第19話 おまえは……
「ぐぁはあッ!」
背中に激烈な痛みが走り、炸靭は迸るような苦鳴をあげた。
三日月刃が命中したのだと理解すると、同時にひとつ目の疑問が氷解した。
(そうか、カグツチか……)
鮮血で全身が濡れるなか、炸靭は狂ったように走り出した。柱にぶつかり、鉄の箱に衝突し、それでも転がるように駆け回った。
ひとところに留まっていては、カグツチに居場所を示され、たちどころに三日月刃が飛んでくる。それを避けるには、今は走り続けるしかすべがなく、出口があった方角も、走り回ったせいで見当がつかなくなってしまった。
痛苦をこらえ、喘鳴を漏らし、炸靭は暗闇のなかを彷徨った。目は慣れるどころか、視力を失ってしまったのかと思うほどに、どこまで行っても闇黒一色。
そうやって逃げ惑っているうちに、鉄の箱に思いっきり腿をぶつけ、もんどりうって転倒した。
焼けるような背中の痛みに、意識が遠のく。それでもなんとか引きずり戻し、死に物狂いで立ち上がる。この場から少しでも離れなければと、力の入らない足に活を入れて地を蹴った。
直後、すぐそばでガンッと衝突音が轟いた。炸靭が、ヒッと息を呑む。どうやら三日月刃の飛来に、鉄の箱が盾になってくれたらしい。
ふたたび、一心不乱にひた走る
また右から、ガンッと衝突音が轟いた。よかった、また鉄の箱にぶつかったようだった……
ところが、直後――
視界の左端に飛び込んで来たのは、猛然と迫り来る三日月刃だった。
最初は掌ほどの刃長もなかった三条の刃は、今や三倍以上の長さとなって、利刃ともいうべき威容を誇っていた。まばゆく輝き、弾き敷かれた光芒までもが煌めきを増し、流星のごとく闇を裂く。
そして、冴える刃先の切れ味は、
「ぐらはぁあああああッッ!」
躱しきれなかった炸靭が、身をもって知ることとなった。
左上腕の肉をスッパリと削がれ、炸靭は血飛沫とともに、叫喚をあげた。
満身に渦巻く激痛の波が、生気を呑み込み沈ませる。
足許から、カラン、と虚しい音がたった。身体の一部であり、命そのものというべき大弓が、左手から溢れ落ちたのだ。
うなだれ、細い息を刻む炸靭の正面に、忌々しいほどの燦然たる光が飛び来る。
なんとか目だけを持ち上げて見てみれば、それはさらに豪快さと鋭さの増した三日月刃だった。
(これだけは、わからずじまいだったな……)
次の刹那、容赦なく全身を斬り刻まれて、炸靭は声もなく崩折れた。
◇◆◇◆
「……やった、のか?」
悲鳴は聞こえてこなかったものの、人らしきものがドサリと倒れる音が聞こえて、祝は身構えつつ首を伸ばした。
「いまだ十時の方向ですの」
目の前にいる日暈が、くぐもった声で告げてきた。彼女の上半身は、抱えている鬼灯ごとしっかりとブレザーに包まれている。
暗闇に慣れだした両目を眇めてみると、日暈が言った方角に何かが倒れているのが見て取れた。
日暈の頭を鷲掴み、祝は忍び足で歩を進めた。
距離が五メートルほどに縮まると、それが死神の青鹿毛炸靭であるとはっきりとわかった。死んでいるのかは、まだ定かでない。
ただ、大弓を手放し、大の字になって地に背をつける姿からは、殺気どころか生気すらも感じなかった。
目はすっかり暗闇に慣れた。祝は日暈の頭から手を離すと、ひとり炸靭のそばへと近づいていった。
「え? え?」と、日暈の戸惑う声がする。が、聞こえなかったことにして、置き去りにした。
距離が二メートルほどに縮まると、炸靭の朦朧とした視線とかち合って、思わず肩がビクリと跳ねた。まだ生きている。
祝は、慌てて飛び退った。しかし、相手に立ち上がる気配はまったくない。
「死神の……隠し、子…」
細く、呻くような声で炸靭が言う。
祝は、え? と、眉根を寄せた。
「な、何だよ、それ」
炸靭の目に、憐れむような色が漂った。
「やはり、知らずにいたの、か……馬鹿な奴、め……おまえは……死神の隠し子、なのに……」
ついムカッとなって、祝は炸靭へともう一歩踏み込んだ。
「はあ? だから何なんだよ、それ」
しかし、炸靭の口からは、もう何も返ってこなかった。目は開かれたままだが、視線は感じない。きっと、もう何も映してはいないのだ。
祝の背に、ぞっと冷たい風が吹いた。




