完全に密閉されると、カグツチはまた身体を丸めて、眠りについたようだった。
火の玉は、祝たちの頭上を一周すると、お辞儀でもするかのように上下に揺れた。
「この火の玉が、死神のいるところへ案内してくれるですの」
「ですぞ」
狛犬姉弟がそう言うと、祝はへえ〜、と素直に感心した。
火の玉は、ゆらりゆらりと鳥居の方へと飛んでゆく。
「だけど、距離がどれくらいかは、着いてみないとわからないんだ」
だから車で行こうと瀬城が言って、火の玉を追いかけて歩きだした。狛犬姉弟がそれを追い、祝もその背中に従いていった。
しかし、八尋だけはその場から動かず、
「ねえ! だったらーー」
と、手を打った。
◇◆◇◆
八尋が操縦する長槍に跨り、祝たちは夜空を飛んでいた。
車よりもずっと速く、風になったような爽快感に、祝はすっかり上機嫌だ。
昨夜は八尋に来るなと言っておきながら、狛犬姉弟の代わりに鬼灯を片手で担いでやって、もう片方の手で柄を握り、「ヒャッホー!」と歓声まであげる始末である。
狛犬姉弟も一本の長槍に二匹で跨り、キャッキャッと子供のようにはしゃいでいる。
八尋は、横座りで三本の長槍を操って、
「ね、最高でしょ?」と、得意げだ。
瀬城は自分で長槍を操っていた。八尋の模倣とはいえ、なかなかの運転さばきである。
火の玉は、長槍の速度に巧く合わせて先をゆく。そうして二十分ほどの夜間飛行を楽しんでいると、火の玉が突然ぴたりと停まった。
八尋と瀬城も、それに合わせて長槍の飛行をいったん停めた。
「近くに死神がいるみたいだ」
瀬城が言うと、和やかだった空気は一瞬にして吹き散って、全員の顔から笑顔が消えた。
火の玉が、ゆっくりと降下する。祝はそれを目で追って、ごくりと唾を飲み込んだ。
「行こう」
瀬城を乗せた長槍が、火の玉を追って降下する。
視線を感じて、祝は八尋に目を向けた。不安げに揺れる瞳とかち合って、努めて力強くうなずいてみせた。
八尋もおずおずとうなずき返し、自分と祝と狛犬姉弟を乗せた長槍をゆっくりと降下させていった。
◇◆◇◆
そこは、廃墟と化した遊園地だった。
心霊マニアや廃墟マニアのあいだでは、人気スポットになっていると、瀬城が潜めた声で教えてくれた。
大型テーマパークの煽りを受けて閉園し、公売物件となって入札者を募ったものの、駅からは遠いうえに遊具や建造物の撤去費用は落札者負担という悪条件のせいで入札希望者は一向に現れず、いまだ閉園当時のままで放置され続けているのだ、と。
祝たちは、施錠されている入場ゲートを長槍に乗ったままで飛び越えて、そこ全体がお化け屋敷と化したような空間へと突入した。
火の玉が、エントランスの真ん中あたりで急降下し、そのまま低空飛行でメインストリートを突き進んでゆく。どうやらここからは、目立たぬように徒歩で行けと言いたいらしい。
メインストリートを取り囲んでいるのは、欧米のテラスハウスを模したのであろう建造物だ。天気のよい日はさぞかし青空に映えたであろうパステルカラーの外壁は、今となってはすっかり色あせ、この世ならざる者たちの居住区と化したような、おどろおどろしさを醸していた。
通路脇に定間隔で植えられたヤシの木は、すべてが枯れて立ち腐っている。萎びて茶色くなった葉が風に揺れると、不気味な葉擦れの音が全身を撫でるようだった。
そこへ、いちばん近くのヤシの木から、一羽のカラスが一声啼いて羽ばたいた。
八尋が、きゃっと声をあげ、祝がその声に、ひぃいッ! と、あられもない悲鳴をあげた。
すっかり臆病風に吹かれて立ち竦んでいると、狛犬姉弟が、やれやれ、と呆れた調子で肩をすくめた。
「今から死神を討とうというのに、おばけなんぞに恐れをなして、どうするですの」
「ですぞ」
「う、うるせえ。べべべ別に、ビビってなんかねえ!」
「だったら、さっさと先に進むですの」
「ですぞ」
二匹が祝の尻をぐいぐいと押す。
祝は慌てて振り返り、
「ば、馬鹿っ! 押すんじゃねえ!」
と、震える唇で抗議した。
そんな情けないやり取りを尻目に、瀬城がスタスタと歩を進めた。さすが大人の貫禄とでもいうべきか、平然とした様子で火の玉を追って先を行く。
これ幸いと、祝がその背中にぴたりとくっつき、さらに八尋がその背中にひっついた。そのあとに日暈と月暈が追躡して、三人と二匹は、一列になって前進した。
長いメインストリートを進んでゆくと、大きな広場に突き当たり、その真ん中に立派なメリーゴーランドが建っていた。
ほかの遊具同様、廃れきってはいるものの、かつては目玉のひとつであったであろう豪華絢爛な雰囲気は、いまだに色濃く残っている。
テーマパークといったたぐいの場所に足を踏み入れたことのない祝は、つい興味をそそられ近づいた。電飾がふんだんに取り付けられたそれは、夜になればさぞかし美しかったことだろう。さすがに乗ってみたいとは思わないが、吸い寄せられるように眺めていると、にわかに火の玉が糸のように細くなって消え去った。
「あらまぁ、まさか三人もお出ましになるとは思わなかったわ」
火の玉が消えたことに驚くよりも先に、上から甘ったるい声が降ってきた。
弾かれるようにして見上げれば、メリーゴーランドの屋根の上に、ひとりの女が腰掛けていた。
紅地の着物に、銀糸の昇り龍が柄付けされた黒地の打掛。だらりと垂れ下がる長い前帯に、三十センチ近くあるであろう黒塗りの高下駄。結われた髷は、その女の顔よりも大きく、これでもかというほどにかんざしや笄で飾られている。
謂うところの花魁姿だ。
艶やかな化粧も相まって、祝たちに注ぐ微笑は、それはそれは美しい。
しかし祝は、不思議と唆られることもなければ、見惚れることすら一瞬もなかった。
綺麗だとは思う。が、美人と形容するには、直感にも通ずる違和感を覚えた。
「こんばんは、飛んで火に入るお馬鹿さんたち。天瑞鏡ほしさに、わざわざこんなところまでご苦労様」
女の細い首が、ことりと傾いだ。同時にむせ返るような殺気が、祝たちを巻き包んだ。




