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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第16話 火凝霊法 

 祝は、は? と目を剥いた。

 きりりと目許を引き締めた日暈が、こちらへとおもむろに腕を伸ばす。

 

 祝は、思わず仰け反った。

「な、何する気だよ」


 その声をきれいに無視して、

「よく見てるですの」

 と告げた日暈の両の手が、音もなく祝の胸の中へと入ってゆく。

 

 あまりの驚愕に、祝は声が出なかった。ただ叫ぼうとする衝動だけが、喉を衝く。

 

 痛みはない。それどころか、触れられている感触すらも覚えない。なのに、日暈の小さなふたつの手は、ブレザーやカッターシャツを通り抜け、皮を抜け、肉を抜け、肋骨までもを通り抜けて、すっぽりと祝の胸の中へと入っていった。


「これが、そなたの魂ですの」

 日暈が、何かを優しく包み込んだ。すると祝の目にも、自身の身体へと入っていった日暈の両手が見て取れた。


 包んでいたのは、拳ほどの小さな火。

 熱くはない。もちろん、祝の身体を燃やすこともない。けれど、あたりは真っ暗な中、揺らめきながら日暈の両手だけを照らす小さな火は、確かに祝の胸の中で燃えていた。


「これが、俺の魂……」 

 祝は、ぽつりと呟いた。それは、己の魂の在処(ありか)を知り得た瞬間だった。

 

 とつぜん身体の一部が、もうひとつ増えたような奇妙な違和感。しかし、それはすぐに消え去って、手足のごとく馴染んでゆく。筋肉痛になることによって筋肉があったことを思い出すように、懐かしいとすら思える心地であった。


〈腕の存在を知らぬ者に、腕を動かすことはできない〉

〈だけど、腕の存在をひとたび知れば、目を閉じていても動かせる。〉


 そうたとえた日暈の心意が、今ならはっきりとよくわかる。そして、何ひとつ方法を告げずに、魂を凝らせ、と言った訳も、ようやく理解が追いついた。

 あれは、決して無茶ぶりではなかったのだ。腕の存在を知った者は、腕を動かせ、と言われて、どうやって? と、訊ねたりはしない。腕の動かし方は、腕の存在を知ると同時に理解する。

 それは、魂も同じこと。魂の凝らし方は、自らの魂の存在を知ると同時に感得するのだと祝は悟った。


 静かに、ゆっくりと息を吸う。藁の中に隠れている小さな火種に向かって、そっと息を吹きかけるように。


 すると、穏やかに揺らめいていた祝の魂が、日暈の手のあいだで逆巻くように勢いを増した。火柱を立てて燃え上がり、放つ光も強くなる。

 

 そこへ、火の粉のような赤い光の粒が噴き出して、胸の中を埋め尽くした。


「あ、あっちぃ……!」

 光の粒には、祝自身を中から炙るような熱があった。増えれば増えるほどに焦熱も増し、祝は息苦しさに喘ぎを漏らした。


 日暈も、歯を食いしばってその熱に耐えている。しかし、光の粒が祝の胸の中で充満すると、我慢しきれなくなったのか、呻きを漏らして、その細い腕を祝の中から引っ込めてしまった。


 日暈に触れられていたことで見えていた魂は、祝の視界から消え去った。火の粉も同様に、もう自身の目には映らない。


 しかし、たとえ目には映らなくなったとはいえ、今なら魂を身体の一部として自在に操ることができると確信している。そう、腕の存在を一度知れば、目を閉じていても動かすことができるように。


 それよりも問題なのは、いまだ衰えない火の粉の熱だ。目には映らなくなったとはいえ、祝を中からじりじりと炙り続けている。


「魂から噴き出し、今そなたを熱くさせているあの火の粉のようなものこそが、霊力ですの」

 うっすらと汗を滲ませ、日暈が告げた。


「これが……霊力」

 熱さで朦朧としながら、祝は言う。

 にわかに熱が、両腕へと流れるように二手に別れた。両手の人差し指から小指までの付け根あたりに凝縮され、温度はさらに高まってゆく。

 

 祝は、両手を食い入るように見澄ました。一刻も早く、この熱を解き放ちたくて仕方がない。

 

 そしていつの間にか知っていた。解き放たれるその瞬間、この熱は迸るような奇跡となると。


 

   

◇◆◇◆

 


 

 瀬城を庇う分身は、残り一体となっていた。

 両手を広げ、無表情で炸靭の前に立ちはだかるそれには、意志や恐怖はないらしく、まさに人の形をした盾だった。

 しかし、その最後の盾さえも炸靭によって眉間を射抜かれ、透明となって姿を消した。

 残るは本物の瀬城、ただ一人――


「どうした? 貴様の力はその程度ではないはずだ。出し惜しみか? それとも俺の買いかぶりだったのか?」

 炸靭が、底冷えするような声で言う。そして、息を切らす瀬城の眉間めがけて弓を構えた。

「自らの罪深さを、あの世でとくと反省するんだな」

 弦が目一杯に引き絞られた。


 疲弊しきってしまったのか、瀬城は棒立ちのままで動かない。


「やめろ!」

 ミニバンの陰から威勢よく飛び出し、祝は叫んだ。

  

 炸靭が、舌打ちを響かせた。いいとこだったのに、と言わんばかりの顔を後方へと巡らせ、殺気の孕んだ視線でもって祝を射抜く。

 が、その直後、何かに気づいて目を眇めた。祝の様子に違和感を覚えたようである。

 その正体を知りたくなったのか、炸靭はあえて隙だらけの身体を見せつけるようにして向き直り、相手の次の一手を待ち受けた。


 祝はソフトボールほどの大きさのものを握りしめているかのように軽く指を折り曲げると、その右手に全意識を傾注させた。


 そして、天を衝くがごとく振りかぶり

「うおぉぉぉおおお!」

 咆哮とともに、敢然と右腕を振り下ろした。

 猛虎の勢いで空を掻っ切ると、人差し指と中指の指間、中指と薬指の指間、薬指と小指の指間、その三つの空間から、金色に輝く三条の三日月刃が飛び出した。

 閃々(せんせん)きらめく光芒を引き、炸靭めがけて空を裂く。


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