第34話 八尋の神通術
「なんでだよ!?」
爆発寸前の頭で、祝は叫んだ。「さっきからいったい、何がおかしいっていうんだよ!」
「だって、見て」
八尋が、天を突くように右手を掲げた。すると、その掌の上に、忽然と一本の長槍が現れた。
「ーーんなっ!」
祝は我が目を疑い、絶句した。
八尋は長槍を掴むと胸に抱いて、祝へにっこりと笑いかけた。
「もしかして、あの長槍って……」
祝が、震える指先で八尋を差す。「ずっとおまえが操ってたのか?」
そうなの、と八尋が、ちょっぴり悪びれる調子で首をすくめた。
「驚いた? これが、わたしの神通術。無の空間から長槍を発現させて、自由自在に操れるの」
本当にごめんね、と言ってぺろりと舌をのぞかせる。
「……じゃあ、先生は? 容赦しないとか言ってたじゃねえか!?」
いっそ縋るような目で瀬城を見た。けれど、彼もまた申し訳なさそうに眉尻を下げて、腹を抑えていない方の手をひらひらと振った。
「僕は腐敗の瘴気を吐き出してからは、いっさい何もしてないよ。だって、瘴気の向こう側にいる君たちの姿は、僕にだって全く見えてないんだから」
だけどさ、と笑いながらさらに続けて、
「そうやって脅されたお陰で、君も死に物狂いになったろ?」
祝は、くらりと目眩を覚えた。力がしなしなと抜けてゆき、背骨すらも抜けたのかと思われるほどに項垂れた。
狛犬姉弟は笑いすぎて苦しいのか、へそ天で手足をバタバタさせて、まるで溺れているようだった。
「普通ならすぐに気づくもんなのに、まんまと騙されて、いい気味ったらないですの!」
「ですぞ!」
いつもなら、すぐさま罵り返してやってるところである。しかし、今の祝の耳の奥では、自身が放ったセリフがリピート再生されていて、二匹の笑い声なんて届いてなかった。
ーー俺はともかく八尋を巻き込むなんて、ぜってえ許さねえ! もしあいつに何かあったら、俺だってもうアンタに容赦はしねえからな!
耳まで真っ赤であろうことは、わかっていた。だから項垂れたままの顔を持ち上げることができなくて、もういっそこのまま前のめりに倒れて、気絶したふりでもしてやろうかと思ったその矢先ーー
「ほ、お、り」
八尋のこの上なくご機嫌な声を背中で聞いて、祝の肩がビクリと跳ねた。無視を決めこみたかったが、この腐れ縁の少女は諦めが悪い。しかたなく項垂れたままで首を少しだけねじって、八尋の顔を肩越しに覗いた。
咲き溢れんばかりの笑みを湛えて、八尋がこちらを見つめている。胸に抱いているのが紛うことなき凶器であるにもかかわらず、その眩しすぎる爛漫な面差しに、祝は「ゔっ」と身じろいだ。
「怖い思いさせて、本当にごめんね」
八尋が、祝の顔を覗き込む。「だけど、わたしのことそんなふうに思ってくれてたなんて、すっごく嬉しい!」
「うるせえ!」祝は、間髪容れずに怒鳴り散らした。「勘違いすんな、馬ァ鹿!」
それでも八尋の上機嫌は止まらない。頬をほのかに赤く染めて、くすくすと心底嬉しそうに笑っていた。
ヒューヒューと、狛犬姉弟が囃したてる。
「うるせぇぞ、チビども!」と、祝はまた喚いた。
それからまた、ひとしきりの哄笑が湧いた。
一段落つくと、それにしてもーーと、瀬城が話を切り替えた。
「こんな短期間で、二人がこんなにも神通術を使いこなせるようになるとは思わなかったよ」
称賛と驚愕の混ざる目色で、祝と八尋を交互に見ると、
「〈疾空の三日月刃〉に〈如意自在の長槍〉かーーこれは、かなりの戦力になりそうだ」
