第23話 死神殺し
「死神どもは、皆殺しだ」
言うや、祝は驚いた。口にしたその声が、本当に自分が発したのかと思うほどに、ひどく冷たいものだった。
八尋も、瀬城も、狛犬姉弟も、みな呆気に取られた顔色である。
祝は、慌てて咳払いをした。顔を上げて笑みを貼りつけ、改めて慎重に口を開いた。
「やるよ、先生」
いつも通りの声に祝は安堵し、笑みを深めて語を継いだ。
「母さんを救うために、この国を富士山の大噴火から守るために、俺も死神たちと闘うよ!」
その言葉に、瀬城と狛犬姉弟の顔が晴れ渡り、笑みがのぼった。
「祝、よくぞ決意してくれたですの!」
「ですぞ!」
狛犬姉弟の声が弾ける。
「きっとそう言ってくれると思ってたよ」
瀬城が、満足そうに大きく頷く。
しかし、祝のいちばん近くにいた八尋だけは様子が違った。猫であったなら、全身の毛を隈なく逆立てていたであろうほどに警戒心を剥き出しにして、じっとこちらを見つめていた。
祝は素知らぬふりして、彼女のその目を視界の外へと追いやった。
「そちらが力を合わせれば、きっと富士山の噴火は止められるですの!」
「ですぞ!」
狛犬姉弟が、目をきらきらと輝かせる。
「そうだね」
瀬城が、力強い声でそれに応えた。「みんなで、死神たちを斃そう! この国のために――そして、祝くんのお母さんのために!」
祝と狛犬姉弟が、意気軒昂に頷いた。
八尋だけは、難易度の高い間違い探しでもしているかのように、いまだ祝を見澄ましている。
あっ、と、ふいに瀬城が声を上げた。
「そう言えば祝くん、君さっき僕に何か言いかけたことがあったよね?」
おそらくは、〈死神の隠し子〉の意味を尋ねようとしたときのことだ。八尋の大声に割って入られ、訊きそびれていたものの、瀬城はそれを憶えていてくれていたらしい。
祝の方は、もうすっかり忘れていた。天瑞鏡の破片が放つ光に心を奪われ、正直にいえばもうどうでもいいとすら思える疑問だった。
「あ、ああ」と、曖昧な声を返しながら、なぜともなく破片に目を落とす。
すると、破片が放つ光がかすかに強くなって、祝の瞳は磁石のように惹き寄せられて離れなくなった。
どうだっていいだろう、そんなこと。
祝は、目を瞠ってのけ反った。天瑞鏡の破片から、突如として声が聞こえてきたのだ。
死神どもは、ひとり残らず皆殺しにするんだろ? だったらそんな奴らの言うことなんて、いちいち気にしてられるかよ。
それは、錆びを帯びた氷のような声であり――
天瑞鏡が欲しいんなら、何も考える必要はねえ。渇するがままに殺し、そして奪え!
紛れもなく、祝自身の声だった。
「――祝くん?」
瀬城が、唖然としている祝の顔を覗き込んだ。
祝は、ハッとして顔を上げた。大丈夫? と、問われて、数瞬くちびるを震わせたものの、すぐにまた笑みを貼り付け、ああ、と軽くうなずいた。
「なんでもない。さっき言おうとしてたことも、大したことじゃないから」
祝にそう言われて、瀬城の顔にかすかな戸惑いの色がはためいた。が、そのあとは、そう――とだけ返して、何も訊こうとはしなかった。
天瑞鏡が放つ光が、さらに強くなった。ご褒美だ、と言っているかのような輝きに、祝は、身も心も蕩けるような思いだった。
しかし、光はそのあとすぐに消えてしまった。
祝は、途端に陰鬱な感情に浸食され、嘆息を漏らした。身体の中で渦巻きだしたのは、中毒のような狂わしいほどの欲念だ。
屠らなくては、死神どもを。
奪わなくては、天瑞鏡を。
総身の血管を猛るような血が満たし、沸き立つような疼きを覚えた。
「さあ!」と、日暈が手を打った。「そうと決まれば明日からは打倒死神に向けての猛特訓。事は一刻を争うですの!」
「ですぞ!」
すぐには殺しにいけないのか――と、祝は少しガッカリした。
だか、仕方ない。神通術を覚えたばかりの今の自分では、返り討ちに遭う可能性の方が圧倒的だ。確実に狩るには、確かに習熟に努める必要がある。潔く諦め、「ああ!」と力強く頷いた。
瀬城も凛々しく頷くと、場の空気が八尋を除いて熱気を帯びた。
祝はもう、この駐車場を出るまで八尋の顔を目に留めることもなければ、気に留めることもしなかった。
逆巻くような欲念を抱え、ひたすら前に進むだけだった。




