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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第25話 捻じ曲がる心の音

 祝の両親はふたり揃って病弱で、ニ十代で入退院を繰り返していた。

 出会ったのは同じ病院の入院棟。父親である朔夜さくやが二十四歳、母親である此葉このはが二十二歳のときだった。

 およそ一年後に淡い交際がはじまって、まわりは、どうせしがない恋愛ごっこで終わるだろうと、鼻で笑った。

 

 しかしその二年後、二人は結婚を押し切った。そしてさらに二年後に祝が生まれた。

 

 朔夜が亡くなったのは、その次の日だった。

 

 此葉は、子育てと自身の治療に奮闘したが、病魔は着実に彼女を蝕んだ。祝がニ歳になったころ、此葉は入院を余儀なくされ、親子ふたりは引き離された。


 祝はまず、朔夜の兄夫婦の家に引き取られた。しかし、海外赴任が決まったことを理由に見切りをつけられ、一年半ほどでその家を離れた。


 次に引き取られたのは、此葉の三人の兄夫婦だった。

 祝は、ちょうど物心がつきはじめたころから四歳になるまでのあいだ、その三つの家庭をたらい回しに二周した。

 憶えているのは、六人の叔父•叔母夫婦による憎悪を剥き出しにした冷遇と、なぶりものにでもするかのような嘲弄ちょうろうだった。

 

 さすがに彼らも、本人を目の前にして罵声を吐き捨てるようなことはしない。ただ、あからさまに自分のことだとわかるように、そしてしっかりと聞こえるように、愚痴、陰口を祝の耳に注ぎ続けた。

 

 ――可愛げがないどころか、なんて浅ましい顔した

子供なのかしら。ホント憎たらしいったらないわよ。


 ――下衆い父親と、馬鹿な母親から生まれたんだ。下品な子供が生まれてくるのも、当然さ。


 ――ねえ、いつまでこの家においておくつもり? ウチの子たちの影響にも悪いわよ。


 ――そうだな、半年も面倒みてやったんだ。そろそろ兄さん夫婦のところに送り返すか。


 四歳にもならない子供なら、おねしょや食べ物をこぼすいった粗相は茶飯事だ。しかし、それを祝がしようものなら、蛇蝎だかつを見るような目を彼らは投げ、あるいはこんな恥知らずは見たことがない、という台詞がはっきり聞こえるような冷笑を多分に浴びせた。

 それでいて、どの夫婦も我が子は舐めるように溺愛する。


 祝には、なぜ自分がここまで忌み嫌われているのかがわからなかった。いらぬ面倒をかけさせているからだと子供ながらに(わきま)えてはいたが、それでも異様なほどの嫌われようには違和感があった。

 

 思い当たる節があるとすれば、やはり両親である朔夜と此葉だ。叔父•叔母夫婦は、いつも朔夜のことを下劣な父親、卑しい男、下衆野郎――などと罵りたおし、此葉のことは、そんな男に騙された馬鹿な女、世間知らず、愚かな妹――と、呆れ交じりに嘲笑した。


 だから祝は、お父さんとお母さんは、きっととても悪いことをして、叔父さんや叔母さんを困らせたんだと思い込んだ。だから子供である自分も嫌われ、虐げられているんだと、朔夜と此葉を内心で責めた。


 結局、祝は四歳になったころに、児童養護施設へと送られた。


 八尋との腐れ縁がはじまったのは、ここからだ。

 

 八尋は、祝よりもずっと幼いころから、その児童養護施設で暮らしていた。実の両親は彼女が生まれてすぐに他界したらしく、それ以上のことは、何ひとつ本人すらも知らなかった。


 当時の八尋は、ひどく内気な少女だった。なのに、知り合って数日で祝にだけはやたらと懐き、四六時中つきまとうようになっていった。


 祝も恥ずかしがりはしたものの、なんだかんだで八尋の面倒をみてやっていた。なにせ、生まれて初めて母親以外で慕ってくれた存在なのだ。嬉しくないはずがないし、当時の祝にとって、心の大きな支えになっていたのは間違いない。


 八尋は、憧れを満面に湛えて祝につきまとい、祝も妹ができた気分になって、あれこれ世話を焼いてやった。

 

 しかし、そんな微笑ましい時間も、あっという間に終わることになる。


 二人が五歳になったころだった。成長するにつれ、いっそうがぐわしくなってゆくであろう八尋の愛らしさに魅了され、このをぜひ我が子として迎えたいと申し出る夫婦が現れた。

 

