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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第26話 山南将一という男

 中学三年生になり、本格的な進路選択の時期になると、祝は就職を希望した。

 施設の教諭たちには、支援金制度があるんだから遠慮なんてしなくていいんだと諭されたが、祝は別に遠慮して就職を選んだわけではなく、ただ気ままな一人暮らしへの憧れがあっただけだった。

 八尋のいない学生生活なら青春も謳歌できるかも、という考えもチラついたが、どうせ真面目に勉強するわけがないのに支援金をあてにするのは気が引けて、結局は就職の道を選択した。


 そんなとき、一人の弁護士が、祝に会うために施設へとやって来た。

 その男は、此葉の父の妹の夫――祝にとっては、大叔父に当たる人物から雇われてきたと言って名刺を渡した。

 大叔父は山南将一やまなみまさかずという名で、次いで祝が受け取ったのは、その山南からの手紙だった。

 綴られていたのは、血涙けつるいの気配すら感じるほどの後悔と、祝への心底からの謝罪だった。


 朔夜と此葉がまだ恋人同士であったころ、二人は結婚なんて、とうてい叶わぬ夢と諦めていた。しかし、噂を聞きつけた山南が、二人の前に現れ、結婚を後押ししたという。というのも、山南とその妻は、親族から猛反対されながらも、故郷を飛び出し、結婚を強行したという過去があった。

 学歴のない男と、箱入り娘で世間知らずだった女の駆け落ち生活は、常に苦労が絶えなかった。しかし、四十代で会社を興し、五十代で軌道に乗ると、それなりの財産も手に入れた。

 けれど、何よりも望んだ子供だけは授からず、老いを感じるころになると、寂しさを振り切ることができなくなったのか、妻が故郷に帰りたいと言い出した。 

 山南はそれを承諾し、会社は創業時から支えてくれた部下に譲って、二人は故郷へと戻ることになった。


 二人はまず、妻の実家を訪れた。結婚を猛反対した義理の両親は、揃って老人ホームで暮らしていて、出迎えたのは妻の兄夫婦と、その三人の息子と一人娘。

 妻の兄であり、山南にとっての義理の兄は、山南の成功を祝福し、夫婦の帰郷を歓迎した。


 こうして山南夫婦は、懐かしの故郷で第二の人生を送ることになり、穏やかに暮らすはずだった。


 ところが、引越ししたマンションでの暮らしがはじまると、妻が一年も経たずに急死した。愛する妻のために実家から近いマンションを購入し、二人で習い事でもはじめてみるか、なんて言っていたそばからの出来事に、山南はひどく打ちひしがれ、独りでは広すぎる部屋で侘しく暮らす日々となってしまった。


 それから数年が経ったのち、義兄から末っ子の娘が、どうやら結婚しだがっているようなのだ、という話を聞いた。娘は病弱で、病状は良くなるどころか悪化するばかり。それだけならいざ知らず、相手の男も病弱で、生活力は見込めない。そんな二人が結婚だなんて、若気の至りとはいえ馬鹿馬鹿しいにもほどがある――そう愚痴る義兄を前にして、山南は目が醒める思いがした。

 ああ、あの()か。名前はたしか……そう、此葉ちゃんだ。

 思わずつぶやいた途端、記憶が鮮やかに蘇った。


 初めて彼女に会ったのは、今は亡き妻と久しぶりの故郷に戻った日のことだ。

 義兄とともに出迎えてくれた此葉は、若いころの妻に瓜二つだった。山南は、おお! と思わず声をあげ、当の本人である妻も目を丸くしていたほどだった。


 二回目に会ったのは、妻の通夜の日のことだった。 

 悲しむどころか、妻をうしなったことをまだ信じられずにいた山南を、いちばん気にかけてくれていたのが此葉だった。あのときはほとんど放心状態で、ろくに礼も言わずじまいだったが、心根の優しいところまであいつにそっくりだったなと、山南は今にして目頭が熱くなった。


 そうなると居ても立ってもいられなくなって、義兄から入院先の病院を聞き出し、その足で此葉に会いにいった。そこで彼女に、相手の男も半ば無理矢理に喚び出してもらって、三人は入院棟にある談話室で落ち合った。


 そうして実際に会ってみると、此葉の恋人である稲司朔夜(いなもりさくや)という青年は、義兄が苦々しげにぼやくようなタイプの男では決してなかった。若さゆえに無茶をしでかすようなきらいもなく、温厚で勤勉で誠実で、此葉を心から大切に想っているその気持ちは、彼女へと向ける眼差しを見ればすぐにわかった。

 確かに病弱のようではあるものの、だからといってめげることなく、自立心も強かった。誰にも頼ることなく、若者向けの漫画や雑誌を中心とした翻訳の仕事で、しっかりと生計を立てていたのだ。

 

 そんな彼を山南はすぐに気に入り、結婚したいのなら、すればいい、と切り出した。困ったことがあれば、私がいくらでも援助するから、遠慮なく幸せになればいい。私と妻も、まわりから猛反対されて駆け落ちしたが、心から幸せだったし、一度だって後悔はしていない。だから君たちにも悔いのない選択をしてほしい。

 それに、もし子供が生まれてきても心配はいらない。本音を言えば、私も一緒に可愛がりたい。君たちやその子が望むなら、どんな教育だって受けさせてやる。大人になるまで責任を持つ。だからどうか、幸せになることを諦めないでほしい――


 そんな必死の説得に、朔夜と此葉は困惑した。 

 しかし、山南の祈るような気持ちが通じたのか、真摯な顔つきに転じた朔夜が、考えてみます、と返して、その日はとりあえず解散になった。

 

 そして、此葉から結婚することになった、と言う電話をもらったのは、一週間後のことだった。


 山南は、ふたたび息せき切って病院へと向かった。

 待ち受けていた朔夜と此葉が照れくさそうに見せてくれたのは、薬指に光る指輪だった。


 その瞬間、妻を亡くして以来、灯の消えたような日々をただ無気力に生きるだけだった山南の胸間に、眩しい活力の陽射しが差し込んだ。

 儚くも微笑ましいこの夫婦に、残りの人生のすべてを捧げよう。少しでも幸せであるよう支え続けよう。

 身弱な此葉に、子供を望むことはいけないことくらい弁えている。しかし、何よりも子供を欲しがった亡き妻と瓜二つの彼女の子供となると、つい期待せずにはいられない。

 それに、朔夜だってなかなかの好青年だ。この二人の子供なら、どちらに似てもさぞかし可愛いことだろう。

 想像しただけで胸がふくらむ。もし生まれてきてくれたなら、孫のように――いや、我が子のように愛し抜こう。

 そう心に誓うと、働き盛りだったころと劣らぬ気力が湧いてきた。余生を行く道筋が、やにわに輝くようだった。


 だか、しかし――そんな山南のすべてを吸い尽くそうと、狙い定める者がいた。


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