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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第33話 迫り来る長槍

 僕の願いは、天瑞鏡がなくても叶えられるんだ、なんて言っておきながら、先生は最初から天瑞鏡を狙っていた――


 自分たちはしょせんただの捨て駒で、天瑞鏡の破片すべてが手に入れば、用済みとばかりに排除するつもりだった――


(けど、俺の異常な成長ぶりに、計画破綻の危機を覚えた。だから今ここで、八尋も一緒に俺を殺そうとしてるんじゃ……)

 祝は、水を浴びたようにぞっとした。心臓の鼓動が、早鐘を打つように激しくなった。

 

 同時に脳裏に蘇ったのは、昨日の瀬城の剣幕だ。強くなってゆく祝に、彼は喜ぶどころか責めるような調子だった。疑念と恐れの混じる目色で、祝のめざましい成長を見据えていた。


 きっとあのときからだ、俺が邪魔になったのは――と、祝は思った。あのときにきっと、自分と八尋の殺害を思案していたに違いない、と。


「……祝」

 いまだ押し倒されたままの八尋が、口を開いた。「逃げてばかりじゃ、いつか当たっちゃう。神通術で対抗しなきゃ」


「うるせぇ、黙ってろ!」

 八つ当たりのように悪態をつき、祝はようやく立ち上がった。八尋の腕を掴んで引き上げてやると、また真正面から長槍の穂先が顔を出した。


 祝は八尋の肩を掴んで押し退けて、同時に自身も跳ね飛び長槍を躱す。 


 見慣れてきたせいか、長槍の速度がわずかに緩慢になったような感覚があった。が、どうしても三日月刃を放つ勇気だけは引き出せない。


 二人で向かい合っていると、今度は八尋の背後にある瘴気から鋭い穂先が現れた。


 祝は八尋の背を押して、弾道から彼女をずらしてやろうとした。しかし――


「ほーりッ!」

 叫ぶ八尋が、祝の背後を指差した。


 祝は首をねじって、八尋の指先にある光景に目を遣った。そこでは、さらなる穂先が瘴気の中から顔を出し、祝の背中を狙っていた。

 それだけではない。祝が首を巡らせると、瘴気の中からこちらを睨む長槍の穂先は、今や無数となって、祝と八尋を取り囲んでいた。しかも上段、中段、下段にと、几帳面に三段に整列されて、それが一挙に飛び来れば、もはや躱すことなど不可能だった。


 分身がいるとはいえ、なぜ瀬城にそんなことができるのか――という疑問よりも早く、

(殺されるーー!)

 という予感が、祝の全身を駆け巡る。


 次の刹那、長槍が一斉に全貌を晒して、猛然と二人に殺到した。


「クソったれぇぇッ!」

 左腕で八尋を抱き寄せると、祝は無我夢中で右腕を横薙ぎに振り払った。

 飛び出した三条の三日月刃は、上段、中段、下段に別れ、湾曲しながら空を馳せ、まずは八尋に差し迫る長槍の柄をスッパリと両断していった。

 真っ二つになった長槍は、棒切れのようになって、次々と落下。


 三日月刃は、さらに瘴気に沿って左旋回し、押し寄せる長槍を両断してゆく。

 そして速度はさらに増し、祝の背後と右方向から飛来する長槍までもをへし折り一周すると、陽の光に混じって消え去った。

 残されたのは、柄を切り落とされて、地面に転がる長槍のみ。


 しかし、すぐにまた無数の穂先が、瘴気の中から現れて、横殴りの雨のごとくふたたび二人に襲いかかった。


 もう、祝の胸に迷いはない。


 八尋の背後へと迫る長槍に眦を裂いて、まずは右手で放った三日月刃を左旋回に疾らせた。

 すぐさま左腕を横ざまに払い、飛び出した三日月刃を右旋回にけさせる。

 左旋回する三条の三日月刃が、上段から中段の長槍を両断すると、低空で右旋回する三日月刃は、下段の長槍を切り伏せた。

 