 今の八尋の父親であり、帝徳大学付属病院の院長と、その妻の海童わたつみ夫妻だ。


 当時、養子を実子として公証できる特別養子縁組制度は、六歳未満の子供のみが対象だった。夫妻は、大急ぎで手続きを踏み、その後、海童邸にて互いの相性をはかるための生活がはじまった。

 

 八尋は海童夫妻によく懐き、海童夫妻も、八尋をますます気に入り、愛情を深めた。


 そうして六ヶ月の監護期間を経ると、夫妻は家庭裁判所の許可のもと、念願の愛娘を授かった。

 

 八尋にとっても、これ以上にない僥倖(ぎょうこう)であり、誰もが(うらや)むシンデレラストーリーだったことだろう。

 施設の職員たちも、八尋の旅立ちを大いに喜び、祝福し、子供たちも笑顔で手を振り、見送った。

 

 その中で、祝ただ一人だけが、八尋がいなくなった事実を呑み込めずに愕然とした。唐突に唯一の支えとしていたものを引っこ抜かれ、あれよあれよという間に持ち去られてしまったかのような思いだった。


 少しずつ現状を呑み込めるようになると、ああ、自分はまた捨てられたんだ、と結論づけた。自分なんかが懸命に想いを注いだところで、芯から慕われるわけなどなかったのだという諦観(ていかん)が、まだ六歳にも満たない少年の口許に、うらぶれた薄笑いを刻ませた。


 そのとき、胸の奥で何かが不穏な音をたてるのを聞いた気がした。

 心が(ねじ)れてゆく音だとすぐに悟った。叔父•叔母夫婦に揉みくちゃにされて、それでも一度は八尋の無邪気さが()め直してくれた。しかし、支えをまた失って、ふただび捩れてゆく心の悲鳴を、祝はただ慰めるすべもなく聞いていた。

 そんな心を抱えたままで、祝は六歳になり、小学生になった。


  驚くことに、同じ学校の、しかも同じクラスに八尋がいた。

 物理的な距離で測っても、なんとなく遠くへ行ってしまったと思い込んでいたが、海童家は案外おなじ学区内であったらしかった。


 さらに祝を驚かせたのは、内気でいつもビクビクと何かに怯えていた彼女が、すっかり明るくなり、天真爛漫な少女へと変貌を遂げていたことだった。生まれ持った美貌に加えて内側からも輝きを放ち、クラス中、しいては同学年中の憧れの的となった幼馴染を、祝は初めて見る生き物との遭遇でもあるかのように、ただ目を丸くするばかりだった。


 そこからだ。祝と八尋の立場が、施設にいたころと逆転したのは。

 八尋は、何かにつけて祝の面倒をみようと、かまい倒した。宿題はちゃんとしてきたか。寝癖がついてる。そうじをサボるな。上履きが汚い――などと小言を言っては、世話を焼く。

 

 祝はそんな八尋に、はじめのころは唖然として言われるがままだった。しかし、日が経つごとに苛立たしくなり、目障りになり、ぞんざいにあしらうようになっていった。

 

 なにせ児童養護施設にいたころの八尋は、いつも祝のあとを追いかけ、トイレにまでいてこようとするほどの、手のかかる妹分だった。それが院長令嬢になった途端、気丈夫になったばかりか、世話のやける弟分を見るような目で見て、説教まで垂れてくるなんて、おまえまで俺を見下すのか――と、祝はつくづく惨めになった。


 それに、何より居心地が悪かったのは、そんな祝と八尋を取り囲む好奇の目だった。学年中の憧れの的であるお嬢様が、なんであんな陰気な奴をかまうのか。友達どころか、施設暮らしで親だっていないような寂しい奴のそばにいて、いったい何が楽しいのか。ああ、そうか、同情か。美人で、何不自由のない暮らしのお嬢様は、きっと心根も美しいのだ。だからあんな変人がクラスにいたら、つい哀れに思えてほっとけないのだ――そんな皮肉な視線と雑言が、祝をさらに惨めにさせた。


 中学校に進学すると、八尋は学年中どころか、学校中のアイドルとなった。すると、二人を取りまく視線と声は鋭さを増す。

 八尋に好意を寄せている男子からは、すれ違いざまに、なんでおまえなんかが、と、棘剥(とげむ)き出しの声を掛けられ、あるいは、同情されて嬉しいか、と、陰湿な(わら)いを浴びせられた。


 まだ癒えない親戚連中の冷遇と、クラスメイトたちの毒気交じりの視線のなか、祝は独り、またもや心が捻じ曲がる音を聞いていた。


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