と顎に手を置き、満足そうにうなずいた。
「それに、瀬城の〈模倣〉があれば、鬼に金棒。これはもう、勝ったも同然ですの!」
「ですぞ!」
やっと笑いを引っ込めた狛犬姉弟が、言葉を添える。
ようやく顔を上げた祝は、いまだ怒りに燻っていた。が、〈模倣〉という一言に、「あっ!」と弾けるような声をあげた。
「そう言えば先生、その〈模倣〉の力で、俺の神通術だって真似することができんだよな?」
「疾空の三日月刃かい?」
瀬城が、ことんと小首をかしげた。「そうだね、あれだけ何度も見させてもらったんだから、できるとは思うけど……」
「そんなら、せっかくなんだし見せてくれよ」
ちょっと挑むように、祝は言った。
え? と瀬城が目を丸くする。
「君と同じ神通術なんだよ? 君にとっては、珍しくもなんともないと思うんだけど……」
それでも見たいのかい? と尋ねられ、祝はああ、見たい! と力強くうなずいた。
「本当に先生が模倣できてるのかどうか、見てみたいんだよ」
だから一回だけ、な? と拝み倒すような調子で、人差し指を顔の前に立てた。かと思いきや、今度は突然あごを突き出して、それとも、もしかしてーーと、自分でも小憎たらしいと思うような笑みを浮かべ、
「〈模倣〉なんて言っておきながら、ホントは猿真似程度のショボいモンしか出せなくてビビってる?」
直後、言われた瀬城の口の片端が、ピクリと跳ねた。
それを見た祝は、したり顔でさらにのたまう。
「そもそもさぁ、前の死神だって、俺がいなきゃ先生アイツにやられてたよなぁ? 昨日だって、一気に出してきた三十体の分身も、俺だけ神通術OKだったとはいえ、ぜんぜん手応えなかったしぃ」
ってことはさあーーと、じっとりとした目で瀬城を見て、
「俺が急激に強くなったっていうよりも、単に先生が弱すぎるんじゃ……」
言ってからすぐに、いやいや、と手を振り、慌てたふりをして、「そんなワケねえ、そんなワケねえよなあ」と、わざとらしい笑みを貼り付けた。それから、でもさあ、とさらに続けて、
「俺、心配なワケよ。先生の神通術が、本当に鬼に金棒なのかがさあ。いざ次の死神と相見えたときに、俺の足引っ張るようじゃ困るしさあ。だから事前に、ちゃあんとお手並みぐらいは拝見しとかないと」
だろ? と、カツアゲ中のチンピラよろしく詰め寄った。
迫られた瀬城の方は、因縁つけられて路地裏に連れ込まれた予備校生のような顔色である。
そして八尋と狛犬姉弟は、それを目撃してしまった知り合いのような表情で固まっている。
「じゃあ……一回だけ撃ってみようかな」
瀬城が、おずおずと頷いた。
よっしゃあ! と祝は食い気味に声をあげる。それからきょろきょろとあたりを見回して、適当な木の枝を見つけて引っ掴むと、
「じゃあ、これをちょっと離れたところで投げるからさ、先生は三日月刃で両断してくれよ」
と、瀬城の返事も聞かずに、ウキウキとその場を立ち去った。
「あやつ……瀬城が自分よりもショボい三日月刃しか出せないと思って、恥をかかせるつもりでいるですの」
「ですぞ」
狛犬姉弟が、いまだ微苦笑を引き攣らせたままでつぶやいた。
「たしかにちょっと揶揄いすぎたとはいえ、仕返しのやり方がねちっこいですの」
「ですぞ」
言って、二匹が八尋へと目を上げた。そのちょっと冷めた眼差しからは、あんなヤツのどこがいいんですの? という声が聞こえてくるかのようで、八尋はさっと逃げるように目を逸らした。




