第28話 真鹿神社
次の日の放課後——
瀬城が記してくれたメモを頼りに辿り着いたのは、山奥にある廃神社だった。
電車を乗り継ぎ、バスに揺られ、獣道のような山道を登り、出迎えられたモノを見下ろして、祝はうわっ、と面食らった。
それは、根本で折れて地に伏した、無残な姿の鳥居であった。
年季の入った木造の鳥居だ。幾星霜の雨風に朽ちて、倒壊してしまったのか——
そんなことを考えながらも、妙な薄気味悪さを覚えた祝は、その脇を恐るおそる通り抜け、地面に転がっていた『正鹿神社』と書かれた扁額に目を落とした。
「ショウシカジンジャ?」
と首をかしげて呟くと、
「マサカ、って読むんじゃない?」
と言う、八尋の声が肩に掛かる。
祝は盛大に舌打ちして、ずんずんと大股歩きで、先へと進んだ。
「遠足に来たんじゃねえんだぞ」
唾を吐くようにして言い捨てても、八尋の足音は、止まることなく従いてくる。祝の口から、今度は盛大なため息が吐き捨てられた。
山道は、へし折れた鳥居を境に、なんの舗装もされていないほぼ獣道から、落ち葉にほとんど埋もれた石畳に変わった。幾分か進みやすくはなったものの、やはりローファーでは登りずらい。なぜスニーカーを持ってこなかったのかと三分に一回は鼻から太い息を零し、後方からは八尋の視線を常に感じて、五分に一回は背中を掻きむしりたくなるような衝動に駆られた。
そうやって一時間近く歩きつづけ、ようやく待ち合わせ場所である手水舎が見えてくると、祝の気持ちはかすかにほどけた。
今にも崩れ落ちそうな屋根の下に、三つの人影が佇んでいる。
「せんせー」と呼んで駆け寄れば、いちばん大きな人影が、こちらに向かって手を振った。
「やあ、祝くん、八尋ちゃん。迷わずに来れたかい?」
瀬城が、爽やかに微笑みかける。
隣では、腰に手を当てる狛犬姉弟が、祝を見るなり頬を風船のように膨らませ、
「遅いですの! 教えを乞う者が人を待たせるなんて、まったくいい度胸してるですの」
「ですぞ」
と、早くも一喝。
「うるせえな」
祝は、口をひん曲げた。「俺らはな、おまえらみたいな妖怪と違って、毎日毎日忙しいんだよ」
「よっ、妖怪じゃないですの!」
「ですぞ!」
狛犬姉弟が、握った拳をブンブンと振る。
「わっちゃらは、高潔なる神の使いであって、尊ばれるべき存在。妖物なんぞと一緒にするなですの!」
「ですぞ!」
「高潔なる神の使いは、お地蔵さんのおにぎりなんて食ったりしねえよ!」
早速いがみ合う一人と二匹に、瀬城が、まあまあ、と微苦笑を浮かべて割って入った。
「わざわざこんなところまで来てもらったのは、喧嘩するためじゃないってことくらいわかってるよね? 祝君と八尋ちゃんには、一日でも早く神通術を立派に使いこなせるようになってもらわなくちゃならないんだ。時間は無駄にはできないし、みんなで協力し合わないと」
そう、このひと気のない廃神社を訪れたのは、神通術の猛特訓のためなのだ。
かつて、この国の民は誰しもが神通術を能くしていた。人の魂は神から分け与えられたものであり、魂だけは神も人も同等だった。ゆえに魂から放出される霊力を具現化した神通術こそが、神威にも通ずる秘術であり、もしくは神に打ち勝つための唯一の潜在能力なのである。
神通術を遣って三人で立ち向かうことができたなら、必ずや死神を討ち果たすことができる。瀬城はそう断言し、そのための特訓が今日からはじまる。
期間は十日。狛犬姉弟が言うには、カグツチを宥めすかし、なんとか我慢させていられるのは、長くともあと一ヶ月が限度らしい。それまでに残り七人の死神を一人ずつ討ち、体力と霊力の回復のための休息日数を考慮すると、術の錬磨にあてられる時間は、十日が限度という結論に至った。
手水舎の先には、山頂へと繋がる険しい階段が続いている。しかも長い。祝は、まだ歩くのかよとゲンナリしながらも、気を取り直して頂上を目指した。
ちょうど中間地点には、神楽殿のような屋根付きの舞台があった。少し薄気味悪いが、慣れてしまえば集中するにはうってつけ——ということで、八尋はそこで月暈から火凝霊法を習うことになった。
祝は瀬城と日暈とともに先へと進み、ようやく辿り着いた頂上には、この正鹿神社の本殿があった。
流造のこぢんまりとした構えである。壁板のそこかしこが剥がれ落ちて、すっかり荒れ果ててはいるものの、茅葺屋根に苔むした緑は、見事と言っていいほどに美しい。
ここにはもう、信仰を集めた神様なんていそうにないのに、どこはかとなく森厳とした伊吹を感じるのは、この神殿自体が悠久の時を経て命を宿したせいかもしれない。
そして、本殿は小体な割に、前庭はかなり広かった。祝が通っている高校のグラウンドの半分以上の敷地があって、雑草が生い茂ってはいるもののそれ以外の障害物はとくに無く、たしかに特訓するにはもってこいの場所だった。
「そういえば先生、カグツチは?」
祝が、ふと思い出して、瀬城に尋ねた。
瀬城は、ああ、と眉毛を持ち上げ、スタスタと本殿へと歩いていった。賽銭箱の脇を抜け、階段を上り、引き戸に手をかけ、建て付けの悪いそれををガタガタと揺らしながら開け放ち、薄暗い室内へと入ってゆく。
祝はそれを、賽銭箱の前でおずおずと覗いた。
瀬城が中で、こっちこっちと手招いてくる。
ちょっと躊躇いながらも頷き返し、祝はおっかなびっくり中へと入った。家具や神具らしきものは、一切ない。あるのは埃と砂埃と、瀬城のものであろう大きなスポーツバックと旅行バッグ。それと隅には、淡い炎の光を透かす、大きな鬼灯が置かれていた。
しゃがんで中を覗いてみれば、炎に包まれた赤ん坊が、横たわって胸を穏やかに上下させている。表情どころか、首から上が欠けているので定かではないが、どうやら眠っているようである。
「ここなら、死神たちが血なまこになって探したって、そう簡単には見つからない。僕らがいないときでも、日暈と月暈がずっとそばにいて見張ってくれるから心配ないよ」
言って、瀬城も膝を折ると、悪戯っ子な少年のようにニカッと笑った。
「ちょっと薄気味悪いけど、なんだか秘密基地みたいだだろ?」
祝もつられて歯を見せた。こんな場所、よく見つけられたもんだと感心した。




