第24話 屈辱
祝が死神殺しに加わると決意すると、一同はすぐに地下駐車場をあとにした。
診察室に戻ると、警備員と夜勤の事務員数人が、蜂の巣になった壁を見上げて騒然としていた。
瀬城は、警備員たちに警察には絶対に連絡しないように厳命した。それでも納得しかねている彼らに弁舌を揮い、半ばむりやり首を立てに振らせて追い払った。
祝は、瀬城の影響力の大きさと、鮮やかな煙の巻きように感心した。
警備員たちの気配が完全に消えると、割れた窓から狛犬姉弟が入ってきて、今後についての話し合いが設けられた。
「おい、八尋」
祝は、相手に一瞥もくれずに呼びかけた。「おまえは、もう帰れ」
しかし、そこへ狛犬姉弟が割って入った。
「なに言ってるですの。わっちゃらは、祝と八尋に、死神殺しの助勢を頼んだはず。いま帰られては困るですの」
「ですぞ」
はああ!? と、祝は口をひん曲げた。確かに、言ってたような気もするな、と思いつつも。
「でも――こいつには、死神どもと闘う理由なんて、ねえじゃねえかよ!」
八尋にクイッと顎をしゃくって、狛犬姉弟に切り返す。
今度は、狛犬姉弟が顔を顰めた。
「だ、か、ら、この国を富士山の大噴火から守るために、死神どもと闘うんですの。おぬしだって、地下駐車場で決心した際、そう言っていたはずですの」
「ですぞ」
「おぬし、もしや……三歩あるけば、何もかも忘れてしまうほどのうつけだったですの?」
「ですぞ?」
ちげーよっ! と、祝はイライラと反論した。
「そうじゃなくて……いや、確かに〈この国を救うために〉とも言った。でも、それよりも大事なのは、天瑞鏡の破片を集めて、母さんの命を救うためだ! 俺は、そのために闘うんだ!」
今だから正直に言うけど――と言ってから少し言い淀み、しかしすぐに吹っ切って、
「それがなかったら、死神殺しなんて断ってた。だってそうだろ? あんなヤバい奴らを、あと七人も相手にしなくちゃならないんだぞ? 命の保証なんてまったくねえだろ。俺は、この国を救えればそれでいいなんて言う先生のような聖人君子じゃないからな。けど、天瑞鏡っていう報酬があるってわかったから、危ない橋も渡ってみようって思えたんだ」
けど、こいつは違うだろ! と、祝は鋭く八尋を指差した。
「命を賭けたところで、こいつにだけは、なに一つ報酬がねえじゃねえかよ! 天瑞鏡が叶えてくれる願いは、一つだけなんだろ? だったら、やっぱりこいつには闘う理由は、ねえじゃねえか。そんな奴を巻き込むなよ!」
祝と狛犬姉弟のあいだに、火花が散る。
数拍の間を置いて、日暈が、ふーん、と底意地悪そうに目を細めた。
「おぬしに、八尋をそこまで想いやれる心があったなんて、正直いって見直したですの」
「ですぞ」
「は? いや、ただ俺は、常識を言ったまでで……」
「いやいや、ガールフレンドを危険な目に合わせたくないという男としての心意気、なかなか見上げたものですの。おぬしのその熱い気持ち、充分わっちゃらの胸にも染み入ったですの」
「ですぞ」
「ガッ、ルッ!?」
瞬時に、祝の頭が沸騰した。
「ちっ、ちげーよ!そんなんじゃねえし、そういうことを言ってるんじゃねえ!」
チラリと、八尋の顔を盗み見る。うっすらと頬を紅く染めた面差しに、げッと思わずたじろいだ。
「とはいえ、死神どもはみな容易ならぬ剛敵ですの」
「ですぞ」
早々に笑みを消した狛犬姉弟が、話を本筋に引き戻す。
「味方は一人でも多くいた方がよい。とはいえ、確かに八尋にだけは、なに一つ報酬がなく不公平であったことには、ちゃんと気づいていたですの。されど八尋は、そんなことでわっちゃらを見限ったりはしない人品骨柄卑しからぬ淑女。それでいて、わっちゃらのような神使を見ても、少しも動じなかった胆力の持ち主。瀬城からきっと力になってくれるはずと聞いてはいたけれど、実際にこの目で見て、絶対に手放してはならぬと確信したですの」
「ですぞ」
「だから八尋にも、ぜひ死神殺しには加わってほしいんですの!」
「ですぞ!」
そして、二匹は揃って目を伏せる。
「というよりも、抜けられてしまっては、困るですの……」
「ですぞ……」
祝は内心で舌打ちした。同情を誘うなんて汚ねえぞ。
そこへ、
「ごめんね、八尋ちゃん。それに、祝くんも」と、瀬城も話に加わった。
「とっくに気づいていたとは思うけど、日暈と月暈には、前もって君たちのことを教えていたんだ。お母さんのためになら、きっと力になってくれるであろう優しい少年と、その子のためになら、一緒に立ち向かってくれるであろう幼馴染で、院長のご息女でもある子がいるっんだって」
そう言って、彼もまた目を伏せ、さらに続けた。
「確かに、八尋ちゃんにだけはなにも報酬がないのは、申し訳ないと思ってる。だけど、僕からもお願いするよ。どうか、この国のためにも、祝くんのためにも、力を貸してくれないかな」
先生まで――と、祝は呆れた。
祝は、知っている。〈祝のため〉なんて言われたら、八尋は絶対に断らない。何が何でも首を突っ込んでこようとする。
そして、やっぱり八尋は、真っ直ぐに瀬城を見て、
「やります」
と、大きくうなずいた。
ほらな、と祝はつぶやき、歯噛みする。
「っていうより、頼まれなくても元々やるつもりでした。だって、祝だけじゃあ心配だもの」
そう言って、八尋はにっこりと笑った。
瀬城と狛犬姉弟が、解き放たれたかのような笑みを広げて、口々に感謝の言葉を八尋に告げた。
和やかな空気が、八尋と瀬城、それに狛犬姉弟を取り囲む。
祝だけは、陰々と翳った瞳で八尋を見据え、爪が食い込むほどに拳を固く握りしめていた。
八尋は、知らない。そうやって何かと世話をやかれることが、相手にとっては屈辱でしかないことを。
その後、瀬城から詳しい話はまた明日することにしようと、待ち合わせ場所を記したメモを渡され、一同は病院をあとにした。




