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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第29話 特訓開始

 

 二人は立ち上がって外へ出た。埃を吸ったせいか、緑樹の香りの混じる新鮮な空気に、思わず深呼吸してしまう。

 

 日暈が、扉のすぐそばの欄干に腰掛け、足をぶらぶらさせている。


「僕もかつては、ここで神通術の修行をしたんだ。朝から仕事だっていうのに、一晩中狛犬姉弟にしごかれたよ」

 苦笑いする瀬城に、月暈がニヤリと得意げに笑った。

 祝は、ふーん、とだけ返して、さっきは気づかずにいたものに目が留まった。見下ろすことで見つけたのは、前庭のそこかしこに点在する穴だった。そう深くはないが、一帯の草は焼け失せて、土は真っ黒に焦げている。

 焚き火の跡かな、と祝は思った。きっと瀬城が一晩中修行していたころに、外灯代わりに焚いたのだろう。


 さて――と瀬城が声を深めて、祝の意識を引きつけた。

「まずは最初に、僕が()()使える神通術について教えておこう」

 

 ()()? と聞き返し、祝は瀬城へと向き直った。


「一つ目は〈腐敗の瘴気〉。二つ目は〈分身〉」

 言いながら瀬城は、上げた右手の人差し指と中指を順に立てた。

「それに加えて、〈波動の弓矢〉と〈疾空の三日月刃〉」

 と、薬指と小指までもを持ち上げる。

()()()()()はこの四つだね」


「――は?」と、祝は目をパチクリさせた。 

 〈波動の弓矢〉は、昨晩に討った死神•青鹿毛炸靭の神通術だ。それに〈疾空の三日月刃〉は、祝が駆使するものである。それをなぜ先生が? それに、今のところ――と言う言葉が、これでもか、というほどに引っかかる。

 

 そんな祝の内心の疑問を読み取るように、瀬城は答えた。

「〈神通術の模倣〉——それが僕の本来の力なんだ。〈分身〉と〈腐敗の瘴気〉は、僕がかつて斃した二人の死神から。〈波動の弓矢〉は、昨日君が斃した死神から。そして〈疾空の三日月刃〉は、君が使う姿を見たことで、模倣できるようになったんだ。僕は術者が駆使するところを一度でも見れば、その神通術をコピーすることができるからね」


「す、すげぇ……!」

 祝の口から驚嘆が漏れる。「それって、これから出会う死神の神通術も真似することができるってことだよな?」

「ああ、もちろん」

「それって、最強じゃねぇか!」


 それはどうかな——と瀬城が苦笑する。

「使いこなせるようになるには、やっぱりそれ相応の練習が必要だからね。だけど、死神と相見えるほどに、戦況を有利に運べることはたしかかな」

 ああ、それに、と思い出したかのように付け加えて、

「いちばん最初の死神と闘ったときは、大変だったんだよ。だってそのときの僕は、何の神通術も使えなかったからさ」


「あっ」と、祝が声をあげる。「じゃあ、どうやって死神を斃したんだ?」

 待っていた通りの質問だったのか、瀬城が満足そうににっこり笑った。

「そのいちばん最初の死神が駆使するのは、腐敗の瘴気だったんだ。たから僕は、完全密閉型の防護服を着込んで奇襲したんだ。空気ボンベまで背負ってね。動きにくいったらなかったけど、相手の死神も自分の神通術が効かないもんだから、ずいぶんと焦ってたよ」

 初めての死神殺し。そのうえ女の死神だったゆえにためらいもあったが、心を鬼にして何とか討ち果たすことができたという。


「ああ、なるほど」祝は素直に感心した。が、宇宙服のような防護服を着て、暴れまわる瀬城の姿を想像すると、悪いとは思いつつも吹き出してしまった。


 瀬城は、首をかしげている。なぜ笑われているのか、わかっていないようである。


 それじゃあ――と、日暈が腰掛けていた欄干からぴょんと飛び降り、割って入った。

「次はわっちゃから、今後闘うことになる死神たちの神通術について話しておくですの」

 日暈が語ったのは、無謀にも月暈と二匹だけで戦いを挑んだという十人のうちの六人の死神についてであった。昨晩、祝が斃した死神の神通術が〈波動の弓矢〉。そして、瀬城がすでに討ったという死神の神通術が、〈腐敗の瘴気〉と〈分身〉 。そして今後相まみえることになる六人中のこり三人の死神たちの操る神通術がどのようなものかを教えられた。

