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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第31話 異常な成長

 特訓五日目。

 瀬城が、四日ぶりにやって来た。


「今日は、僕の分身が君の相手をする。分身は素手のみで相手をするけど、君は遠慮なく三日月刃を放ってくれてかまわないよ」


 挨拶もそこそこに瀬城から課題を告げられると、祝はニヤリと笑って指の骨をポキポキ鳴らした。


「よっしゃ! いよいよ神通術解禁だな」

 階段から本殿に通ずる石畳の小道を挟んで、祝と瀬城が向かい合う。


 祝は、いつでも三日月刃を放てる体勢で身構えた。

 瀬城が大きく息を吸った。数瞬溜めて息を吐くと、同時に五体の分身が瀬城の身体から飛び出した。

 げっ、と祝は目を剥いた。

「いきなり五人!? 一人じゃねえのかよ!」

「はじめッ!」

 祝の苦情をきれいに無視して、瀬城が試合開始の声を放った。


 最初の威勢はすぐに散って、祝はその日、一度も三日月刃を放つことはできなかった。

 手加減してくれているのは体感しつつも、五体同時の殴打と蹴撃の嵐を浴びて、それでも三日月刃を放とうと振りかぶっても、その腕を取られて投げ飛ばされた。

 その繰り返しが二時間ほど続き、陽が沈むころには、腹ばいになって地面を掻き、そこからピクリとも動けなくなった。


「ちきしょう……五人なんて、卑怯だぞ」

 口の中の土を味わいながら、祝は呻くような声を絞った。頭上からは、ケタケタと日暈の憎たらしい笑い声が降ってくる。


「それじゃあ、今日のところはおひらきにしようか」

 瀬城が、腹立つほどに爽やかに言った。しかし祝は、もう指一本動かせない。

 

 そこで今日は八尋ではなく、皮肉にも滅多打ちにしてきた五体の分身に神輿のように担がれて、山を下って瀬城の新しい車に詰め込まれた。


 特訓六日目。

 この日も、瀬城の分身との実戦練習が行われた。

 

 そして、墨を溶かしたような暮色が空に滲み始めたころ、やはり祝はその景色を地面に背をつけて眺めていた。しかし、その顔は昨日とは違って、かすかに勝ち誇った笑みを浮かべていた。


 五体いたはずの瀬城の分身は、わずか一体しか残っていなかった。消えた四体は、祝が三日月刃で斬り伏せたのだ。

 

 瀬城は、わずか一体となった分身をかき消すと、祝の顔を見下ろした。昨日からの余裕の笑みは、すっかりなりを潜めている。


「どうだ、先生。四体もぶった斬ってやったぜ?」

 喋ることすら億劫だったが、祝はここぞとばかりに勝ち誇った。


 ああ、と瀬城はうなずいた。

「本当に驚いたよ。まさか、たった二日でここまでやれるようになるなんて思わなかった」


 思っていた以上の賞賛に、へへっ、と祝は目を細めた。

「俺がここまで強かったなんて、意外だったろ?」

「いや、君は元々そんなに強くない」

 瀬城が言下に否定した。しかし、祝がカチンとくるよりも早く、ただ――と続けた。

「想像を絶するほどに成長が早い。早すぎる。異常じゃないかと思えるほどに」


 そうなのか? と祝は思う。そんなことを言われたのは初めてだ。

 中学時代の体育の成績は、頑張ったところでたいてい『4』。短距離走や長距離走の記録は、毎年ほとんど横ばいだった。球技だってバスケ部員やサッカー部員よりも抜きん出ることなんてまずなかったし、柔道をやっても、柔道部員相手にまともに立ち回れた記憶なんて一度もない。


 だから、先生の気のせいだ——と、内心で笑った。が、こちらを見下ろしてくる瀬城の瞳は、まるで底の見えない深い穴を覗き込んでいるかのように、硬く縮こまっている。

 日暈も一緒になって、思案に沈んだ顔色だ。


 祝は褒められているはずなのに、居心地が悪くなって、返事に詰まった。

 空気が、かすかに緊張をはらむ。


 そこへ、二つの足音が近づいてきた。八尋と月暈だ。

 倒れている祝を見て、八尋が呆れ顔でため息をついた。

「まぁたコテンパンにやられたの?」

 まったくもぉ、と言って腕を組み、「祝って、ぜんぜん成長しないんだから」

 と、言い放つ。しかし、何があったのかまったく知らずに出たであろうその言葉が、思いがけず空気を和やかにした。


 うるせっ、と祝は言い返し、瀬城がクスッと笑みを零す。

「さあ、帰りましょう」

 八尋が、さらにその場を清々しくするかのような声で言った。

 

