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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第22話 幽けし光

 祝は困惑しきって、ただ立ち尽くすだけだった。

 しかし、祝以外の二人と二匹が、明らかに祝の声を待っている。


(そりゃあ、母さんの病気は治してやりたいよ。決まってんだろ)

 救えるものなら、何だってしてやりたい。けど――

「死神って……残り何人だっけ?」

 沈黙に耐えきれなくなって、念のために尋ねてみた。

「七人ですの」

「ですぞ」

 狛犬姉弟が、すぐさま答えた。

 

 祝は喉の奥でうわぁ、と呻いた。無理じゃね?


 青鹿毛炸靭に勝てたのは、たまたまだ。地下二階の真っ暗闇のなか、こちらだけがカグツチを使って一方的に攻撃を仕掛けることができたからだ。正々堂々と闘っていたなら、今頃はきっと全員の命はなかったはず。そんな化け物をあと七人も相手にしなくてはならないなんて、命がいくらあっても足りやしない。そのうえきっと、人としての原型が残らないほどに八つ裂きにされて殺されそうだ。そんなの想像しただけで、背筋が凍る。


(おっかねえよ……ここまで命はれ、なんて聞いてねえし)

 

 けれども、どうにも断りづらい視線が、さっきから祝を突き刺してくる。

 この国を救うために力を貸してくれ、と涙を湛えて訴えてくる二匹の目と、断られるなんて微塵も思っていない、なんなら喜んでうなずくのを待っている瀬城の目が、祝の言葉を詰まらせる。どうしたものかと煮え切らず、居心地の悪い時間だけが過ぎてゆく。


 そこへ、祝はふと思った。

「なあ、先生――先生には、叶えたい願いは無いのかよ。どんな願いだって叶うんだろ? だったら一つや二つ、普通はあるだろ」

 なんとなく浮かんだ疑問ではあったが、言いながら逃げ道がひらかれるような予感がした。もし瀬城に叶えたい願いがあるのであれば、それを優先するのが、当然のはず。

 

 気持ちは嬉しいけど、先生はもう死神を二人も斃してるんだろ? だったら先生の願いを優先すべきだ。もちろん俺も、この国のために応援するよ? ()()()()()()()。大丈夫だって、先生ならきっとやり遂げられるよ。俺は信じてるゼ。ってワケで、これからは一人と二匹で力を合わせて頑張ってくれよな、じゃ! と、できるかぎり爽やかに天瑞鏡の破片を瀬城に返そう。そして、颯爽と立ち去ろう。それしかない――と、もののニ、三秒で、祝はイメージトレーニングまでやってのけた。


 なのに瀬城は、祝が準備していた十倍以上もの爽やかな笑みを湛えて首を振った。

「僕は、富士山の噴火から人々を救うことができれば、それで充分だよ。月並みだけど、一人でも多くの命を救いたいと思って医者になったわけだからね」


「ゔッ」

 瀬城のあまりの眩しさに、祝は呻きを漏らしながら目を眇めた。


「それにさ、どれほどの名医でも、何十万という命を救った医者はいないからね。誰にも知られることもなく、讃えられることもないけれど――僕の願いは、天瑞鏡がなくても叶えられるんだ」


「あ、そう……」

 もはや、後光すらも見える気がする。祝は、もういたたまれなくなって、瀬城から顔を背けてしまった。今の自分は、卑怯半分、臆病半分でできている。これ以上向かい合っていたら、彼の眩しさにやられて、溶けて消えてしまいそうだった。


(くそッ、どうすりゃいいんだよ……)

 自ら余計に断りずらい雰囲気をつくって、祝は肚の中で毒づいた。もっと無難に断る方法はないものかと、またしても期待に満ちた視線に刺されながら頭を絞る。

 

 そこへ、にわかに天瑞鏡を持つ右の手許が明るくなった。

 えっ、と驚き、天瑞鏡の破片を裏返してみると、呪文のような紋様が、蒼白い仄かな光を放っていた。

「光ってる――!」

 祝は目を丸くして、一声叫んだ。

 

 祝以外の全員が、えっ? と、眉を持ち上げた。


 ほらっと、祝は瀬城に天瑞鏡の破片を突きつけた。

 瀬城はそれをまじまじと眺めたのち、きょとんとした顔で固まった。それから、困惑気味の笑みを浮かべて首をかしげた。

「えっと……どこが?」


 はぁあ? と、祝が顔を顰める。

「いや、光ってるだろっ」

 もう一度光る紋様を確認して、「なあ、八尋!」と今度は八尋の顔前に、天瑞鏡の破片を突きつけた。

 言われた八尋も、矯めつ眇めつ慎重にそれを眺めまわし、それから戸惑い顔で首をかしげた。

「何も変わってないようにみえるけど?」

 

 はぁああ? と祝はいっそう顔を歪めて、最後は狛犬姉弟に天瑞鏡の破片を突きつけた。

「なあ、光ってるよなぁ? なあ!」

 

 狛犬姉弟も揃ってよくよくそれをあらためてから、不審げな顔で祝を見上げた。

「おぬし、さっきから何言ってるですの。

何ひとつ変わっていなければ、光ってもいないですの」

「ですぞ」

「――へ?」

 祝は、いよいよ焦りだした。

 伸ばしていた腕を引き戻して、もう一度それを確かめた。やはり、天瑞鏡の破片の紋様は、ちゃんと光を放っている。


「なんでだよ……俺にしか見えていないのか?」

 

 八尋と瀬城、それに狛犬姉弟が、互いの顔をしばし見合わせ、次第に曇ってゆく顔色で祝を見る。


 祝は、鼻の頭を擦りつけんばかりに、破片をじいっと凝視していた。最初のうちは、何か仕掛けでもあるのか、と探すために。

 

 しかし、その蒼白く点るかそけし光を浴するにつれ、全身が今まで感じたことのない甘美な心地に染められていった。

 見れば見るほどに美しく、目は一瞬でも逸らすのが惜しいとすら思えるほどに、釘づけになる。


「なんて綺麗な光なんだ――」

 祝は、うっとりと呟いた。

 隙間のできた心が埋められてゆく。満たされることのなかった心に、うららかな温もりが注がれる。

 

 そして、他人には見えないことへの驚きや動揺は蒸発して、みるみる喜びへと昇華した。こんなに素晴らしい光が見えないなんて、可哀想な奴らだと(わら)ってやりたいくらいだった。


「俺だけのものだ――俺だけの光だ」

 こっそりと口の端を吊り上げ、また呟いた。

 だけど――


 足りない、まだまだ足りない、と祝は思った。

 

 直後、勃発として血が煮えた。

 こんなにも素晴らしいものを独占し、返そうとしない死神どもへの、むらむらとした激憤だった。


(この光は、俺のものだ。十枚残らず、俺だけのものだ)

 天瑞鏡は、もともとは神が人々に与えた天恵だ。それが盗まれたのなら、奪還するのが当然であり、道義のはず。


 だとすれば、やるべきことはただ一つ。


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