 どれもが、奇っ怪な幻術ばかりである。祝もそれを使う一人になったとはいえ、体得してからまだ一日も経っていない。ゆえに、本当にそんなことが成し得るのかと、話を聞いただけでは戦慄よりも疑念の方が立ち(まさ)った。


 それから祝は、日暈に尋ねた。

「それで、あと残り四人の死神は? そいつらについては、何も知らないのか?」

 

 日暈は、静かに首肯した。とみるや、「ただ――」と、か細い声をポツリと零した。

「一人だけ、噂を耳にしたことのある死神がいるですの」

 曰く、その死神は――

「ただただ強く、ひたすらに強い。そう聞いたことがあるですの」


「はあ?」祝の顎がカクンとなった。「それって、どんな神通術なんだよ」


 日暈がまた、目を伏せながら首を振る。

「わからないですの。皆目見当もつかないですの」


 祝は顔を顰めて、また「はあ?」と返した。「何だよ、それ……」


「まあ、わからないんだったらしょうがないよ」

 瀬城が、宥めるような声を挟む。「そんなに強い相手なら、僕たちもそれに対抗すべく強くなるしかない。今は、特訓あるのみだ」


 こうして、十日間の猛特訓が幕を開けた。といっても、その日は適当な枝を数本地面に突き立てまとにして、三日月刃で撃ち込むだけの軽いものでおひらきとなった


 


◇◆◇◆




 次の日の放課後――特訓二日目。

 祝が正鹿神社本殿への長い階段を上りきると、待ち構えていたのは、竹棒を持った日暈であった。神通術の修練の前に、まずはわっちゃが組み打ちの稽古をつけてやるですの、と鼻息を荒くして勇んでいる。

 

 瀬城は来ない。一昨日の病院の防犯カメラの映像は、その日の夜に差し替えたものの、蜂の巣にされた診察室の壁の張り替えと、窓ガラスの交換、それに鉄屑にされた自家用車の撤去を済ませなくてはならないからだ。病院への説明もまだ完璧には済んではおらず、警察を喚ばせぬように説得するには、何かと裏で手を引く必要があるらしい。

 


 肩透かしを食らって、祝のやる気は途端に萎えた。

 いくら甲羅を経ている神使とはいえ、その姿はどう見たって幼女である。そんないたいけな生きもの相手に取っ組み合いなんてしようものなら、弱い者いじめどころか犯罪だ。


「やってらんねえ」

 祝は早くも上段に構える日暈に吐き捨て、もと来た階段を下りようとした。

 

 しかし、その背中に向かって、

「おぬし、そんなにわっちゃが怖いですの?」

 と、日暈が勝気な声を吹きかけてきた。


「ああ?」と、祝は荒っぽい声で振り返る。日暈は竹棒を構えたまま、不敵な笑みを浮かべていた。それどころか、

「そうビビらずとも、最初のうちはちゃんと手加減してやるですの。だから逃げようなんてせずに、堂々とかかってくるですの」

 と、挑発までもを浴びせてくる。


「あのなぁ」祝の声が、物騒になった。目つきの悪さも、いたいけな幼女に向けていいものでは、まったくない。


「もしここで逃げようもんなら、祝はわっちゃに恐れをなして逃げ帰った、と八尋に言いふらしてやるですの」

 それでもいいんですの? と、日暈が口の端だけで薄く笑った。


「あぁんだとぉ? ごぉらあ」

 祝は、いとも容易く挑発に乗り、うっすらと青筋を浮かべて拳を握った。


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