 そうして昨日と同様、瀬城の分身が祝を担ぎ、三人は何事もなかったかのように帰路についた。


 七日目も、瀬城の分身との実戦練習が行われた。

 瀬城が出した分身は十体に増え、祝は「ふざけんな!」と抗議した。


 ところが、祝はそのすべてを三日月刃で切り伏せて、瀬城と日暈を唖然とさせた。


 特訓八日目。

とうとう祝は、瀬城の分身二十体に囲まれる破目になった。

「はじめッ!」と本物の瀬城の声が飛ぶと、二十体の分身が、一斉に祝へと殺到した。


 しかし祝は、迫り来る拳を難なく躱し、繰り出される蹴りにもバネのように跳び退いて、同時に三日月刃を放って斬り伏せた。

 躱し、往なし、掻い潜り、僅かな隙を衝いては三日月刃を疾らせ斬り捌く。そうして、とうとう二十体の分身すべてを消し去ってしまった。そのうえ要した時間は、十分ほど——


 瀬城と日暈は凍りつき、さすがに祝自身も驚いた。

「もう一度だ」

 低く、圧しつぶしたような声で瀬城が言った。

 

 へ? と、訊き直す祝に、声を返すどころか一顧もくれず、瀬城が三十体の分身をつくりだした。

「お、おい! 先生——」

「はじめッ!」

 止めようとする祝の声を遮って、瀬城は叫んだ。


 三十体の分身が、すぐさま祝を取り囲み、怒涛のごとく殺到した。


 そしておよそ五分後——息を弾ませながらも、祝は三十体の分身までもを掃討そうとうしてしまった。


 分身に、手加減の気振りは一切なかった。その証拠に拳と蹴りをらった身体の数箇所では、今でも痛みが脈打っている。


「祝くん……君はいったい、何者なんだ!?」

 瀬城が険しい顔で祝へと詰め寄り、肩を掴んで揺さぶった。

「めざましい成長なんてもんじゃない。身体能力に加えて、攻撃に対しての耐久力や疲労回復の早さまでもが、明らかに尋常じゃない速度で上昇している」

 そのうえ神通術もだ、と続けて、祝の肩を掴む手に力が籠った。

「練熟度の上がり方が、早すぎる。君が三日月刃を放つたび、刃の大きさ、切れ味、走破する速度、すべてが直前に繰り出したものよりも、遥かに上回っているんだよ」


 どうやったら、そんなに早く強くなれるんた? 

 君はいったい何をしたんだ?


 責めるような目で射抜かれて、祝はあわあわと動揺した。

「お、俺にもわかんねえよ!」

 だって――

「今までは、何やっても人より巧くいったことなんて一度もなかったのに……」

 もう、訳がわかんねえよ、と消え入るような声で呟いて、瀬城の視線から逃げるように目を伏せた。


「まあまあ、瀬城」

 日暈が、宥めるような声で割って入った。「理由はわからないにしても、仲間の成長が早いことは歓迎すべきことですの。最初はおぬしの足を引っ張るだけなのではと懸念していたけれど、これで死神討滅に大きく近づいた。祝の成長は嬉しい誤算であって、悩む必要なんてないですの」


 祝は心の中で、何度も日暈に頷いた。そうだ、褒められこそすれ、眉間に深い皺を寄せて、難詰される覚えはない。確かに自分でも奇妙ではあるが、仲間の大躍進なんて、歓迎すべき僥倖ではないか。


 瀬城もようやく眉宇を緩め、

「……そうだね」と、浅くではあるが頷いた。祝の肩から両手をどけると、一瞬、二瞬の間を置いて、たしかにその通りだ、と笑みをひろげた。

「かなり驚きはしたけれど、仲間が頼もしいことに越したことはない」

 期待してるよ、祝くん、と言って、いつもの優しい瀬城先生の顔へと戻った。


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