 旋回する三日月刃から、偶然にも逃れた長槍が、二人のすぐそばにまで差し迫った。


 祝は、掬い上げるようにして腕を振り抜き、飛び上がる三日月刃が、その長槍を瘴気の外へと打ち上げた。

 

 そうしてまた、左に右にと三日月刃を旋回させて、長槍の強襲を排撃してゆく。

 

 いつしか二人のまわりには、棒切れとなった長槍が、地面を隠すほどに積まれていた。


 それでも、三日月刃の勢いは止まらなかった。それどころか、祝が投げ放つたびに刃はさらに大きくなって、馳せる速度も上昇してゆく。そのうえ刃はただ大きくなるだけでなく、知らぬ間に長槍の柄どころか、刀身までもを断ち折ってしまうほどに強靭なものへと進化していた。


 対して、()()()()()()()()()()使()()()は、とうとうへばり始めたようだった。飛び寄せる長槍は手で掴み取れそうなほどに減速し、その数も目に見えて減ってゆく。

 

 そこへ、紫色の濃煙だった腐敗の瘴気が、風に混じって千切れはじめた。淡い紫色の薄煙へと変わり、向こう側の景色が開けてゆく。

 長槍もピタリと飛んでこなくなり、祝は振りかぶっていた腕を警戒しつつもそっと降ろした。

 

 とてつもなく永い時間のように思えたが、長槍の猛攻は五分程度の出来事だった。


 瘴気がすっかり消え去ると、祝は知らずに溜め込んでいた息を吐き出した。八尋を護りきれたことにほっとして、猛りたっていた血も冷めてゆく。


 しかし、瀬城への激昂に、すぐにまた全身の血が沸いた。カッと目を剥き、歯を軋らせ、半身をねじり回して彼を捜した。


「あの野郎……」


 瀬城は元いた場所で、何食わぬ顔で佇んでいた。狛犬姉弟もそばにいる。

 祝は、飛びかかる勢いで瀬城へと駆け寄り、胸ぐらを掴んだ。

「アンタ、俺たちを殺すつもりだっただろ! 綺麗事いっておいて、やっぱりあんただって天瑞鏡がほしかったんだ!」

 だから俺たちを利用するために、仲間に引き入れたんだろ! と噛みつかんばかりの怒声を飛ばす。

「だけど俺の強さに恐れをなして、殺しちまおうって思ったんだろ!?」


 瀬城は、口をポカンと開けて、まばたきを何度も繰り返している。


 とぼけやがって、と祝は心中で毒づき、舌打ちを鳴らした。そして怒りは極みに達し、瀬城の顔をさらに引き寄せ、吼え立てた。


「俺はともかく八尋を巻き込むなんて、ぜってえ許さねえ!もしあいつに何かあったら、俺だってもうアンタに容赦はしねえからな!」


「……」


「何とか言えよ!」


 瀬城はしばし黙って、丸くさせた目で祝を見つめていた。かと思いきや、突然プッと噴き出して、

「ふふふふふっ、アハっ、はははははっ」

 肩を震わせて笑い出した。


「な、何がおかしいんだよ!」

 祝は、瀬城の胸倉を揺さぶった。


 しかし瀬城は、がくがくと揺さぶられるほどに笑い声を高くして、しまいには腹を抑えて涙まで浮かべる始末だった。

 

 気づけば、狛犬姉弟までもが、祝を指差し笑っている。まさか――と思って振り返れば、なんと八尋までもが口に手を当て、必至に笑いを堪えていた。


「おまえら……いったい何がおかしいんだよ!?」


 哄笑に包まれるなか、祝は喚いた。独り置いてけぼりをくらって不安を感じていると、八尋が目に浮かんだ涙を拭いつつ、ごめんね、祝、と口を開いた。

「必死に護ってくれて、すっごく嬉しかった。でも、わたしは大丈夫」


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